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必勝の罠

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 暗殺者はイクスの狙いを見破っていた。

 自分と相対した敵は皆同じ戦略を取る。
 スキルを使用したら勝てないことに気がつくと、スキルをやめ、ただの一撃に全てをかけるのだ。

 その考え自体は正しい。
 スキルを使えば勝てないのだから、スキルを使わなければいい。
 誰でも思いつく当然の答えだ。

 そして誰もが同じ間違いをする。

 使

 それこそが真の狙い。
 必殺のスキルを、相手が油断しきっている瞬間にたたき込む。
 無敗を誇る必勝の罠だ。

 短剣を構え、勝ちを確信して地面を蹴る。

 お互いの距離はほんのわずか。
 全力で地面を蹴れば、その距離が0となるのに1秒もかからない。
 相手の剣の間合いに入る。
 その直前に、スキルを使用した。

「……なにっ!?」

 驚愕の声が相手から漏れる。
 それも当然だろう。
 なにしろ目の前で男の姿が3つに分かれたのだから。

 スキル<影分身>。

 3つに分かれた分身が、正面と左右の三方向から一度に襲い掛かった。

 相手が攻撃しようと身構えた直前の分身。
 どれが本物か迷う判断。
 自分も攻撃に出るか、防御するか、後ろに下がるか。
 一瞬のうちに様々な選択肢が現れ、相手の思考を一瞬だけ遅らせる。

 そしてその一瞬さえあれば、このスピードを持ってすれば攻撃をとどかせることは簡単だ。

 しかしさすがに相手も一筋縄ではいかない。
 一瞬だけ緊張で体を硬くしたが、すぐに迷いを振り切るように剣を構え直した。
 さすが判断が速い。
 並の相手ならこの一瞬だけで、首を切るのに十分な時間が生まれるのだが。

<影分身>は自分の幻影を作り出す、暗殺スキルの中で最も有名で、最も歴史が長いスキルだ。
 ただの分身を作るという単純だが効果的なスキルだからこそ、これだけ長く使われているにも関わらず、未だにこれといった対処法はない。
 あるとすればただひとつ。
 分身の中の本物を攻撃すればいい。

 本体を倒せば幻影の方は消えるからだ。

 だからこそ、全員が同じ選択をする。
 3体ある分身の中から本物を攻撃することができれば助かる、と考えてどれかひとつに攻撃を仕掛けるのだ。

 それこそが最後の罠。

 分身の中に本物などいない。
 3体すべてが本物。
 それこそが<影分身>の上位スキル。<分裂>だ。

 どれかひとつを攻撃すれば、残りふたつが相手の命を確実に奪う。
 これを防ぐ方法はない。
 だからこその必勝。

「もらった!」

 3つの短剣が同時に攻撃を放つ。
 相手は覚悟を決めて、真正面に剣を振り下ろした。

 どうやら真ん中に狙いを定めたようだ。
 ならば左右の刃がお前を貫く。
 これで終わりだ!

 だが。


「鋭っ!!!」


 ただ一振りの刃が、太陽のように輝く。
 そう錯覚するほどの鮮やかな剣閃。


 お互いの技が交差し、倒れたのは暗殺者だった。


「なんだ……? なにをされた……?」

 なぜ自分が地面に倒れているのか理解できない。
 真正面に攻撃をされたはずだった。
 なのに気がついたら、3体同時に地面にたたき落とされていた。

 いつのまにか分裂体も消え自分1人になっていたが、それにも気がつかないほど呆然としていた。

 見えなかった。
 一瞬のうちに3つの攻撃全てが落とされた。
 神速の三連撃。

「その技は、なんだ……」

「素振りだよ」

「……は?」

 そいつは当たり前のように答えた。

「技なんてたいそうな代物じゃない。剣を振り上げ、剣を振り下ろす。余計な雑念はすべて捨て、それだけの行為に没頭する。俺が人生で一番繰り返した行動だ。だからこそ俺の中でもっとも早い連撃となったんだろうな。基本こそが奥義って教官が言ってたけど、こういう意味だったんだな」

 相手のいうことが信じられなかった。
 あれが素振りだと?
 暗殺者として鍛えたこの目ですら、一瞬の光としか認識することが出来なかった。
 それほどの速度。
 それをあろうことか、攻撃ですらない、ただの素振りだと言うのだ。

 もしも。
 もしもそれが本当なのだとしたら。

 もしもそれを本当に、毎日何千回、何万回と繰り返していたのだとしたら……。

「なるほど、勝てるはずもない」

 素振りだったからこそ、自分は斬り殺されるのではなく、こうして地面にたたきつけられるだけですんでいるのだろう。

「私の負けだ。好きにするといい」

 部下たちはこいつの奴隷だという二人の女に壊滅させられ、自分はこの男に完敗した。
 今さら逃げ帰ったところで居場所はない。
 我らはもう終わりだろう。

「そうか。なら好きにさせてもらおう」

「……」

 汚れ役の最後などろくでもないものと相場は決まっている。
 この仕事についてから覚悟は出来ていた。
 そのときがついにやってきただけだ。
 後悔はない。

 ……。

 しかし、いくら待っても断罪の刃はやってこない。
 不思議に思って目を上げると、男は魔剣に擬態していたミミックの娘を再び褐色の少女姿に戻していた。

「どういうつもりだ」

「悪いがお前を殺すつもりはないんだ」

「情けをかける気か?」

「そこまで殊勝な性格でもないよ。お前の命は俺がもらう。今日からは俺の奴隷として働いてもらうつもりだ」
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