上 下
15 / 97

冒険者イクスの実力

しおりを挟む
 街を出てしばらくもしないうちに、敵感知のスキルが反応した。

 初めて使うスキルだったからどうなるのかわからなかったが、頭の中に敵の近づいてくる方角と距離がぼんやり浮かんでくる。
 スキルレベルが上がればもっとはっきりわかるそうだが、今の俺ならこんなものか。
 不意打ちされないだけで十分だ。

 かなり高速で、しかも空を飛んでいる。
 やがて耳を裂くような鋭い声が響き渡った。

「ギエエエエエエエエエエッ!!」

 この辺りでは最も一般的で、最も被害の多いモンスター、ワイバーンだ。
 鋭い声が響き渡ると、エリーがギュッと俺の服の裾をつかんだ。
 あのエリーがワイバーン如きを恐れるなんて、以前なら絶対あり得なかっただろう。

 そのとき、俺の中に力が湧いてくるのが感じられた。
 背中に守るべき人がいると力が湧いてくると、昔からお伽話などではよく聞いていた。
 これまではその意味がわからなかったが、今ならその意味がよくわかる。
 今の俺なら何にも負ける気がしない。ドラゴンだって倒せそうだ。

 やがて敵感知ほ反応があった方角の空に、小さな影が見えてくる。
 それがワイバーンだと認識したときには、まっすぐ俺に向かって急降下してきた!

 ──ギィン!!

 構えた俺の剣と、ワイバーンの爪が火花を散らす。

 今までなら力負けするので後ろに受け流していたのだが、ワイバーンの一撃を俺は剣で受け止めることができた。
 明らかに今まで以上の力があふれている。

 受け止めたことでワイバーンが空に飛び上がった。
 俺を強敵と認め、一旦距離を取るようだ。
 ワイバーンは炎のブレスこそ吐かないが、代わりに体内の胃酸を吐きかけてくる。鉄も簡単に溶かす強力な酸だ。
 空に逃げられるとかなり厄介になる。

 俺は剣を握る手に力を込め、空に向かって振るうと同時にスキルを発動させた。

「<飛剣>!」

 斬撃が空を切り裂き、空中へ逃げたワイバーンを攻撃する。
 鋭い悲鳴を上げてワイバーンが墜落した。

「やっぱり威力が上がってるな」

 以前の俺なら一撃では倒せなかったんだがな。
 それが今では一撃だった。
 その様子を見ていたエリーがボソッとつぶやく。

「……イクスって強かったのね」

「なんだ。惚れ直したか」

「そんなわけないでしょ」

 つれない答えが返ってくる。
 その後に、小さく付け加えられた。

「……もともと好きなんだから」

 このあとめちゃくちゃ抱きしめたらすっごい嫌そうな顔をされてしまった。



 墜落したワイバーンのところに行くと、まだ息があるようだった。
 胸のあたりに大きな切り傷があるが、すでに半分くらい治り始めている。
 相変わらずドラゴン系はすごい生命力だな。

「さっさとトドメを刺しましょ」

 エリーが剣を構えて倒れているワイバーンに近づく。
 いくら死にかけとはいえまだ生きているワイバーンに億せず近づいていくその度胸はさすがだなと感心してしまう。
 反撃されるかもしれないとか考えないのだろうか。

「エリー、ちょっと待ってくれ」

 俺は近づこうとするエリーを止める。

「なによ」

 ちょっとだけ不機嫌そうな顔が振り返る。
 それから少し顔を赤らめた。

「……もしかして心配してくれてるの?」

「それもあるが……、試したいことがあるんだ」

 そういうと、エリーの横を抜けてワイバーンの元に近づく。
 治りかけとはいえ、斬られたばかりでまだ赤く血走っている目が俺をとらえる。
 死にかけた者の目ではない。敵対者に一矢報いてやろうとする戦士の目だった。
 これ以上近づくと攻撃されそうだな。

 足を止めると、その横にエリーも並んだ。

「試すって、何するつもりなの?」

「<奴隷化>のスキルを試したい」

 スキル屋で聞いた話だと、屈服させた相手を支配下に置けるということだった。
 でもそのやり方まではわからなかった。

<飛剣>のように使うのかとも思ったが、特にそういう感覚も俺の中には生まれてこない。
 どうも違うようだ。
 なら、相手が俺を主人と認めたときに自動的に発動するタイプなのかもしれない。

「ふーん。じゃあもっと痛めつける?」

 エリーが再び剣を構えながらえげつないことをさらっと言う。
 まあそれも方法のひとつではあるんだが……。

 だが、かつてのこのスキルの所有者である奴隷王は、強制的に支配しているというよりは、多くの仲間に慕われていたという。
 半ば伝説化している英雄だから、実際よりも美談に仕立て上げられている部分は多いだろう。
 それを踏まえても、王として国民から慕われていた彼がそんな痛めつけるようなやり方をしていたとは思えない。
 それにそういうやり方は俺も好きじゃないしな。

 ワイバーンが威嚇してくる距離から、俺はポーションを取り出すとそれを地面に倒れるワイバーンに向けて振りかけた。
 傷口にかけて使うタイプのポーションだから、これでも効果があるだろう。

 治りかけだった胸の傷が、みるみるうちに閉じていく。
 元々はエリーが持っていた最高級のポーションなんだが、すごい効果だな。
 高位の神官くらいの力があるぞ。

「グルルルルルルル……」

 ワイバーンが低い唸り声を上げる。
 血走っていた目はすでに正常に戻り、澄んだ眼差しで俺を見つめていた。
 どこか戸惑っているようにも感じるのは、これまで人間は敵だったからだろう。
 俺だってワイバーンがいきなりヒールをかけてくれたりしたら、物凄い戸惑うだろうしな。

「ええっと、なんていうか……俺の仲間になってくれないか?」

 手を差し伸べてそんなことを言ってみる。
 ワイバーンに人間の言葉が通じるという話は聞いたことないが、他に方法も思いつかなかったんだ。
 だけど。

「ゥゥゥ……キュアアア!!」

 これまでとは違った甲高い声が響く。
 同時に俺の中でこのワイバーンと繋がるのを感じた。
 本能的に理解する。
 どうやらワイバーンの<奴隷化>に成功したようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

婚約者は幼馴染みを選ぶようです。

香取鞠里
恋愛
婚約者のハクトには過去に怪我を負わせたことで体が不自由になってしまった幼馴染がいる。 結婚式が近づいたある日、ハクトはエリーに土下座して婚約破棄を申し出た。 ショックではあったが、ハクトの事情を聞いて婚約破棄を受け入れるエリー。 空元気で過ごす中、エリーはハクトの弟のジャックと出会う。 ジャックは遊び人として有名だったが、ハクトのことで親身に話を聞いて慰めてくれる。 ジャックと良い雰囲気になってきたところで、幼馴染みに騙されていたとハクトにエリーは復縁を迫られるが……。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。

香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。 疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。 そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...