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大魔道師からの勧誘

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 不機嫌さを隠そうともしないエリーに対し、シャルロットがクスクスと笑みを浮かべる。

「それにしても……フフッ……まさか本当にレベル1になるなんて。しかも今までこき使っていた下僕の奴隷。ほんと無様ですわね。今どんな気持ちなんでしょうか?」

 エリーは屈辱に顔を真っ赤にしたままその言葉を聞いていた。
 いつのまにか俺たちの周りに複数の冒険者が集まり、ニヤニヤとした笑みでエリーを見つめている。

 シャルロットのパーティーは仲間が多い。
 全部で30人近くはいたはずだ。ここにいるのも彼女の仲間たちだろう。

 そもそも2人しかいなかった俺たちがおかしいのであって、高レベルモンスターが徘徊するこの辺りでは2、30人くらいのパーティー規模は普通ではあるんだが。

 とはいえ、彼女のパーティーが多いのはシャルロットの見た目だけが原因ではない。

 彼女のレベルは86。
 人類限界のレベル100にかなり近づいた、賢者とか大魔道師とか呼ばれるたぐいの大魔法使いだ。
 エリーを除けば、ひょっとしたら人類最強かもしれないくらいスゴい人なんだ。

 まあそれでもレベル10000を超えていたエリーの100分の1にも満たなかったから、まったく目立ってなかったんだけど。
 それがシャルロットがエリーを目の敵にする理由だろう。

 それにエリーは、その性格のせいで敵が多い。
 集まる冒険者たちは、ここぞとばかりにエリーに仕返しを始めていた。

「奴隷っていったら人間以下の家畜のことだろ」
「俺だったら恥ずかしくて外出れねえけどなあ。舌かみ切って死んでやるよ」
「奴隷になってもこうして外を出歩けるなんて、見かけによらずとんだ変態女だよな!」
「ぎゃはははははは! 違いないな! おいエリー、そんなに男が欲しいなら俺がかわいがってやろうか?」

 下卑た笑いが周囲を包む。
 エリーはうつむき顔を隠したまま、両手に血がにじむくらい固く握りしめていた。

 これまでエリーがしてきたことを考えれば、ここまでバカにされるのは自業自得なんだろう。
 でもだからといって、自分の好きな人がバカにされるのを黙って見ていられるほど、俺はお人好しじゃない。

「おい、そこまでにしてくれないか」

 俺の一言でギルド内が静まりかえった。
 エリーが驚いたように俺をみる。
 あざ笑っていた冒険者のひとりが、しらけた顔でつぶやいた。

「……なんだよイクス。お前だってさんざんあの女に虐められてきただろう。なにを今更……」

「エリーは俺のモノだ。手を出すならタダではすまさない」

「……ちっ」

 俺が腰の剣に手をかけると、男たちは舌打ちをして引き下がっていった。
 レベルは向こうが上のはずだが、ギルド内で問題行動になることを避けたんだろう。
 それを狙っての行動だったからな。
 俺だってこんなところで暴れるつもりはない。

「あらあら、イクスさん。そんなに怖い顔をしないでください」

 かわりにシャルロットが笑みを浮かべながら近づいてきた。
 俺は警戒を解かずに視線を向ける。

「お前たちがエリーを嫌いなのはわかるが、ここまでする必要はないだろう」

「ふふふ、そうですわね。エリー様に勝てることなどこれまで一度もありませんでしたから、少しイジワルしたくなってしまいました」

 あっさり認めると、俺の目の前にまで来て、さらに自分の体を押し当てるように密着してきた。

「それよりも、私はイクスさんの方に興味があるのです」

「俺に?」

「ええ。イクスさんもお仕事を探しているのですか?」

「いや、俺はエリーの付き添いだが……」

「……いつまでエリー様の付き人をやってらっしゃるのですか?」

 その言葉には「早くそんな女捨てればいいのに」という意味が含まれているように聞こえたのは、俺の錯覚じゃないだろう。

 確かに俺はエリーにこき使われていた。
 周りから見たら嫌々ながら従わされていたように見えたかもしれない。

「もしもお仕事をお探しでしたら、私のパーティーに入りませんか?」

 いきなりの勧誘に俺は少し驚いた。

「俺なんかが入っていいのか? そっちの平均レベルは、確か60を超えていたと思ったんだが」

 俺のレベルは50程度。
 釣り合いが取れないはずだ。

「レベルなんて上げればいいんです。私たちと一緒に狩りをすれば、すぐに追いつくでしょう。それよりも、レベルには現れないイクスさんの経験のほうが重要です」

「俺にはたいした経験なんて……」

「上級ダンジョンの深層に何度も行き来して、そこでのモンスターと何度も戦闘をしているなんて、滅多に出来る経験ではありません。倒しこそしないためレベルは上がらないかもしれませんが、その経験はレベルには現れないイクスさんの力となっているでしょう。実際イクスさんは、ワイバーンをお一人で倒せますよね」

「まあ、その程度ならな」

 ワイバーンはこの辺りに出現する低級のドラゴンだ。
 レベルこそ80近いが、頭はそんなに良くないため倒すのには苦労しない。

 そう答えると、周囲がざわめいた。
 シャルロットが苦笑を浮かべる。

「低級とはいえワイバーンも立派なドラゴン。3人がかりでようやく1匹倒せるかどうかなのですが……」

 えっ、そうなのか。
 エリーなんて目を向けるだけで殺してたぞ。
 ワイバーンなんてちょっと強い空飛ぶトカゲくらいに思っていたが。

「レベルは所詮レベルです。強さを決めるのはそれだけじゃない。この街の冒険者はみんな、イクスさんが次にどのパーティーに入るか注目していたんですよ」

 そういえばさっきの冒険者たちも、やけに簡単に引き下がっていた。
 いくらギルド内での乱闘が御法度とはいえ、血の気の多い冒険者がずいぶん簡単に引いてくれたなとは思ったんだが……。
 そうか。知らないところで俺の評価も高くなっていたみたいだな。

 シャルロットが、俺の腕に抱きつくようにして自分の腕を絡ませる。

「それに……私前からイクスさんのこといいなあって思ってたんです。もちろん冒険者としてだけじゃなくて、男性として……」

 そういって熱っぽい視線を向けてくる。
 こんな美女にここまで迫られたら、普通の男は簡単に落ちてしまうだろう。
 しかもエリーがいない今、シャルロットのパーティーはこの街で一番強いということになる。

 こんな好条件、たぶん二度とないだろう。

「……イクス」

 心配するような声が背後から聞こえた。
 弱々しい力で俺の服を掴むのが感じられる。

 そんなことされなくても、俺の気持ちは変わらないんだけどな。

「……悪いな」

 シャルロットの腕をゆっくりと引き剥がす。

「あんたみたいな美人も嫌いじゃないけど、俺は従順で素直な可愛い系の女の子が好みなんだ」

「………………あっそ」

 俺が断ると、シャルロットが急に冷たい表情になった。

「そんな女の何がいいのかわからないけど、せいぜい後悔しないようにすることね」

 そう吐き捨てると、俺たちに向けて悪役のような笑みを浮かべる。

「この街はもうアタシのモノなのですから」

 意味深な台詞を告げると、周りにいた冒険者たちと一緒にギルドの奥へと下がっていった。


 もう用はなくなったのでギルドを出る。
 予想はしていたが、やっぱりここに仕事はなかったな。

「まあ、分かってはいたことだ。さっさと次に行こう」

 そういって歩き出した俺の後ろで、エリーが小さな声でつぶやいた。

「…………………………ありがとう、イクス……」

 ぽそりと俺にだけ聞こえるような小さな声。
 たまらなくなって俺はエリーをその場で抱きしめた。

「ひゃうっ!? な、なななな、なによいきなり!?」

「いや、エリーがあまりにも可愛すぎたから」

「だ、だからって……こんなところでいきなり……周りからも変な目で見られてるじゃない……!」

 確かに人通りの多いところで抱き合えば、目立つのは当然だった。
 しかも相手は、今街で話題の俺とエリーだ。騒ぎにならないわけがない。
 でも俺は気にしなかった。

「みんなに見られるのは嫌か?」

「いや……じゃないけど、恥ずかしいし……」

「あんなに恥ずかしいこといっぱいしたのに?」

「そ、それとこれとは別でしょ……っ」

「別ならいいだろ。俺はエリーとこうしたいんだ」

「………………もう、バカ……」

 そういって、俺に抱きつく腕に少しだけ力を込めた。
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