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5章 新事業開始

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 あれから1週間で瞬く間に体制を整えてくれたオンズロー氏は、早速話のあった五着のドレスを送ってきてくれた。殆どがお任せしたいとの事で、やり取りをお願いしたのは一着のみだった。

 俺は完全に見くびっていた。村の女性達の圧倒的な縫製力を。一着につき最低一週間はかかるだろうと思っていたのに、彼女達はたった三日で一着を完成させて、やり取りをしている物以外のドレスをあっという間に完成させた。むしろデザインをしている彼女を待っていた程だ。

 俺がそれを伝えると女性達は大笑いして、「大量の生地を織れと言われたら時間もかかるしうんざりするけど、手直しなんて毎日の様にやっていたし、デザインも決めてくれるし、オーガンジーもリンダさんのおかげで扱い慣れているからね。こんなの屁でもないよ」と言った。

 よく考えたら村の全てのファブリックは女性達の手によって作られているのだ。機織りだけでなくこんな素晴らしい能力がこの村にはあったのかと知る。ちなみに男性陣は綿の畑を広げ、栽培に力を入れただけでなく、糸紡ぎは俺達に任せろと言ってくれた。俺が何をしなくともこうやって協力してくれる彼らを見て、本当にこの村に生まれて良かったと心から思った。

 これにはオンズロー氏も驚いていて、今後注文が殺到するかもしれないから敢えて期間を空けてからお客様にお渡しするとの事で、その出来栄えとこれだけ早いのにしっかりとした縫製に大満足だった。

 それからも続々と注文が入った。催しが開催された街は近々祭りがあるらしく、それもあってオンズロー氏は俺達を誘った様だった。あの時の宣伝は大いに役立ち、毎日ドレスに囲まれながらあっという間に1ヶ月が過ぎた。

「ふう…祭りの日が近付いたからか、少し落ち着いたわね」

 毎日いろんなドレスをデザインしたり、やり取りを要望する客と話し合ったりと彼女は本当に多忙だった。俺はいつもの領主としての仕事と、新事業を行う上での手続きやお金の管理、それにオンズロー氏とのやり取りが増えたくらいで彼女達に比べたら生ぬるいものだった。

「俺も何か手伝えたらいいんだが…」
「あら、事務仕事もとっても大事よ!私達が作業に集中出来るのもあなたのおかげなんだから」

 好きな人にそう言われると何とも嬉しい気持ちになる。俺はにやつきそうになる顔を叩いて、改めて気合を入れ直した。

 順調だった新事業だが、その祭りが終わってからは一気に依頼量が減ってしまった。それもその筈、その街の人達しか注文は来なかったからだ。やはり有名になるからには首都圏からの支持が必要となる。オンズロー氏もかなり頑張ってくれているみたいだが、中々身を結ばない様だった。

 ただその閑散期のおかげで、今回得た利益で工房を建て、購入した染色液を使用して、バリエーション豊かなオーガンジーを織る事は出来た。次はどう範囲を広げていくか。俺達は話し合いをする事になった。

「この間の時の様な宣伝の仕方は出来ないのかい?」

 リンダが問いかけると、彼女はしばらく思案した後に答えた。

「首都は上位貴族が多くて、屋敷に商会の人たちを呼んで買い物をする人が殆どなの。秩序を守る為に決まり事も多いし、あの時の様に路上で無作為に私達の商品に触れてもらうというのはまず無理ね」
「オンズローが今出入りしている貴族の方達に地道に宣伝している所なんだ。他にも色々してくれているみたいだが…」

 その後もいい宣伝方法はないか模索するが、中々いい案が浮かばない。彼女の表情も大分落ち込んできていて、またあの時の様に自分の存在が敬遠させていると思っているのではないかと声をかけようとした時だった。

「…あの」

 手を挙げたのは意外にもニイナだった。

「何か浮かんだ?」
「いえ…あの、私にはそういった事は分からないのでまた別の話になるのですが…」
「何でもいいわ!ぜひ教えて頂戴!」

 全員がニイナに注目する。あまりそういった事に慣れていないのか「やっぱりいいです!」と言ったが、彼女が「いいからさっさと言う!」とまたいつもの喧嘩腰が出てしまいニイナは絞り出す様な声で言った。

「子供服に手直す…というのは如何でしょうか」

 全員が一瞬ぽかん、となる。そしてその数秒後には全員がそれはいい案だと絶賛していた。

「確かに子供服なら手を出しやすいし、一度様子を見れる。何より自分が着用していたドレスを子供に着せるってすごく浪漫あるわ!思い入れがあるのなら尚更!それで気に入ってもらえたら自分もしてもらおうって気になるかもしれない」
「私達もよく子供服に直す時があるから慣れてるし、サイズが小さくなる分更に効率も上がる。使用する生地も少なくて済むしね」
「ニイナ、すごいな。君は天才だ」

 今度は矢継ぎ早に褒められ、ニイナは顔を真っ赤にして俯いていた。

 早速俺はオンズローに連絡を入れると、彼も大絶賛ですぐに話をしてみますとの事だった。それから数日後、俺達はついに首都圏の貴族から依頼を受ける事が出来たのだった。

「お疲れ様。手紙が届いたよ」
「ありがとう!そこに置いておいてくれる?」

 依頼がどんどん舞い込み、またもや騒がしくなった工房では女性達がせっせと働いてくれていた。今では村の男達が通常の畑仕事に加え炊事洗濯も担っている。裁縫がそこまで得意ではない女性達は子供をまとめて見てくれていた。

 みんなが協力してくれているおかげで問題なくこなせている。先月分の利益はみんなと話し合って先述の通りこの工房を作ったのと染色液を購入して布のバリエーションを増やす事に充てた。この調子だと先月渡せなかった給金も出せそうだ。

「ニイナ!ちょっと来てくれる?」
「はい」
「ねえ、これどう思う?」

 さすがに彼女一人では追いつかなくなったからか、はたまたニイナの子供服のアイデアが相当に良かったのか、最近彼女はニイナに相談する事が増えた。この間一着ニイナに任せた結果とても良かったらしく、彼女は褒めちぎっていた。

「皆様お疲れ時です!」
「オンズロー!?」

 彼女とニイナを微笑ましく見ていたらオンズローが突然現れた。ちなみにここ最近ずっとやり取りをしていたからか、知らず知らずのうちに砕けた喋り方になってしまっている。

「すみません、突然」
「驚いたよ。どうしたんだ?」
「お届けにあがりました。…一刻も早く渡したくて」

 彼の眩しい笑顔に察した俺は、慌てて屋敷に案内した。

「こちらになります」

 そう言って彼が箱を二つ机の上に置いた。俺はどこか緊張しながらそっと箱を開ける。そこには俺の瞳の色であるサファイアが埋め込まれた金の指輪があった。もう一つは彼女の瞳の色であるエメラルドのが埋め込まれた同じく金の指輪。

「…俺はこういったものはよく分からないんだが、そんな俺でも分かる程にいい代物だ」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。今まではシルバーが主流だったのですが、とある工房さんがゴールドを使用する様になりまして肌馴染みが良く最近人気になってきているのです。少しお値段は張りますがその分こちらがお出ししますので」
「そ、それはだめだ。きちんと払わせてくれ」
「いえ、これはこっちが勝手にした事ですので」

 一歩も引いてくれない様子の彼に俺はたじたじになるも、素直にその気概を受け入れる事にした。

「本当にありがとう。自分ではこんないいものは選べなかった。きっと彼女も」

 喜ぶ、と言おうとして言葉が詰まった。果たしてそうだろうか。折角順調に距離を詰めていく事が出来ていたのに、最近あまりにも忙しいせいで毎晩していた晩酌もできていない状態だ。今は結婚よりも仕事の方で頭がいっぱいだろう。

「ウィリアムズ卿?」
「いや、何でもない。こんなに良くしてくれてありがとう。頑張って渡すよ」

 俺がそう言うと、彼はそれはそれは嬉しそうに笑った。

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