オッドルーク

おしゅか

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第二章「初ランク戦」

第二十四話

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ジリリリリリリ!!!!

ランク戦から早2日。
朝、目を覚ますと見知らぬ天井が目に入る。

「……!!」

ここが自分の家じゃない事を認識した瞬間、慌てて飛び起き目覚ましのアラームを止め、枕元に置いてあった携帯へ急いで手を伸ばし、即新着メール一覧に目を走らせた。

「は、はぁああ~~~~~」

広告ばかりのメールの中には危惧していた重要な通知は特に入っておらず、安堵によって俺は朝から盛大なため息を吐いた。

……それもそうだ。

ランク戦の日以降、俺は毎朝脱退命令メールが来る事を恐れながら起床する生活を送っている。
何せ後から改めてランク戦のポイントを計算したら、俺の全体の総合得点は結局150位程度しか無かった訳で。
普通にいけば俺の成績は確実にランク外なのだから、いつ例の脱退しろ連絡が来てもおかしくない。

「まさか、こんな形で生活の危機に瀕する事になるとはなぁ……」

とりあえず一旦は今日を過ごせそうなので、ふらふらと俺は2段ベットを降りた。
下の段に相変わらずすぅすぅと気持ち良さそうに寝ている氷緑ひのりが見える。
ドデカイ目覚ましの音にも全く反応せず寝ていられる彼が、今はとても羨ましい。

彼の呑気な様子に、考えても仕方ないと気持ちを切り替えながら俺もぐっと伸びをした。
そんな感情の忙しい朝を過ごしていると、さわさわと春風に揺れた木の葉の光が、布の無い開放された窓からゆらゆらと入ってきた。
伸ばした腕の間、その眩しさが何だかムカついて、俺は窓の外をじとっと睨みつけた。

……世界は俺の気持ちに反して穏やかだ。

着替えを済まして朝食をとりにリビングへ行くと、いつものように華純かすみさんがベランダで洗濯物を干していた。
彼女のまるで母親のような立ち振る舞いは、常々感心してしまう。聞けば、家事全般をこなす事が好きなんだとか。

壱条いちじょう君、おはよう」

その笑顔は、まるで突如として暗闇に咲いた一輪の花のように美し「壱条君?」

ただ無言で心打たれてしまった俺は、そこではっと我に返った。

「あ、ああ、おはよう」

「どうしたの?あ、もしかして何か洗濯物あったかしら?」

「いやいや!その、う……洗濯大変そうだなと思って……」

美しすぎて見とれてましたとか言えない。
そんな俺の変態思考を全く知らない華純さんはそう聞くとフフッと上品に笑った。

「優しいのね、壱条君。でも大丈夫よ、私が好きでやってる事だから……それよりも今日って──」

華純さんがそこまで言うと、突然どこからか軽快な音楽が鳴り出した。
何事かと思えば華純さんの携帯電話だったらしく、急用なのか彼女は「ごめんね」と俺に手でジェスチャーしながら、いそいそと電話をしに部屋を出て行ってしまった。
残された俺は呆然とその姿を見送る。

正直、「今日って」の後が気になりすぎるんだが。
何かあったか……?

しかし、記憶を辿ってみても何も思い当たるものは無い。
後でまた聞こうと俺は仕方なくキッチンでパンを焼き始めた。
ここに来て1週間程経ったが、案外生活にはすぐに慣れたな。……まあ、起きた時の天井にはまだ慣れてないけど。
生活リズムは実家にいた頃とさして変わんないし、なんだかただ知らん人とルームシェア始めただけって感じだ。
 
席に座り、こんがりと焼けたパンに華純さんが趣味で作ってるっていう自家製いちごジャムを塗って、口に頬張った。
何度食べても思うが、このジャムクソうめぇ。

味わいながら何となくテレビを付け、だらだらと今日の天気を眺めていた。

ダダダダダダ……バンッッ!!!!!

騒がしく廊下を走ってくる音がするなと思ったら、勢い良くリビングの扉が開いた。

「!?」

何事かと思って振り返ると、何やら知逢ちかが勇ましい顔をして立っていた。
そして、一体何なんだ?と眉根を寄せて首をかしげた俺を目に止めると、彼は武士の如く野太い声でゆっくり口を開いた。


「──時は来た。」



「………………………………………………はあ?」


▲▼

「いいか理紅りく。ここからは気を抜いたらダメだぞ。」

ガヤガヤと今日はまた一段と賑やかなここは、お世話になっている訓練場。
知逢曰くどうやら、ついにランク戦の結果が出たらしい。

「どどどどうやって通知されんの?」

ビビり散らかしながら一緒に来た知逢に聞くと、未だ勇ましい顔を崩さず仁王立ちの彼は、凛々しい表情ですっと正面を指を差した。

「あそこが、戦場だ。」

「ああ………」

わらわらと人がいて見えないがどうやらカウンターで受け取れるようだ。なんだあれ、高校の合否みたいじゃん。
すると、遠くの人混みの中から真っ白い人がにゅっと顔を出した。
知逢と同じく、ここまで同行していた同隊員のしきだ。
忘れもしないランク戦初日、俺は彼にコテンパンにやられた。
後から聞いたが、彼は無効化のオッドらしい。
言葉の通り間合いに入られた人の能力を無効に出来てしまう……。
そしてその力は、ランク戦においてはほぼ無敵の能力のようで、個人戦では最早強すぎて”白い狼”という異名がついているほどなんだと。
どうりでそりゃあんなあっさりと負けるわけだ。知らずに勝てるわけがない。
今頃になって、あの試合の直前に向けられた知逢の憐みの表情を思い出した。

「……取りに行かないのか?」

凪いだ気持ちでいると、凛とした声がかかった。
いつの間に近くまで戻ってきたのか、まつ毛まで真っ白な彼は、何故か仁王立ちで立ち並んでいる青ざめた俺と武将のような知逢を怪訝そうに眺めた。
手元には何やら用紙のようなモノを持っている。
そそそそれが恐らく、成績表というものだろうか。

「い、行く。行くけど………」

ああついに来てしまった…。とここに来てもやっぱり怖気付いていると、

「いざ、参る!!」

何故か武士のような面持ちの知逢が、強引に人ごみの中へ俺の腕を引っ張っていった。

「あああぁぁぁぁぁ…………」

「??一体何をあんなに恐れているんだ……?」

俺達を見送る色は持っている用紙に目を戻し、そう言って不思議そうに首を傾げた。
 
知逢が優秀なお陰で難なく人混みを抜けられてしまい、心の準備の暇も貰えないまま、呆気なくカウンターが俺の目の前に現れた。
立ちすくむ俺を前に、優しそうなお姉さんがニコリと微笑んでいる。

「お名前をどうぞ。」

「……い、壱条理紅です。」

絶望に暮れながら、名前を伝える。

「はい、えーっと8番隊の壱条様ですね。」

まるで死刑宣告を受けるかような面持ちで、タイピングしているお姉さんの眺めた。
少ししてジィィと何かが印刷された。それをペラっと確認すると、お姉さんは半分に折られたその紙をどうぞと爽やかに手渡してくれる。

「こちら今期ランク戦の成績表です。後ろがつかえますので、ご確認は少し離れた所でしてくださいね。」

お疲れ様でした。
とにこやかな挨拶を頂いた俺は、緊張でカチコチになりながらロボットのような動きで人混みの中へ戻った。
脈が今まで感じた事ないくらい強く早く打ち続けている。

知逢は既に先に戻っていて、人を掻き分けながらやっとの思いで俺が戻って来た事に気づいた二人は、相変わらずガチガチの俺を見て再び首を傾げた。

「いやいや、だからなんでそんなカチコチになのよ?」

「ああ、受験の合格発表じゃあるまいし。」

「ぶはっ合格発表!!」

すっかり武士の構えを解いている知逢が、まさにそれだっと言わんばかりに吹き出した。 

「…………………」

いや、俺の生活がかかってるんだわ!
と言う気力も出ず、きゃっきゃっと楽しそうな二人を無視し、俺は一縷の祈りを込めて折りたたまれた紙を慎重に開く。
片目だけ開けて恐る恐る内容を確認していく。
ああ、とうとう退去宣告が来てしまう……

「……………………………………

…………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………

「………ねえねえ理紅、ランクEだよ。」

……………おあ?」

人生で一番間抜けな音がこぼれた。
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