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「いや、あの…」

「なんだ俺に逆らうのか?」

「そうではなくて」

「お前みたいな生きてる価値のないやつ、王都に売り払ってやってもいいんだぞ。あそこは獣人商売が盛んだからなぁ」

「…私のような卑しい身分に旦那様が触れるなどあってはならないと思いまして、こちらで勘弁していただけないでしょうか」

 俺はベッドから起き上がり、床に膝をつくと旦那様の足の間に体を割り込ませた。そして彼のバスローブを捲る。

「ほう」

「口で奉仕します」

 仕方ない。これで見逃してもらうしかない。俺だってこんなことしたくはないが、抱かれる方が嫌だ。それに服を脱いだら俺が男だとバレてしまうおそれがある。

 目を閉じると、何故か瞼の裏にもう1ヶ月もあっていない男の姿が思い浮かんだ。彼は銀髪で冷たい目をしていて…。


 そういえばお城の庭で、昔王子と約束をした気がする 。なんだったっけな。

『君に伝えたいことがある。来月覚悟していてね』

なんで今こんなことを思い出すんだろうか。懐かしい。目の前にいるのがあいつだと思えばこのおっさんとの今後の行為も吐き気を催さなくて済むかもしれないな。

「では失礼します」

 そう言って顔をあげる。すると何故か男はガタガタと震えていた。ドアの方を見つめているようだ。

ん?

 視線の先を目で追うと、そこにはなんと人影があった。影は身長が高い男性のようだった。

シャロン…?

 予定より早く帰ってきたんだ。出来れば自分の父親の失態などは知ってほしくなかったが…。

「ひっ!」

 一瞬の出来事だった。
 影の手の中で何かがきらめいて、次にプシュッと音がして、目の前が真っ赤に染まった。

 俺はこの状況を理解できなかった。

 バタンと音を立てて、旦那様は後ろに倒れる。彼の頭部には鋭利なナイフが突き刺さっていた。

「は…?」

 ベッドが男の血でみるみる染まっていく。

「ひっ……し、しんで…」

 突然のことに頭がパニックになって口を開けるが言葉が出ない。後ろにいるやつが殺したのか?なんで?というかシャロンじゃない…?

 再度プシュッと血が飛び散って、今度は旦那様の心臓にナイフが突き刺さった。

 コツコツと後ろから男が歩み寄る音がする。恐怖からぎゅっと目をつむった。

 ぐさっぐさっ。ぐさっ。ナイフを突き刺す音と、ぐちゅぐちゅと傷口を抉る音がする。

 どうしよう。逃げるべきか。まさか部屋に殺人鬼が来るなんて。次は俺の番だ…。

「クロ」

 突如名前を呼ばれてびっくりした。しかしその声はどこか聞き覚えのある声だった。

「え」

 次の瞬間、殺人鬼は俺をきつく抱きしめた。

「やっとみつけた」











 吐きそうなぐらい血の匂いが充満した部屋でこの国の王子様はにっこりと笑った。

「クロクロクロクロ…」

「あ、あ…ぁ…れ、れお…?」

「ずっと君を探していた。まさかこんなとこにいるなんてね。メイド服可愛いけど、もしかしてこの汚らしい男に着せられたの?」

「ひっ…」

 俺はこんな男知らない。俺が知っているレオはこんな真っ黒な瞳をしない。

「聞いてるの?質問に答えて。答えによってはこの屋敷を燃やして、一族をみんな皆殺しにする。出かけている家族もだよ。一人残らずだ。僕のクロを奪ったんだからそのぐらい当然だよね」

「ち、違うよ…何もされてない」

「本当に?」

「あぁ…本…当に。ただこの人たちは俺を保護してくれて…。でも なんでレオがここに」

「ねえ。クロ。なんで逃げたの」

 なんとなく会話が噛み合ってない気がする。王子は俺の肩をがっしりと掴むと瞳を覗き込んだ。

「それは…」

「言い訳は後でゆっくり聞いてあげる。でも今はもう離さない。早くお城に帰ろうか」

「…」

「断らないよね?」

「帰るよ…。帰るから」

「そう、よかった」

 一回瞬きをしただけであっという間に景色が変わった。そこは慣れ親しんだあの部屋だった。しかしインテリアが大きく変わっている。机は倒され、花瓶は割れ、窓ガラスにもヒビが入っていた。そしてカーテンも破けている。

 まるで室内で何かが爆発したような、そんな様子だった。

「じゃあまずは綺麗にしようか」

 そう言って王子がパチンと指を鳴らすと、優しい石鹸の香りが俺たちを包んだ。洗浄魔法だ。

 そのままレオは俺を優しくお姫様抱っこするとベッドに下ろした。

 数分の出来事で頭が追いつかない。まるで夢を見ているようだった。

レオは俺の上に跨り、そして低い声で尋ねた。

「何で逃げたの」

 それは…。確かに逃げたかったけど、でも…。数ヶ月も放置しておいて今更なんでそれを責られないといけないのか。

「まあ理由は大方わかってるよ。リアラのせいだよね。リアラが悪いんだよね?君に逃げるつもりはなかったんだよね?君が強制転移された場所はここからはるか遠くだったから、帰れなかったんだよね?わかるよ。君は何も悪くない。」

 王子はいっきにまくし立てると肩で呼吸をした。

そして俺の首に手をかけ、

「次逃げたら君もあいつと同じようにしてやるから」

と低く呟いた。

「っ…っ」

「もうさ、逃げられないように手足を切り落とそうか」

「…」

「それともここで殺してしまおうか?そうすればもう二度とこの部屋から出れないよね」
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