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エピローグ
祝辞
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「おめでとう」
親友の国王就任を祝いながら。
ノーティオ王国の王太子、アドニス・レオンは安堵の息を吐いた。
産まれてからずっと”神の愛し子”と呼ばれ、その一挙手一投足が注目されて。
努力の末に黒騎士にまでなったというのに、自分には皆が期待するような力は無いと悩んでいた親友が。
最愛のツガイを得て。
今では幸せそうに笑っている。
「良かったなあ」
二人には、心から幸せになって欲しいとアドニスは願った。
元々友好国であり、国王同士でも交流があったため、何度か顔を合わせている内にゼノンとアドニスは親しくなっていた。
二人で並んでいると、まるで太陽と月が並んでいるようだとよく言われたものだった。
月の化身のように美しく、物静かで勤勉な友人は、アドニスにとっても自慢だった。
既知の間柄である自分以外とはあまり話さないことも含めて。
騎士学校に入って以来、常勝無敗だったゼノンと違い、あまり騎士としての才能に恵まれなかったアドニスは、そのナンパな性格ゆえに上級生らに目をつけられたが。
ゼノンと友人で同室だったため、いじめは回避された。
それほどゼノンは恐れられていた。
敵対する者には容赦しないが、相手から手を出して来ない限りは全く他人に興味を示さない。
ゼノンは何にも心を動かされない、無欲な男だとずっと思っていた。
しかし、”道逢の儀”の日。
いつでも冷静だったゼノンがいつになく心を乱される姿をアドニスは初めて目にした。
それから今まで、驚きの連続だった。
ゼノンが目の前で消えて、再び現れた時に見知らぬ少女……に見えた少年を大切そうに腕に抱いていたこともだが。
言葉も通じてない相手を強引に連れ去って来るなど、ゼノンらしくない行動をとって。
アドニスがゼノンのツガイから名を呼ばれたことで、気分を害しているのも。
子供みたいに拗ねたゼノンに驚きつつ、自分もどうにか結婚相手を見つけて国に帰ったが。
実のところ、アドニスは自分の結婚よりも何よりも、あの後二人がどうなったかの方がよほど気にかかっていたのだった。
それは、彼の愛妻レダにも秘密の話である。
*****
アナトリコ王国の国王、レオニダス・メルクーリもまた、心からゼノンの王位継承を祝っていた。
前王レヴァン・リカイオスは、なかなか国から出てこない上に返事も遅く。いっそ国を乗っ取ってやろうか、と考えていた。
地下資源が豊富なヴォーレィオの土地を、前々から目をつけていたのもある。
それには最強である黒の騎士の座を持つ王子ゼノンの存在が邪魔だったので。
戦争の火種を探していた。
その考えを改めることになったのは、王子ゼノンのツガイである蘇芳の存在が大きかった。
子供なら間違いなく恐れて泣くだろう自分の姿を恐れず、その子猫のような澄んだ目で見つめられて。
レオニダス王は年甲斐もなく恋に落ちた少年のような気分になった。
この謀略渦巻く世界で。
全面的に信用され。人を疑わない、清らかな心を見るのは初めてだった。
知りたかった空の上の知識を分け与えられ。
その微笑みに心が安らいだ。
ゼノンに連れられてきたアドニスから、こことは異なる世界から攫われたと聞き、蘇芳が天上人だと確信した。
決定打になったのは、ディティコ王国で、蘇芳の”オマジナイ”によって、どんな回復魔法でも癒えなかった、持病の偏頭痛すらも嘘のように治ったことである。
乳兄弟でもある近衛騎士デメトリが何を言おうが、何があろうと絶対に蘇芳の敵には回らない、と心に誓ったのだった。
探し出したヨリイという”耳無”を素直に引き渡したのも、国益よりも何よりも、蘇芳の信頼を深める方が大事だと考えたからだ。
実際、その選択によって結果的に国益が上がることに繋がったのだった。
唯一の悩みは。
蘇芳のツガイであるゼノンの独占欲が強すぎて、手の甲に口づけるどころか、その手に触れることすら許されないことだ。
平和な悩みであった。
*****
ディティコ王国の新王セルジオス・アルクトスは最愛のツガイを腕に抱き、幸せそうに笑うゼノンを見て。
敵わないな、と改めて思っていた。
騎士学校時代から、一度としてまともに相手にされたことがなかった。
剣を抜くことすらなく、蹴散らされた。
懲りずに何度も挑んだ経験があったので、国に戻ってシメオン派から狙われても生き残ることが出来たのでは、と思うほどである。
思えば、騎士学校に居る間は何事もなく平穏無事だった。
国から送られた暗殺者は皆、ゼノンによって退治されていたのではないだろうか。
剣も武術も、魔法も。成績も。誰もゼノンには遠く及ばず。彼はいつも頂点に立っていた。
だが、それを羨むものは少なかった。
ゼノンは才能に溺れ、遊んでいた訳ではない。
日々研鑽し、学業に励み。
ずっと”神の愛し子”の名に相応しい自分になるように努力していたのは、騎士学校の皆が知っている。
これまで誰もゼノンの笑顔を見たことがなかった。
笑いもせず、休みでも遊ぶことなく、趣味もなく、何が楽しくて生きているのだろうと言われていたゼノンが。
今は、満面の笑顔を見せている。
相手は愛らしい猫族の少年……に見えるが、内に秘める魂は時間神そのものである。
凄まじい魔力を持っていたので只者ではないと思っていたが、まさか神だとは。
時間神は争うことしかしない人間に愛想を尽かし、異世界へ行き眠っていたらしい。
それだけでなく、ゼノンも月神の生まれ変わりであるという。
転生し、異世界にいた時間神を迎えに行ったのだと。
神の生まれ変わりといっても、転生するためにほとんどの力を失ったというが。
セルジオスはひとり納得した。
そうだったか、と。
今までゼノンに抱いていた、何とも表現しがたい気持ちは、それだったのだ。
空の上の存在に対し、勝ち負けを拘る方が間違っている。
我々凡人は、遠い空の上の月を、ただ眺めるしかできないのだと。
セルジオスにとって、ゼノンは憧れだった。
そのことに、今さらになって気付いたのだった。
*****
神の加護を受けた”神の愛し子”としても有名だったゼノン王子は。
彼の最愛のツガイを得た年の暮れにヴォーレィオ王国の国王になり。
翌年には元々友好国だったノーティオ王国だけでなく、アナトリコとディティコ王国とも和平条約を結び。
全ての国と協力し合うことで発展させた賢王として。
後世までその名を残すことになった。
そのツガイである王妃スオウも、豊穣神の加護を得、惜しみなくその力をふるまい、多くの国を富ませたと歴史書には記されている。
以降、国々は争うことなく、国民は豊かな国で平和に暮らしたという。
おしまい
親友の国王就任を祝いながら。
ノーティオ王国の王太子、アドニス・レオンは安堵の息を吐いた。
産まれてからずっと”神の愛し子”と呼ばれ、その一挙手一投足が注目されて。
努力の末に黒騎士にまでなったというのに、自分には皆が期待するような力は無いと悩んでいた親友が。
最愛のツガイを得て。
今では幸せそうに笑っている。
「良かったなあ」
二人には、心から幸せになって欲しいとアドニスは願った。
元々友好国であり、国王同士でも交流があったため、何度か顔を合わせている内にゼノンとアドニスは親しくなっていた。
二人で並んでいると、まるで太陽と月が並んでいるようだとよく言われたものだった。
月の化身のように美しく、物静かで勤勉な友人は、アドニスにとっても自慢だった。
既知の間柄である自分以外とはあまり話さないことも含めて。
騎士学校に入って以来、常勝無敗だったゼノンと違い、あまり騎士としての才能に恵まれなかったアドニスは、そのナンパな性格ゆえに上級生らに目をつけられたが。
ゼノンと友人で同室だったため、いじめは回避された。
それほどゼノンは恐れられていた。
敵対する者には容赦しないが、相手から手を出して来ない限りは全く他人に興味を示さない。
ゼノンは何にも心を動かされない、無欲な男だとずっと思っていた。
しかし、”道逢の儀”の日。
いつでも冷静だったゼノンがいつになく心を乱される姿をアドニスは初めて目にした。
それから今まで、驚きの連続だった。
ゼノンが目の前で消えて、再び現れた時に見知らぬ少女……に見えた少年を大切そうに腕に抱いていたこともだが。
言葉も通じてない相手を強引に連れ去って来るなど、ゼノンらしくない行動をとって。
アドニスがゼノンのツガイから名を呼ばれたことで、気分を害しているのも。
子供みたいに拗ねたゼノンに驚きつつ、自分もどうにか結婚相手を見つけて国に帰ったが。
実のところ、アドニスは自分の結婚よりも何よりも、あの後二人がどうなったかの方がよほど気にかかっていたのだった。
それは、彼の愛妻レダにも秘密の話である。
*****
アナトリコ王国の国王、レオニダス・メルクーリもまた、心からゼノンの王位継承を祝っていた。
前王レヴァン・リカイオスは、なかなか国から出てこない上に返事も遅く。いっそ国を乗っ取ってやろうか、と考えていた。
地下資源が豊富なヴォーレィオの土地を、前々から目をつけていたのもある。
それには最強である黒の騎士の座を持つ王子ゼノンの存在が邪魔だったので。
戦争の火種を探していた。
その考えを改めることになったのは、王子ゼノンのツガイである蘇芳の存在が大きかった。
子供なら間違いなく恐れて泣くだろう自分の姿を恐れず、その子猫のような澄んだ目で見つめられて。
レオニダス王は年甲斐もなく恋に落ちた少年のような気分になった。
この謀略渦巻く世界で。
全面的に信用され。人を疑わない、清らかな心を見るのは初めてだった。
知りたかった空の上の知識を分け与えられ。
その微笑みに心が安らいだ。
ゼノンに連れられてきたアドニスから、こことは異なる世界から攫われたと聞き、蘇芳が天上人だと確信した。
決定打になったのは、ディティコ王国で、蘇芳の”オマジナイ”によって、どんな回復魔法でも癒えなかった、持病の偏頭痛すらも嘘のように治ったことである。
乳兄弟でもある近衛騎士デメトリが何を言おうが、何があろうと絶対に蘇芳の敵には回らない、と心に誓ったのだった。
探し出したヨリイという”耳無”を素直に引き渡したのも、国益よりも何よりも、蘇芳の信頼を深める方が大事だと考えたからだ。
実際、その選択によって結果的に国益が上がることに繋がったのだった。
唯一の悩みは。
蘇芳のツガイであるゼノンの独占欲が強すぎて、手の甲に口づけるどころか、その手に触れることすら許されないことだ。
平和な悩みであった。
*****
ディティコ王国の新王セルジオス・アルクトスは最愛のツガイを腕に抱き、幸せそうに笑うゼノンを見て。
敵わないな、と改めて思っていた。
騎士学校時代から、一度としてまともに相手にされたことがなかった。
剣を抜くことすらなく、蹴散らされた。
懲りずに何度も挑んだ経験があったので、国に戻ってシメオン派から狙われても生き残ることが出来たのでは、と思うほどである。
思えば、騎士学校に居る間は何事もなく平穏無事だった。
国から送られた暗殺者は皆、ゼノンによって退治されていたのではないだろうか。
剣も武術も、魔法も。成績も。誰もゼノンには遠く及ばず。彼はいつも頂点に立っていた。
だが、それを羨むものは少なかった。
ゼノンは才能に溺れ、遊んでいた訳ではない。
日々研鑽し、学業に励み。
ずっと”神の愛し子”の名に相応しい自分になるように努力していたのは、騎士学校の皆が知っている。
これまで誰もゼノンの笑顔を見たことがなかった。
笑いもせず、休みでも遊ぶことなく、趣味もなく、何が楽しくて生きているのだろうと言われていたゼノンが。
今は、満面の笑顔を見せている。
相手は愛らしい猫族の少年……に見えるが、内に秘める魂は時間神そのものである。
凄まじい魔力を持っていたので只者ではないと思っていたが、まさか神だとは。
時間神は争うことしかしない人間に愛想を尽かし、異世界へ行き眠っていたらしい。
それだけでなく、ゼノンも月神の生まれ変わりであるという。
転生し、異世界にいた時間神を迎えに行ったのだと。
神の生まれ変わりといっても、転生するためにほとんどの力を失ったというが。
セルジオスはひとり納得した。
そうだったか、と。
今までゼノンに抱いていた、何とも表現しがたい気持ちは、それだったのだ。
空の上の存在に対し、勝ち負けを拘る方が間違っている。
我々凡人は、遠い空の上の月を、ただ眺めるしかできないのだと。
セルジオスにとって、ゼノンは憧れだった。
そのことに、今さらになって気付いたのだった。
*****
神の加護を受けた”神の愛し子”としても有名だったゼノン王子は。
彼の最愛のツガイを得た年の暮れにヴォーレィオ王国の国王になり。
翌年には元々友好国だったノーティオ王国だけでなく、アナトリコとディティコ王国とも和平条約を結び。
全ての国と協力し合うことで発展させた賢王として。
後世までその名を残すことになった。
そのツガイである王妃スオウも、豊穣神の加護を得、惜しみなくその力をふるまい、多くの国を富ませたと歴史書には記されている。
以降、国々は争うことなく、国民は豊かな国で平和に暮らしたという。
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