勇者失格⁉ ～異世界で美貌の騎士と魔王討伐に行ったらいつの間にか魔王の伴侶になってました～

異世界召喚？

お名前は？

昨夜は確か。
「寂しかったらワンコールしてくれれば何時だろうが飛んでいくから」とか「心細かったらにいにが添い寝してやるからな？」などと真顔でのたまい、泊っていこうとする41と35歳にもなる兄たちを、「明日入学式だから！　また明日！」と言って追い返した。
体力は使ってないのに、精神的にはへとへとになりながら明日の支度をして。

いい加減、子供じゃないんだから家族総出で卒業式や入学式に来るのやめて欲しい。
セキュリティ関係もあって学校も迷惑だろうし。

でも、これでやっと、一人でゆっくり眠れるぞー、と思いながらベッドに入ったら。
何故か異世界にいた、という訳だ。


まあそれはともかく。
その、念願の一人暮らしの、記念すべき第一夜に、だ。

誰が呼んだんだか知らないけど。
何で、この俺を、異世界なんかに召喚してくれちゃったのかなあ？

しかも、勇者だって？　完全に人選ミスだよ？

言っておくけど俺、スマホや文房具より重い物は持たせてもらったこともないし。
たぶん喧嘩したら、小学生にも負ける自信あるよ？

ザコ度で言えば、スライム並みだよ？
家にお金だけはあるからメタルスライムかもしれないけど、今は何にもないから経験値にもならないだろう。


そんなか弱い俺が、勇者とか。ありえないんだけど。常識で考えて。


＊*＊*＊


「申し遅れながら、私は貴方のespadaでありescudo。オーケアノス王国Presidente de los Caballerosのアリストンと申します」

「……はい？」
今、何て言いました？

手際よく、俺に服を着せながら。
金髪碧眼で美貌の主であるアリストンは、自分の国名と、身分と、名前を名乗った……ようだ。ほとんどよくわからなかったけど。


元の世界には無い言葉なのか、こちらでも新しい職名だったのか。
耳に着けられた翻訳機……魔力で言葉を変換してくれる魔道具とやらには、まだ登録されてなかった単語だったようなので、調整してもらったところ。

自分はあなたの剣であり、盾である、と言ったようだ。
なんかかっこいい決めセリフだっただろうに。もう一度言わせてしまって申し訳ない。

そして、プレ何とかは騎士。
それも、たくさんいる騎士の中で一番偉い立場の人のことらしい。騎士団長みたいなものかな？


アリストン、とだけ名乗られたので。
そういえばフルネームは？　って聞いてみたら。

この国には名字という概念自体が無くて。あるのは名前だけだそうだ。

でも、成人前まで名乗る幼名と、大人になったら別の名前を名乗る、名前がいくつかある地域も存在するみたいだ。
元服名や雅号みたいなものだろうか？　魔導士などは、本名の他に真名も持っているそうだ。

なるほど。アリストンが他国の人に向かって名乗る時は「オーケアノス国の騎士団長、アリストン」になるのか。


翻訳魔導具は調整してもらったし。もう一度自己紹介してもらったらそう聞こえるかもしれない。
でも、わざわざ再び言わせるのは悪いから、また誰かに名乗るまで待ってみるか。


＊*＊*＊


じゃあ俺は「異世界、日本から来た勇者、睦月」と名乗ることになるのかと思いきや。

有栖川睦月、という名前はこっちの人にとって言いにくい名前だったようだ。
何度繰り返し教えても、有栖川はアリスガ、かアリスゴァ。睦月はムチュキ、とかミュチキになってしまう。

連続すると発音しにくい字列があるのかもしれない。
中国の人も、ダなどの破裂音がなかなか発音できず、「そうだね」が「そうたね」になってしまうらしいし。


アリストンは練習の末、何とかアリスガワ・ムツキ、と淀みなく言えるようになったけど。
名乗るたび、相手に何度も発音練習させるのは申し訳ない。

それにもう、腹筋も限界だった。
真剣に俺の名前を言おうと発音練習するアリストンが何だかかわいくて、つい笑ってしまいそうになるのを堪えてたせいで。


アリストンとも相談して。
結局、ここでは”勇者アリス”と名乗ることにした。

どうせ、魔王を倒すまでの呼び名だろうし。


学校でも有栖川、は長いからか。クラスの友人からは省略されて、そう呼ばれてたし。
呼ばれても特に違和感はないから良いかと思い、了承した。

アリスって呼び名は女の子の名前っぽくないかな、とちょっと思ったけど。
アリストンは、自分の名と似てますね、と笑った。

確かにそうだった。


他にも、アリスタスとかアリステス、アリストテレスって名前もあるらしい。
こっちじゃありふれてるんだな。アリス系の名前。

何か意味でもあるのかな？