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大和撫子、砂漠の王子に攫われる

17歳の従姉妹の身代わりにされる26歳、男。

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「一生のお願いだからー!」
黒目がちの大きな目を潤ませて、小首を傾げて手を組み、お願いポーズ。

従妹いとこ美雪みゆきが、もはや何十回目だかわからない必殺技「一生のお願い」を繰り出したのは、七月も終わりかけた頃だった。

「やっくんお願い! あーしが頼れるの、やっくんしかいないんだよ?」


まだ美雪が産まれてない頃、俺は「ユキ」と呼ばれていたが。
俺の名前が雪哉ゆきやが被るので、俺は「やっくん」、美雪は「みーちゃん」と親族から呼ばれている。

いい加減、いい年した成人男性をやっくんと呼ぶのはやめて欲しい。
二十歳も過ぎてそんな愛称で呼ばれて許されるのは芸能人くらいだと思う。


†††


さて。
いい加減何度聞かされたかわからない「一生のお願い」だが。
今回はちょっといつもと違っていた。

美雪の頬には痛々しい絆創膏が貼られていて、右足は、膝から下がキプスで固定されている。左手首は捻挫。
満身創痍である。

先日、階段から落ちかけた子供を助けて、自分が転げ落ちてしまったという。子供が無傷で良かった、と喜ぶような性格なのだ。

そんなかわいい従妹から、満身創痍の痛々しい状態でお願いされたら。
俺も鬼ではない。お願いを叶えてやりたいのは山々なのだが。

その内容がよろしくなかった。


「こんな顔じゃ出れないし! あーしの代わりに、女装してお茶会に参加して! それで、写真撮インスタってきて! できれば王子とツーショで!」


大変な無茶振りである。
どうやら、美雪の父親の実家である茶道の、そのまた総本家から呼び出しがあって。
どっかの国の王子様が「ヤマトナデシコの実物を見てみたい」と御所望なので、流派の若い娘を集めて茶会を開く、というのだ。

今時染めていない長い黒髪に、長い睫毛に縁どられた大きな瞳。
口紅いらずの唇。色白の肌に手足は長く華奢な肢体。

百人中百人が美少女と絶賛するだろう美少女で。
その上茶道に華道、日本舞踊も嗜んでいる。立ち居振る舞いも含め、条件的
完璧な大和撫子である美雪には、必ず出席するようにと言いつけられていたのだが。

先日のアクシデントにより、参加できなくなってしまったのである。


普通に考えれば、男の俺に女の子、それも女子高生の身代わりなど不可能だと思われるだろう。
しかし、俺が26歳男、美雪が17歳の女子高校生だというのに。

現在、親も驚くほど俺達は顔がそっくりなのだ。まるで一卵性双生児のように。
……もちろん、スタイルまでは似てないが。

俺と美雪の母親が一卵性双生児の姉妹だったからだろうか?
どういった遺伝子の奇跡なのか。父親同士が似ているということもない。そしてお互い、父親似でも母親似でもない。不思議だ。


「やっくんヒッキーだから下手するとあーしより色白いし喉仏目立たないし体型目立たない着物だしちっさくてかわいーし、絶対バレないって!」
引きこもりヒッキー言うな、家で作家作業してるだけ!」

女装に違和感が無い、と力説されればされるほど情けなくなる。
成人もとっくに済ませた大和男子として。

あと「あーし」はやめろ。「私」と言いなさい。頭悪そうに見られるぞ。学校の成績は悪くないのに。
大和撫子の、唯一の欠点である。


しかし、こうしてJKから上目遣いで小首を傾げておねだりされても、自分と同じ顔では少しもぐっとこないな……。
いや、きても困るが。

同じ顔なので、自画自賛的になるかもしれないが。あくまでも従妹として。
美雪はとても可愛いのである。

そして、三人姉妹の末っ子で甘え上手。
こうしていつも思い通りにことを運ぼうって魂胆だろうとわかってはいても、ついついお願いをきいてしまうことが多いが。
そうそう毎回おねだりを聞いてもやれない。

ここは心を鬼にするべきか。
そう決心したのを察したか、美雪は最終手段を選んだようだ。

「主催者はなんと、ググってもほとんど情報が出ない、マクランジナーフ国の王子様なんだよ? 絶対、いい取材になるって!」
「マクランジナーフ!?」

くっ。
……そんなレア情報を出されると、好奇心が疼くだろうが!


†††


マクランジナーフ。
一般には王制で、日本にも資源を輸出している豊かな国、ということくらいしか知られていない、謎多き国である。

観光旅行目的の入国不可、テレビ局も取材拒否。
大使館ですら国の端にあり、衛星地図も詳細は出ない、という。北センチネル島よりも情報が無いという、いまどき驚くほどの難攻不落な情報非公開国。
あと、大昔はアラブ諸国の一部だったらしく、公用語がアラビア語、ってことくらいかな?

父さんの弟で叔父である勝哉かつやさんが中東に派遣されてる関係で、昔からちょっとずつ教わってたから、アラビア語なら少々わかるけど。
あのミミズみたいな字を見てると頭が痛くなる……。


「引き受けてくれたらパパが特別ボーナス出すって。これだけ」
美雪は指三本立てて言った。
「って、善之のぶゆきおじさんも共犯なのかよ!?」

あと、その仕草は品がないのでやめなさい。
違う”パパ”みたいに聞こえるだろ!


おじさんと美雪が、身代わりでもいいから出席しないといけない、ってくらい困ってるなら、仕方ない。
引き受けてやるか。

臨時ボーナスが目的ではない。
決して。


生活費カツカツの貧乏作家としては、大変ありがたいけれども。


†††


振袖は美雪のを借りる。JKとそう体格が変わらない、という悲しい事実には目を背けておく。長い黒髪はウイッグである。
着付けは母の双子の姉、美咲伯母さんがやってくれた。もはや手馴れたものである。

「やっくんは肌キレイし、ナチュメがいいよ」
などと謎語を話す美雪にメイクを施され、爪もピンクのツヤツヤにされて。準備完了である。


「いってら~。インスタよろ~」
窓から手を振られる。

携帯は、美雪のと交換したのだ。
俺は別に見られて困る情報はない。担当さんからの連絡はPCメールだし。たまに話す相手もスカイプだ。悲しいことに、仲の良い友達もいない。

美雪にはカメラ以外には絶対に触るなと約束させられた。
リアルJKのライン会話には職業的に少々興味があるが。人の会話を勝手に覗くほど悪趣味でもない。


運転手付きの長くて黒い車に、エスコートされながら乗り込んで。
向かいに座っている善之おじさんを見る。

老けても端整な顔立ちである。
母さんもメンクイだが、伯母さんも相当なメンクイだよな……。

「ところでさ、その”お茶会”って、何か怪しくね? 16~29歳までの振袖女子って辺りがさあ……、正直なんか、気持ち悪いっていうか……、怪しい」
おじさんに、疑問に思っていたことを訊いてみる。

ヤマトナデシコに限定して独身女性を集めるのもおかしいが。
16歳の女の子がアラブ系のヒヒジジイに見初められて国にさらわれたりしたら事案じゃないか?

そんでもって、相手は特権階級だから、外交的にも手出しできなかったりして。


「い、いや、王子は以前に日本にいらしたことがあったそうで、綺麗な振袖がお好きなのだと聞いたよ。それに、まだお若いとのことだ」
振袖は未婚の若い女の人しか着られないし、とおじさんは慌てて否定したが。

「若くてもエロい奴はいっぱいいるじゃん。……ま、行くのが俺で、逆に良かったかも」
美雪が危ない目に遭うのは見たくない。

「顔はそっくりなのに、やっぱり男の子だねえ」
おじさんは、ふっ、と微笑んだ。


いや、正真正銘、男ですよ?
今は着物の美少女にしか見えなくてもな!
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