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終章
再び、鳥は羽搏く
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あのおぞましい、領主の男のもとから助け出されて。
イザヤのことが、好きだと。
イザヤを愛していると、はっきりと自覚した。
心から愛し合って、結ばれた。
今までは、気持ち良くても、どこか苦しさがあった行為。
でも、これは、苦しくはなくて。
とても、気持ちが良かった。
イザヤは一生、僕の側にいてくれると誓ってくれた。
愛していると囁かれて、とても幸せだった。
生まれて初めて、愛を知って。
僕は初めて、生きていて良かったと思えたんだ。
幸せだ。
夢なら、一生覚めたくないと思った。
◆◇◆
「患者さんの意識が戻りました!」
……女性の声?
ここには、女の人は存在しないはずでは?
瞬きをして。
だんだん視界がはっきりしてくる。
タイルの天井。
柔らかい、白いベッド。
鼻には、管が入っている。
喉にも、乾燥して張り付いているのか、痛い。
思わず咳き込みそうになる。
「口に含むだけで、飲まないで下さいね。胃がびっくりしちゃいますからね」
水差しが出されて、言われた通りに水を口に含む。
柔らかそうな、白い手。
……女の人だ。ナース服?
腕にも、管がついている。規則的な電子音。
ここは、病院だ。
あの、天使の館にあった部屋とはまるで違う。
「自分のお名前は言えますか?」
そんな大きな声を出さなくても、聞こえている。
「……伊藤、春樹、」
掠れた声で名乗った。
「意識、明瞭です!」
◆◇◆
医者に囲まれて、いくつか質問されたりした。
答えながら。
何で僕はここにいるんだろう、と思った。
しばらくして。
ぱたぱたと、足音が聞こえた。
「春樹!」
母さん。
泣いている。
少し、老けたみたいに見える。
じゃあ、……ここは。
元の世界?
◆◇◆
僕が、マンションの屋上から飛び降りた日から。5年、経っているという。
5年前。
僕は、裸でマンションの駐車場に倒れていたらしい。
発見した住民が、救急車を呼んで。
母さんが机の上の遺書に気付いた。
奇跡的に、怪我は無かったそうだけど。
意識が戻らないままで。
遺書のことで、Aとその親を呼び、事情を聞いたらしい。
Aは自分は知らない、デタラメだと言い張って、僕のことを罵ったそうだ。
それを聞いた弟の夏樹が、怒りのあまり、僕が書いたノートの全文をスキャンして、ネットに晒した。
学校は大騒ぎだったようだ。
Aやその仲間は、ヘンタイだという噂を立てられて。あることないこと言われて、いじめられるようになったらしい。
Aは、高校の推薦も白紙になり、首をくくって死んだそうだ。
因果応報というやつか。
自分がいじめられる立場になるまで、相手の痛みがわからなかったのだろう。
あいつが死んだらすっきりするかと思ったけど。
何の感情もわいてこなかった。
夏樹は、何で言ってくれなかったんだよ、と言って泣いた。
母さんも、父さんも。
逃げても良かったんだと言った。
いやなら、学校なんて、変えてもいい。
いくらだって休んだっていい。
生きてさえくれればいいと。
”死”になんて、逃げないで、と。
皆から泣かれて。
自分はあの時、はやまったことをしたのだと。
初めて、後悔した。
◆◇◆
あれは、夢だったのだろうか?
イザヤや、あの、おかしな世界は。
しかし、僕の身体が、そうじゃないと教えていた。
警察が、事情聴取に来て言った。
発見されたとき、僕の身体は、明らかに男に乱暴された形跡があったという。
性器は切断され、手術痕は古く、綺麗なもので。
プロの仕業だと言われた。
体内には同一人物のものとされる大量の精液と。身体の至るところに愛撫の痕跡が残っていて。
DNA鑑定では、人類ではあるだろうと思われるが、未知の生物のものだと。
未知の生物!
思わず笑ってしまいそうになった。
異世界の人間は、やはりこちらの人間とは違う生き物だったのだ。
何も覚えてない、と言った。
刑事の一人が、UFOにでも攫われたのかもね、とか言って。年かさの刑事に怒られていた。
似たようなものだろう。
でも、異世界に行ってたなんて言えば、狂人扱いされるだろうことはわかっている。
覚えていないのなら、そのほうがいいかもしれない、と彼らは沈痛な面持ちで言った。
それほどのことをされたのだから、と。
◆◇◆
5年の内で萎えた筋肉は、リハビリをして。少しずつ歩けるようになってきた。
だけど、僕の心は晴れなかった。
若い医者は、診察だといって、僕の股間を執拗に弄ろうとする。
おかしな目で見てくる。
明らかに、欲情した目を向けられる。
男の看護師もだった。
やはり、僕が無意識に誘っているのだろうか?
この身体では、自慰も満足にできない。
後ろを、いっぱいにして欲しくて。たまらなくなる。
ああ、イザヤ。
……どうして僕は、こちらに戻されたんだろう。
愛していると自覚した、その時になって。
今更。
そこまで、女神に嫌われているからか。
イザヤに会いたい。
イザヤのいない世界なんて。
家族ですら。
イザヤの代わりにはならない。
その喪失を、埋められない。
◆◇◆
今日は、同じ部屋の男にお尻を撫でられた。
気持ち悪い。
僕の容姿は、5年前からまったく変わってなかった。
性器を切り取られたせいだろうか?
平凡な、地味な顔なのに。
どうしてこんなに、男から狙われるんだ。
まさかこの病院に、その手の趣味の人間だけが集まっているわけではないだろう。
ああ、やはり。
僕が、原因なのか。
病院の屋上で。
フェンスに手をかける。
……ここから飛べば。
もう一度、行けるだろうか? あの世界へ。
レティシア。
イザヤのいる、女神が守護する、あの世界へ。
イザヤは、僕を待っていてくれているだろうか?
消えた僕を、探しているかもしれない。
領主の男にさらわれたときも、必死になって探しに来てくれた。
目を閉じれば鮮やかに蘇る。
鮮血に染まった、あの、美しくも壮絶な姿を。
このままここにいたら。僕はまた、誰かに汚されてしまうだろう。
ここから逃げたとしても、同じことだろう。
たくさんの男に抱かれたこの身体は、男を誘っているんだ。
……欲しくて。
頭がおかしくなりそうだ。
でも。もう、それは嫌だ。
イザヤ以外に抱かれるなんて、死んだほうがましだ。
たとえ、あの世界に行けなかったとしても。
そのまま、地に落ちて死んでも。
後悔はしない。
僕は、イザヤのためだけに鳴く鳥なのだから。
おわり
イザヤのことが、好きだと。
イザヤを愛していると、はっきりと自覚した。
心から愛し合って、結ばれた。
今までは、気持ち良くても、どこか苦しさがあった行為。
でも、これは、苦しくはなくて。
とても、気持ちが良かった。
イザヤは一生、僕の側にいてくれると誓ってくれた。
愛していると囁かれて、とても幸せだった。
生まれて初めて、愛を知って。
僕は初めて、生きていて良かったと思えたんだ。
幸せだ。
夢なら、一生覚めたくないと思った。
◆◇◆
「患者さんの意識が戻りました!」
……女性の声?
ここには、女の人は存在しないはずでは?
瞬きをして。
だんだん視界がはっきりしてくる。
タイルの天井。
柔らかい、白いベッド。
鼻には、管が入っている。
喉にも、乾燥して張り付いているのか、痛い。
思わず咳き込みそうになる。
「口に含むだけで、飲まないで下さいね。胃がびっくりしちゃいますからね」
水差しが出されて、言われた通りに水を口に含む。
柔らかそうな、白い手。
……女の人だ。ナース服?
腕にも、管がついている。規則的な電子音。
ここは、病院だ。
あの、天使の館にあった部屋とはまるで違う。
「自分のお名前は言えますか?」
そんな大きな声を出さなくても、聞こえている。
「……伊藤、春樹、」
掠れた声で名乗った。
「意識、明瞭です!」
◆◇◆
医者に囲まれて、いくつか質問されたりした。
答えながら。
何で僕はここにいるんだろう、と思った。
しばらくして。
ぱたぱたと、足音が聞こえた。
「春樹!」
母さん。
泣いている。
少し、老けたみたいに見える。
じゃあ、……ここは。
元の世界?
◆◇◆
僕が、マンションの屋上から飛び降りた日から。5年、経っているという。
5年前。
僕は、裸でマンションの駐車場に倒れていたらしい。
発見した住民が、救急車を呼んで。
母さんが机の上の遺書に気付いた。
奇跡的に、怪我は無かったそうだけど。
意識が戻らないままで。
遺書のことで、Aとその親を呼び、事情を聞いたらしい。
Aは自分は知らない、デタラメだと言い張って、僕のことを罵ったそうだ。
それを聞いた弟の夏樹が、怒りのあまり、僕が書いたノートの全文をスキャンして、ネットに晒した。
学校は大騒ぎだったようだ。
Aやその仲間は、ヘンタイだという噂を立てられて。あることないこと言われて、いじめられるようになったらしい。
Aは、高校の推薦も白紙になり、首をくくって死んだそうだ。
因果応報というやつか。
自分がいじめられる立場になるまで、相手の痛みがわからなかったのだろう。
あいつが死んだらすっきりするかと思ったけど。
何の感情もわいてこなかった。
夏樹は、何で言ってくれなかったんだよ、と言って泣いた。
母さんも、父さんも。
逃げても良かったんだと言った。
いやなら、学校なんて、変えてもいい。
いくらだって休んだっていい。
生きてさえくれればいいと。
”死”になんて、逃げないで、と。
皆から泣かれて。
自分はあの時、はやまったことをしたのだと。
初めて、後悔した。
◆◇◆
あれは、夢だったのだろうか?
イザヤや、あの、おかしな世界は。
しかし、僕の身体が、そうじゃないと教えていた。
警察が、事情聴取に来て言った。
発見されたとき、僕の身体は、明らかに男に乱暴された形跡があったという。
性器は切断され、手術痕は古く、綺麗なもので。
プロの仕業だと言われた。
体内には同一人物のものとされる大量の精液と。身体の至るところに愛撫の痕跡が残っていて。
DNA鑑定では、人類ではあるだろうと思われるが、未知の生物のものだと。
未知の生物!
思わず笑ってしまいそうになった。
異世界の人間は、やはりこちらの人間とは違う生き物だったのだ。
何も覚えてない、と言った。
刑事の一人が、UFOにでも攫われたのかもね、とか言って。年かさの刑事に怒られていた。
似たようなものだろう。
でも、異世界に行ってたなんて言えば、狂人扱いされるだろうことはわかっている。
覚えていないのなら、そのほうがいいかもしれない、と彼らは沈痛な面持ちで言った。
それほどのことをされたのだから、と。
◆◇◆
5年の内で萎えた筋肉は、リハビリをして。少しずつ歩けるようになってきた。
だけど、僕の心は晴れなかった。
若い医者は、診察だといって、僕の股間を執拗に弄ろうとする。
おかしな目で見てくる。
明らかに、欲情した目を向けられる。
男の看護師もだった。
やはり、僕が無意識に誘っているのだろうか?
この身体では、自慰も満足にできない。
後ろを、いっぱいにして欲しくて。たまらなくなる。
ああ、イザヤ。
……どうして僕は、こちらに戻されたんだろう。
愛していると自覚した、その時になって。
今更。
そこまで、女神に嫌われているからか。
イザヤに会いたい。
イザヤのいない世界なんて。
家族ですら。
イザヤの代わりにはならない。
その喪失を、埋められない。
◆◇◆
今日は、同じ部屋の男にお尻を撫でられた。
気持ち悪い。
僕の容姿は、5年前からまったく変わってなかった。
性器を切り取られたせいだろうか?
平凡な、地味な顔なのに。
どうしてこんなに、男から狙われるんだ。
まさかこの病院に、その手の趣味の人間だけが集まっているわけではないだろう。
ああ、やはり。
僕が、原因なのか。
病院の屋上で。
フェンスに手をかける。
……ここから飛べば。
もう一度、行けるだろうか? あの世界へ。
レティシア。
イザヤのいる、女神が守護する、あの世界へ。
イザヤは、僕を待っていてくれているだろうか?
消えた僕を、探しているかもしれない。
領主の男にさらわれたときも、必死になって探しに来てくれた。
目を閉じれば鮮やかに蘇る。
鮮血に染まった、あの、美しくも壮絶な姿を。
このままここにいたら。僕はまた、誰かに汚されてしまうだろう。
ここから逃げたとしても、同じことだろう。
たくさんの男に抱かれたこの身体は、男を誘っているんだ。
……欲しくて。
頭がおかしくなりそうだ。
でも。もう、それは嫌だ。
イザヤ以外に抱かれるなんて、死んだほうがましだ。
たとえ、あの世界に行けなかったとしても。
そのまま、地に落ちて死んでも。
後悔はしない。
僕は、イザヤのためだけに鳴く鳥なのだから。
おわり
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