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亜樹:お揃いの指輪

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「モデル?」
奈津が首を傾げた。


「さあ、仕事部屋へどうぞ! 汚いですけど!」
チカをリビングから仕事部屋に追い込む。

「……本人には言ってないんですか?」
不思議そうに振り返った。

「まだ……」

だって。
そんなの恥ずかしくて言えないよ。

……何でにやにやしてるの。


「だって。みんなしてスパダリ言うからつい出来心でネーム描いたらうっかり通っちゃったもんだから……!」
思わず顔を覆う。

「ああ、あれ。編集部でも話題になってましたよ。空想の弟を登場させて話題作りしてる、とか思われてましたね」

ひどい。
そこまでして話題なんて作りたくないんだけど。

それに、話題作りなら普通、弟じゃなく、嫁にすると思う。
嫁どころか、彼女すらいないけどね!


「第一、僕、あんな料理上手じゃないし……」

チカは笑顔で。
「そんなことないですよ。大学時代にご馳走になったハンバーグとか、一応形になってたし。上達したのかなって」


一応って。
本当に僕の扱いひどくない!?


◆◇◆


後は真面目に打ち合わせをして。

手直ししたネームも、OK貰ったので。
後は作画に入るだけだ。


チカはそろそろ帰ります、と腰を上げた。
「せっかくイタリア帰りの超絶ハイスペックイケメンな弟さんがいるんだし、いっぱいネタになってもらってくださいね!」

嫌な励ましだった。


「……お帰りですか?」
奈津が台所から顔を出した。

料理中だったようだ。

「はい。長々とお邪魔してすみませんでした」
チカが頭を下げている。

「せっかくなんで、夕飯食べて行きませんか? そのつもりで多めに作っちゃったんで……」

「えっ、噂のスパダリメシ……っ!?」
余計なことを言うチカの足を踏む。

「噂?」
「ええ、そりゃもう。SNSでも評判なんですよ。夏野先生の弟さんの料理が凄いって」

足を踏んでもノーダメージだったようだ。
涼しい顔してる。

スリッパ出すんじゃなかった。


「はは、なら是非食べてってください。遠慮なくどうぞ」
奈津は笑顔で手招きした。


◆◇◆


「……作りすぎじゃない?」
「考え事しながら料理作ってたら、うっかり」

テーブルいっぱいに、料理が並んでいた。

何かのパーティーですか、みたいな。
やたら手が込んでそうな料理とか。

イタリア料理に混じって、何故か鳳凰の形したニンジンとか飾ってあるし。
何これ中華?

考え事しながら料理できるってのも凄い。
それにしても。


「うわあ、美味しそう……!」

チカも涎を垂らさんばかりだった。
もちろん、僕もだけど。

「あ、待って。カメラ! まだ食べないでね!」
仕事部屋にカメラを取りに走った。


カメラを手に戻ってきたら。

奈津とチカは無言で微笑みあっていた。
何だろう?


「お待たせ。写真撮らせてね」

全体と、一品一品写真を撮ってから。
席について、手を合わせる。

「それじゃ、いただきます!」


……ああ美味しい。
どの料理も絶品すぎる。

美味しいと、つい、無言で貪ってしまうよ。
って。

「……何で2人して僕を見てるの。食べなよ」

孫を見る老人みたいな顔で見るの、やめて欲しい。
チカは同い年だし、奈津は年下なのに。


「くうっ……、これは確かに、完全無欠のスパダリメシ……! 美味しいです……! 夏野先生!」
チカは変な感動の仕方をしている。


◆◇◆


「編集部には、ちゃんとスパダリな弟さんでしたって説明しておきますね!」
「やめてマジでやめて」

残った料理をお土産に、とタッパーに詰めてもらったチカはご機嫌だった。
これから編集部に戻るそうだ。お疲れ様です。


「それでは先生、奈津さんも、ご馳走様でした」
頭を下げて。

「いいえ。お粗末さまでした」
奈津は微妙な顔をしてる。


チカは笑顔のまま、左手を出して。
僕に、自分の結婚指輪を見せた。

チカは去年、大学時代から付き合っていた彼女と結婚したばかりだった。祝電も送った。

え、何?
いきなりリア充自慢?


「おめでとうございます。お祝いは、改めて贈らせてもらいますね」

何でチカが言うの?
って。

……しまった。

奈津からもらった指輪。
外すの忘れてた。


チカが帰った後。
奈津は額に手をやって。

「悪ィ。バレた……。職場の人なのに……」
がっくりしてる。


2人きりになった時、カマをかけられて。
つい、引っ掛かってしまったという。

ああ、それであの、微妙な感じの笑顔に……。


奈津は申し訳ない、と落ち込んでるけど。
僕もうっかりだった。

指輪、もうすっかり指に馴染みすぎてて。
忘れてた。

忘れるほど、当たり前になっちゃってたんだ。


◆◇◆


「近田さん……チカは言いふらしたりしないと思うけど」

「あいつのこと、そんな信頼してんのか?」
奈津は片眉を上げて。

「そりゃ、僕を漫画家にしてくれた恩人だし。いいやつだよ」
「……何かムカつく」


「何で近所の人や商店街の人には言いふらしておいて、チカは駄目なわけ?」
「近所の人たちは、これからもここに住むんだし。先に言っておいたほうが、後でバレるよりダメージが少ないから早めに言っちまった方がいいんだ。差別するやつはするからな。でも、いい人たちばかりだった。昔なじみってのもあるが」

子供の頃から人前でプロポーズしてたもんね……。


出歩いてるのは奈津だけだし、愛想よくしてるし。
2人でイチャイチャして歩いてるわけじゃないし、迷惑もかけてないので、叩かれにくいのもあるそうだ。

「職場の人は、違うだろ。あの人は、特別変な人だったようだが。出版や報道の連中は、話題になりさえすりゃいい思って、あることないこと噂する。弱みになるようなことは極力見せないほうがいい」


奈津は、モデルとかもしてたんだっけ。
暗部も散々見てきたようだ。

そっか。
あれでも結構、色々考えて行動してたんだな。


「ところで。俺は亜樹の手料理、一度も食ったことないのに、何であいつは食ってんの?」
奈津は盛大に拗ねていた。

聞き耳を立てていて。
それで気もそぞろになって。あんな大量の料理を作ってしまったようだ。


何それ。
奈津、可愛すぎる。
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