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白馬の騎士

夢ではないのか

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「יפה כמו שושנה」
白馬を降りた騎士が、爽やかな笑顔でしきりに話しかけてくるのだが。

残念ながら。何を言っているのか、さっぱりわからない。


主な取引先と会話をするため、英語、中国語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、アラビア語は日常会話レベルで話せる。
しかし、夢の中ではそれも無意味ということか。

「מה שימך?」
「申し訳ないが、何を言っているのかわからない。せめて、ここがどこかわかれば……」

我ながら、何を言っているのだろうか。

夢なのだから。
多少、脈絡がなくとも仕方ないだろうに。


単に、こういった男の話すことなど端から理解したくない、という心理の表れなのかもしれない。
白馬に乗った美青年騎士など、胡散臭すぎる。


*****


青年は、すっと立ち上がった。
そのことで、現在の私の身長は、彼より頭一つ分以上低いことが判明した。

「סליחה רגע」
「え?」

まるで自然な仕草であるかのように、腰を引き寄せられ。
後頭部に手を回されて。

至近距離に、端正な顔が迫ってきた。
私は思わず、それを茫然と見ていただけで。


「~~~~~~!?」

なんと。
あろうことか、濃厚な口づけをされてしまったのだ。

夢というにはあまりにリアルな、他人の舌の感触。温度。
舌先が、喉奥へと入っていく。


私としたことが。
油断して、唇を許すとは、一生の不覚。

防御行為をする暇もなかった。
夢のくせに、意のままに動けないとは。小癪な。


「っ、う、んむ、」
息苦しくて、男を押しのけようとするが。びくともしない。

熱い舌の感触がなければ、ヒトの姿をしたロボットなのかと思うほどである。


何なんだ、この夢は!
私には、の趣味はないぞ!


*****


「……は、」

口の中を、喉まで思うさま蹂躙され。
酸欠になりかけた辺りで、やっと口を解放された。

……何故、未だに目が覚めないのだろう。

嫌な予感がする。
この予感は、外れて欲しいが。


ふ、と微笑んだ男は。私の唇を、指で拭った。

そうだ。
私はこの男から、出逢い頭にディープキスをされたのだ。


「な、ななななにをいきなり、」

可能なら、殴り飛ばしてやりたいところだったが。
何故だか身体に力が入らない。情けないことに、肩と腰を抱かれ、支えられたままだ。


「失礼。言葉が通じていないようだったので、”言解魔法”を使わせていただきました」
男は自分の口を指差し、流暢な日本語で話し出した。

……魔法、だと?

脳が理解を拒否するような、ファンタジーワードの出現に。
ぐらり、と。眩暈を覚えた。


まさか。
私の身に、そんなことが起こるはずが。


「ようこそ、マルフート・サンチダージェへ。我が王が異世界より”運命のツガイ”を娶るため、召喚魔法を使ったのですが。何者かの妨害に遭い、このような場所でお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」


我が王。異世界。
運命のツガイ。召喚魔法。

物語から抜け出てきた白馬の騎士のような男から次々と語られる、突拍子もないファンタジーワード。
頭がくらくらする。

いっそ、気を失ってしまいたくなる。


私には、異世界に召喚されたい願望、ましてや男に求められたい願望など抱いてない。
絶対にない、と断言できる。


何故なら。
異世界人など、大嫌いだからだ。

ああ、夢なら早く覚めてくれ。


*****


青年の話によると。

ここはこの世界で最大最強の国であるサンチダージェ王国のアンブロージョ領なる場所で。
偉大なる魔法使いにして国王、リカルド・ウィリアム・デ・アウカンターラ・イ・サンチダージェなる長ったらしい名前の男は。

王という立場もあり、縁談が星の数ほど持ち込まれ、モテモテにもかかわらず。好みが激しく、これ、という相手が見つからなかった。
いい加減結婚しろと言われた国王は、自らの占いにより判明した”運命の番”とやらを得るため、異世界から魂を召喚することにしたという。


しかし。
国王の正妃の出現を望まないライバルか冷戦中の敵国かは定かでないが、召喚術を唱えている時に妨害が入った。

本来は王国の城内に召喚されるはずが、出現場所が王国のはずれにある、このアンブロージョ領にずれてしまった。


召喚されたのは魂のみなので。
現在の私の肉体は、こちらの世界の人間と同じ組成になっているそうだ。

この世界に出現した時点で、この肉体が作られた。
全裸であったのは、そのせいだったという。


異世界に、私の魂を召喚した、だと……?


*****


「……まさか、こちらの世界では、男でも子供が産める、などといった世界ではあるまいな? 私もそのような身体になった、などと……」

「さすが国王が召喚された”運命のツガイ”。ご慧眼です。ええ、その通りです」
とてもいい笑顔で肯定されてしまった。


そんな、馬鹿な。
この私が、男とツガイになり、子供を産む、というのか……!?


「では、この姿は、その国王とやらの趣味だとでもいうのか?」

子を産ませるため、男らしい外見ではなくなった?
国王は少年趣味なのだろうか。

なら、絶対に会いたくない……。高確率で、変質者だと言い切れるからだ。


「元の世界と、それほど見た目が変わっているのですか?」
青年は首を傾げた。

「ああ、そうだ。20歳以上若返っている。本来の私はもっと背が高く、体つきも立派だった」

元の姿であれば、彼と並んでもここまでの身長差は無かっただろうに。
容姿も、それほど劣ってはいないはずだ。


それだけは、声を大にして言いたい。
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