上 下
57 / 84
三章 一陽来復

群疑満腹

しおりを挟む
「そんなたいしたもんじゃないよ……」
陛下は苦笑されて、もじもじと玉堅をもてあそんでいる。

誇っても良い経歴だと思うが。
謙遜されるとは。

何と奥ゆかしい性格なのだろうか。


その後、李公が茶を持って来て。
陛下を疑っている様子の李公にも、現状を説明をすることになった。

慕っていたとはいえ、出会ったのは去年である。
それほどの衝撃は受けていないようだ。

李公は、こちらの陛下にも変わらず仕える、と言った。


*****


「口直しに、違うお茶が欲しい……」

李公が陛下を試すために銀杏茶を出したので、口の中がまだ苦いらしい。
月餅を食べても拭えないほど、苦いもののようだ。

何というものを陛下に飲ませるのか。


酥油茶バターちゃをお淹れしますか?」
「うん、飲みたい」

懐剣もお渡しした。鳴ってもいない。数分ならば、席を外しても大丈夫だろう。


「では、茶葉と道具を持ってまいります」

「じゃあ僕も、それに合いそうな新しいお茶請け持ってきますね!」
李公も、私と共に部屋を出た。


「……黄金のオーラはあるから、皇帝は皇帝なんだよね……」
との呟きに。

「李公も、黄金色のを視るのか?」


オーラとは、その人が纏う”氣”だと言っていた。

「あ、やっぱり広陵丞相もたんですね? 一番に気付くはずの丞相が気付かないなんて変だと思ってたんだー。そっか。皇帝オーラが視えてたからかー」


李公も子供の頃は、青い目だったという。

「前の陛下は近寄りがたかったけど。陛下は、側にいるとほっこりするというか、安心します。……本気ですからね?」

陛下を口説いてみせる、という。
大胆な。


*****


「そうか。……では、」
私は茶器を取りに、陛下の部屋である黄央殿へ向かった。


「んもー。相変わらず冷静だなあ」

李公の呟きが聞こえたが。
冷静などではない。

過去の私は、陛下以外の事象に一切の興味が無かった。

陛下の寵愛も、私にあった。
故に、他人に対し、冷淡だっただけである。

今は、荒れ狂うこの想いを、どう処理していいかわからないだけで。


不安、か。
これが、不安という感情なのか。

……亮を喪い。私はこんなにも弱い生き物になっていたのか。

亮は、私の心の支えであったのだ。
仁を喪った時も。亮が側に居てやると言ってくれたから。支えてくれたから、私は生きていられたのだ。


いや、考えるな。

今は、現在おられる陛下の御命を守ることだけを考えろ。
さもないと。


私は……狂ってしまう。


*****


茶の用意を整えて、図書寮坤巻殿へ向かう。


他の人の気配がしたので、息を潜め、中に入った。
手近な台に、茶道具を置き、近寄る。

……崔公か。
陛下の背後から、覗き込むようにして、何かを話している。


「今の自分はあんたたちの知ってる朱亮じゃない、って言ったよね。記憶が無いはずなのに。”朱亮”なんて名前、誰から、どこで聞いたの?」

ああ。
やはり同じ箇所で、疑問に思っていたか。

どうやら、影武者と疑われているようだが。
亮と魂が入れ替わっているだけで。その方は間違いなく皇帝陛下・・・・であらせられることに変わりはないというのに。

しかし。
何故そのように不必要にべったりと密着する必要があるのだ。


す、と刀を抜き。

「……本当に、顔はそっくりだな……」
陛下の頬を撫でている崔公に。

威嚇であることを示すため、その首の飾りに刃を当てる。

「……陛下の御身に、みだりに触れるな」
「何言ってるの? この人、陛下じゃないでしょ?」

崔公は視線だけをこちらに向け。
訝しげな顔をした。

「……まさか、広陵丞相が、本物の陛下に……何をした? 陛下をどこへやった!?」

殺気を放ち、刀に手を掛けた。


莫迦め。
この私が、陛下に害を為すわけがないだろう。

それこそ天地がひっくり返っても有り得ぬことだ。


「耀、伯裕。ストップ。伯裕にも説明するから、二人とも落ち着いてそこに座るように」
すとっぷ、とは?

命じられて。
刀を収め、示された椅子に座した。


思わず、といった風に従ってしまった崔公は、不思議そうに首を傾げていたが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

激レア能力の所持がバレたら監禁なので、バレないように生きたいと思います

森野いつき
BL
■BL大賞に応募中。よかったら投票お願いします。 突然異世界へ転移した20代社畜の鈴木晶馬(すずき しょうま)は、転移先でダンジョンの攻略を余儀なくされる。 戸惑いながらも、鈴木は無理ゲーダンジョンを運良く攻略し、報酬として能力をいくつか手に入れる。 しかし手に入れた能力のひとつは、世界が求めているとんでもない能力のひとつだった。 ・総愛され気味 ・誰endになるか言及できません。 ・どんでん返し系かも ・甘いえろはない(後半)

異世界転移した男子高校生だけど、騎士団長と王子に溺愛されて板挟みになってます

彩月野生
BL
陰キャ男子高校生のシンヤは、寝て起きたら異世界の騎士団長の寝台に寝ていた。 騎士団長ブライアンに求婚され、強制的に妻にされてしまったが、ある日王太子が訪ねて来て、秘密の交流が始まり……騎士団長と王子の執着と溺愛にシンヤは翻弄される。ダークエルフの王にまで好かれて、嫉妬に狂った二人にさらにとろとろに愛されるように。 後に男性妊娠、出産展開がありますのでご注意を。 ※が性描写あり。 (誤字脱字報告には返信しておりませんご了承下さい)

俊哉君は無自覚美人。

文月
BL
 自分カッコイイ! って思ってる「そこそこ」イケメンたちのせいで不運にも死んでしまった「残念ハーフ」鈴木俊哉。気が付いたら、異世界に転移していた! ラノベ知識を総動員させて考えた結果、この世界はどうやら美醜が元の世界とはどうも違う様で‥。  とはいえ、自分は異世界人。変に目立って「異世界人だ! 売れば金になる! 捕まえろ! 」は避けたい! 咄嗟に路上で寝てる若者のローブを借りたら‥(借りただけです! 絶対いつか返します! )何故か若者(イケメン)に恋人の振りをお願いされて?  異世界的にはどうやらイケメンではないらしいが元の世界では超絶イケメンとの偽装恋人生活だったはずなのに、いつの間にかがっちり囲い込まれてるチョロい俊哉君のhappylife。  この世界では超美少年なんだけど、元々の自己評価の低さからこの世界でも「イマイチ」枠だと思い込んでる俊哉。独占欲満載のクラシルは、俊哉を手放したくなくってその誤解をあえて解かない。  人間顔じゃなくって心だよね! で、happyな俊哉はその事実にいつ気付くのだろうか? その時俊哉は? クラシルは?  そして、神様念願の王子様の幸せな結婚は叶うのだろうか?   な、『この世界‥』番外編です。  ※ エロもしくは、微エロ表現のある分には、タイトルに☆をつけます。ご注意ください。

【完結R18】異世界転生で若いイケメンになった元おじさんは、辺境の若い領主様に溺愛される

八神紫音
BL
 36歳にして引きこもりのニートの俺。  恋愛経験なんて一度もないが、恋愛小説にハマっていた。  最近のブームはBL小説。  ひょんな事故で死んだと思ったら、異世界に転生していた。  しかも身体はピチピチの10代。顔はアイドル顔の可愛い系。  転生後くらい真面目に働くか。  そしてその町の領主様の邸宅で住み込みで働くことに。  そんな領主様に溺愛される訳で……。 ※エールありがとうございます!

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

童貞処女が闇オークションで公開絶頂したあと石油王に買われて初ハメ☆

はに丸
BL
闇の人身売買オークションで、ノゾムくんは競りにかけられることになった。 ノゾムくん18才は家族と海外旅行中にテロにあい、そのまま誘拐されて離れ離れ。転売の末子供を性商品として売る奴隷商人に買われ、あげくにオークション出品される。 そんなノゾムくんを買ったのは、イケメン石油王だった。 エネマグラ+尿道プラグの強制絶頂 ところてん 挿入中出し ていどです。 闇BL企画さん参加作品。私の闇は、ぬるい。オークションと石油王、初めて書きました。

俺の顔が美しすぎるので異世界の森でオオカミとクマから貞操を狙われて困る。

篠崎笙
BL
山中深月は美しすぎる高校生。いきなり異世界に跳ばされ、オオカミとクマ、2人の獣人から求婚され、自分の子を産めと要求されるが……  ※ハッピーエンドではありません。 ※攻2人と最後までしますが3Pはなし。 ※妊娠・出産(卵)しますが、詳細な描写はありません。

壁穴奴隷No.18 銀の髪の亡霊

猫丸
BL
壁穴屋の穴奴隷・シルヴァは、人攫いに攫われ、奴隷として性を酷使されていた。 もともと亡国の貴族だったシルヴァは、自分の世話をする侍従・アレクと隷属の魔法契約をしていた。主人の命が潰えれば、隷属者も守秘義務のために命を失うというもの。 暗い汚い店の中で生きる希望は、自分の生存が、愛しい人・アレクの命を支えているという自負のみ。 一方でアレクもまた、シルヴァをずっと捜していた。そしてついに二人は再会する。 互いを思いつつも、気持ちがすれ違い続ける二人。 === 幸薄不憫受け×ヤンデレ執着攻め かわいそうな受けが好きな方。 タイトルに『亡霊』とありますが、ホラー要素は全くないです。 === 全3話+番外編2話 ※本編では特殊性癖・凌辱要素を含む過激な性描写等がありますので、苦手な方はキーワードをご確認の上自衛してください。 番外編は後日談。エロ少なめです。

処理中です...