107 / 132
101
しおりを挟む絶句してしまった。
今七海の言った言葉が本当だとしたら、それは一体いつからだ。
父はいるのに家族がいないなんて、義務的に面倒を見てもらっているだけだなんて、とてもじゃないが子供の言うセリフではない。
掛ける言葉が見つからず唖然としてしまった俺に、七海は困ったように笑った。
「あーもー、そんな顔しないで下さい。別に面倒なこと言われないんで楽っすよ。昔から友達も多いんで寂しいとかないですし」
七海の交友関係が広いのは分かっている。
だけど友人と家族とでは別だ。
まだ高校生なのにそこまで割り切って笑顔でいられるなど、そこに至るまでに計り知れない葛藤があったのではないか。
「…すまない。俺はお前のことを全く分かっていなかった。今まで無神経な発言をしてしまっていたな」
家で夕飯を作ってくれている人がいるんじゃないのか、など安易な発言を何度かしてしまっていた。
生徒指導を受け持っていると訳ありな生徒は多いから、発言には気をつけなければと思っていたのに。
七海の天真爛漫さからは想像もつかなかった。
表情を曇らせた俺に、七海は視線を逸らして小さく息を吐き出す。
「…だからこんな話誰に言っても面白くないんで、言いたくなかったんですよ。こっちが気を使わないといけないし」
どこか冷たく落ちてきた言葉に、ドクリと嫌な心音が鳴る。
「ああ、でも同情買ってみーちゃんが俺に構ってくれるならそれもアリっすね」
「…お前なんて言い方するんだ」
「ダメですか?みーちゃんそういうの見過ごせなそうですもんね」
七海はそう言って冗談めかしく笑顔を作る。
違う。
そんな言い方は、はぐらかしていた時と何一つ変わらない。
俺に話をしてくれたはいいが、それでもこれでは意味がない。
「帰ったら何してもらおっかなー。楽しみです」
七海は隣を歩く俺を見下ろして、挑発的に目を細めてみせる。
どこか茶化したような態度はいつもと何も変わらない。
思わずため息が漏れた。
「…馬鹿だな、お前は」
全くコイツは。
だから子供だと言っているんだ。
生意気そうに俺を見下ろしているその顔を見上げる。
そのまま挑発に乗るでもなく、フッと鼻で笑ってやった。
「お前は俺と違って色々と慣れている奴なのかと思っていたが、随分不器用なところもあるんだな」
「…え、何言ってるんすか」
「やはり子供だなと実感したところだ」
「は、なんですかそれっ」
む、と七海が表情を変えて俺を見下ろす。
そう、それでいいんだ。
子供が下手に大人ぶるから違和感が出る。
同年代ならそれで誤魔化せるかもしれないが、さすがに一回り上ともなると見過ごせない。
「そんな話をした時くらいは、素直に甘えていいんだ。お前にとって俺は教師だけではないのだろう?」
「…そうですけど」
「俺にとってのお前も生徒だけではないと伝えたはずだ。そんな俺になぜ取り繕う必要がある」
分かって欲しい。
俺が七海の力になりたいと思っていることを。
俺の前では、気を使う必要なんてないことを。
七海は俺の言葉に一瞬表情を強張らせたが、すぐにさっと照れたように視線を逸らした。
「…好きな人には弱みを見せたくないって気持ちもあるんですけど」
「強がった結果神谷とのことを勘違いして怒ったのは誰だ」
「う…やっぱみーちゃんは大人っす」
そう言って七海はどこか観念したように苦く笑った。
人気のない閑静な住宅街。
照らすものは等間隔に置かれた蛍光灯だけで、パチパチと無機質な音を立てている。
俺の家はもう目と鼻の先だが、七海は不意に足を止めた。
は、と隣を見上げると、突然ふわりと上から覆いかぶさるように抱きしめられる。
すぐ耳元に寄せられた唇に、忘れていたように身体が昂ぶっていく。
「――じゃあみーちゃん、俺のこと慰めてくれますか?」
呟くようにぽつりと告げて、七海は俺の肩口に額を付ける。
言ったはいいが、それより先に俺の心臓が止まりそうだ。
真っ暗な室内。
帰ったら勢いよく抱きかかえられて、有無を言わさず自室のベッドへ連れてかれた。
薄闇の中、ベッドの上で座り込んだまま七海と向き合う。
窓から差し込む月明かりだけがお互いを照らしていて、うっすらと見える七海の顔をぼーっと見つめる。
伸ばされた指先が優しく俺の頬を撫で、耳を通り過ぎ髪を梳いていく。
七海はまるで大切なものを触るような手付きで、ただ確かめるように俺に触れていた。
慰めなければいけないのは俺の方なのに、頭が真っ白で働かない。
暖かい手のひらの温度が、堪らなく心地よかった。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
高尚とサプリ
wannai
BL
大学生になってやっと出来た彼女(彼氏)がマゾだというので勉強の為にSMバーの門をくぐった棗。
そこで出会ったイツキは、親切にもサドとしての手解きをしてくれるというが……。
離婚してサドに復帰した元・縄師 × 世間知らずのゲイ大学生
※ 年齢差とか嫁関連でいざこざする壱衣視点の後日談を同人誌(Kindle)にて出してます
俺の彼氏が喘がない理由
おさかな大帝国
BL
俺の恋人はセックスの時に喘いでくれない。……いや、喘ぐのを我慢してるんだ。
ちょっと目つきの悪い大学生、北村仁己は、大学進学を機に一人暮らしを始めた。しかし彼は全く料理ができず、途方に暮れる。そんな彼が出会ったのは超絶美形な救世主だった。
※R18です。背後にはご注意を。エロの部分には✤マークありです。
エロまではちょっと長い(本格的なのは8話くらいから)です……
毎週金曜日の夜に3話ずつ更新します!
今際の際にしあわせな夢を
餡玉(あんたま)
BL
病に侵されもはや起き上がることもできない俺は、病室で死を待ちながら、過去に自ら別れを告げた恋人・侑李(ゆうり)のことを考えていた。侑李は俺の人生で一番大切なひとだったのに、俺は彼を大切にできなかった。
侑李への贖罪を願いながら眠りに落ちた俺は、今際の際に二十年前の夢をみる。それはあまりにリアルな夢で……。
幼馴染みの不良と優等生
ジャム
BL
昔から一緒だった
それが当たり前だった
でも、この想いは大きくなるばかりだった
そんな不良と優等生の恋の物語
「オメガに産まれた宿命」に登場した獅子丸誠の一人息子、獅子丸博昭が登場します
悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!
月代 雪花菜
恋愛
【3つの異なる世界が交わるとき、私の世界が動き出す───】
男爵令嬢誘拐事件の首謀者として捕らえられようとしていたルナティエラを、突如現れた黄金の光が包み込む。
その光に導かれて降り立った先には、見たこともない文明の進んだ不思議な世界が広がっていた。
神々が親しい世界で、【聖騎士】の称号を持ち召喚術師でもあるリュートと出会い、彼の幼なじみや家族、幼い春の女神であるチェリシュとの出会いを経て、徐々に己を取り戻していく。
そして、自分に発現したスキル【料理】で、今日も彼の笑顔を見るために腕をふるい、個性豊かな人々に手助けをしてもらいながら、絆を結んでいく物語である───
ルナが元いた世界は全く関係ないということはなく、どんどん謎が明かされていくようになっております。
本編の主人公であるルナとは別視点、あちらの世界のベオルフ視点で綴られる物語が外伝にて登場!
ルナが去った後の世界を、毎週土曜日に更新して参りますので、興味のある方は是非どうぞ!
-*-*-*-*-*-*-*-
表紙は鞠まめ様からのいただきものです!家宝にします!ありがとうございますっ!
【祝・3000コメ達成】皆様の愛あるコメが3000も!恒例の飯テロコメや面白劇場コメなど、本当にありがとうございますーっ”((._.;(˙꒳˙ ;) ペコリ
-*-*-*-*-*-*-*-
CATHEDRAL
衣夜砥
BL
イタリアの観光都市オステア。オステア城主エドアルドは、アメリカ人歌手ガナー・ブラウンと熱愛にあった。思うように逢瀬を重ねられない焦燥の中、隣接する教会堂の壁画製作のためにトリノから呼ばれた美青年画家アンドレア・サンティと出会い、次第に惹かれてゆく。一方で、エドアルド率いるジブリオ財団と浅からぬ関係のマフィア、コジモファミリーに不穏な殺人事件が続いていた。現代イタリアを舞台にしたハードボイルドBL『双焔』第一章
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる