ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

文字の大きさ
上 下
93 / 132

87

しおりを挟む


 午後からの夏期講習は七海のクラスで、いつも通り授業を始める。
 黒板に文字を書き終わり生徒へと振り返る。
 さすが一年の夏期講習とは違い、受験生はしっかりと皆勉強をしている。

 が、ただ一人目についてしまったのは窓際の前から三番目の席。
 いつもキラキラと俺を見つめる視線ではなく、頬杖をついてどこかうつらうつらとしている。
 ひょっとしてアイツ眠いのか。
 
 チョークをぶん投げてやろうかと思ったが、少し考えてからコホンと咳払いをして黒板へ向き直る。
 いつも授業態度は良すぎるほど良すぎる奴だから、今ので気付いてくれればそれでいい。
 再び黒板に向き直りカッカッとチョークで問題を書いてから、もう一度振り返る。
 
 頬杖をついていた顔がカクリと落ちていた。
 余計に酷くなっているというかもうあれは完全に爆睡している。
 これはさすがに注意すべきか。

 一つため息を吐いて眉を寄せたら、慌てたように隣の女子が七海を小突く。
 眠そうに起きた七海と目が合って、明らかに『やばい』という顔をされた。
 さすがにちゃんと自覚はしているらしい。

 分かっているならそれでいいと、何事もなかったように授業を再開する。
 それにしてもアイツが俺の授業で居眠りなんて珍しい。
 昨日の夜に用事があるといっていたし、夜更かしをしたのだろうか。
 俺に心配することはないと言ったくせに、まさか遊んでいたんじゃないだろうな。


 授業が終わり職員室へ戻ろうとしていると、七海が俺を追いかけてきた。
 さっきの授業態度を気にしているのだろう。
 明らかにバツの悪そうな顔をしている。

「みーちゃん、すいませんでした」

 さすが結城とは違う。
 叱ってやることも考えたが、ちゃんと反省しているし仕方ないなと息を吐き出す。

 ちなみにこれは決して贔屓ではない。
 普段の授業態度を考慮してやっているだけだ。

「寝不足か。昨日用事があると言っていただろう」
「…あーいえ。なんか眠くなっちゃっただけっす」
「なるほど、俺の授業はそんなに退屈か」
「違いますっ。なんつーか…みーちゃんの顔見たら安心したっていうか――」
「は?」

 意味がわからず聞き返すと、ハッとしたように七海は口を閉ざす。
 が、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。

「それより今日の夕飯なんですか?俺カレー食べたいですっ」
「何をリクエストしている。当たり前のように俺の家に来るな」
「みーちゃんがそばにいてくれると勉強もやる気でるんですって」
「さっき寝ていただろう」

 指摘してやると、あれ?とすっとぼけたような顔で笑う。
 だがすぐにどこか観念したように、ふっとその目が優しく細められた。
 
「正直言うとすげー触りたいんです。自習室で勉強してるんで仕事終わったら一緒に帰りましょう」
「…それは」
 
 自分でもいけないと思っているのに、どうしても心臓が速くなってしまう。

 触りたいと言っているが、絶対にそれは触るだけで終わらないだろう。
 そう気付いたら体の芯が熱くなり、自然と顔に熱が昇る。

「…あー、もう。またそんな顔して」

 どこか熱のこもった視線で七海が俺に手を伸ばす。
 いけない。ここは学校だ。
 だが伸びてきた手をぽーっと見つめてしまう。

「――はい、そこまでです」

 俺に触れる既の所で、ピタリと七海の手が止まった。
 気づけば神谷が七海の手を持ち上げていた。

「ちょ、カミヤン邪魔しないで下さいよ」
「全くお前は油断も隙もないな。紺野先生に変な噂が立ったらどうしてくれるんだ」
「そこフツー生徒の心配じゃないっすか?」

 七海と神谷がやり取りしているが、今咎めるべきはどう考えても七海ではなく俺だ。
 呆然としてしまう。
 神谷が近づいていたことにも気付かないなんて、本当にどうかしている。

「――あっ、みーちゃ…」

 サッと踵を返す。
 七海が後ろで呼んでいる声がしたが、バクバクと鳴る心音が酷い罪悪感へ変わっていく。



 職員室へ戻り机に教材を置くと、そのまま真っ直ぐ給湯室へ向かった。
 眼鏡を外すと、熱くなった顔を冷やすように水道でばしゃりと顔を洗う。
 
「す、すまなかった。どうかしていた」

 神谷が着いてきていることは分かっている。
 ポタポタと顔から流れ落ちる水滴をそのままに、気持ちを落ち着けるように浅く呼吸をする。

「大丈夫ですか。そんな動揺されなくても雑談の延長くらいにしか見えませんでしたよ」
「…い、いや、すまない」

 本当なら頭から水を被りたいくらいだ。
 いつの間に用意したのか横からタオルを差し出されたが、受け取らずにそのままの姿勢で立ち尽くす。

 職員室からは賑やかに話す教師の声と、ニュースを映すテレビの音が聞こえてくる。
 どこか頭の片隅でその音を聞きながら、水道の縁に手をついたままぽつりと口を開く。

「…も、もう俺は自分の行動が分からない」

 正しいことが何かはちゃんと知っている。
 倫理も道徳も知っている。
 全部分かっているはずなのに、それでも頭がついていかない。

 神谷は動揺する俺を振り向かせると、そっとタオルを顔に当てた。
 抵抗せずに受け入れると、俺を掴む手に力が入る。

「できれば綺麗に忘れ去っていただきたい感情ですが、それが難しいのは俺もよく分かります」
「…お前も俺にこんな気持ちを抱いているのか」
「ご冗談を。俺はそれよりずっとあなたを愛していますよ」

 当たり前のように言われた。
 驚きに目を見開くと、神谷は俺の表情を見てクスリと微笑む。
 
「すみません。混乱しているあなたにこれ以上余計な負担を掛けてはいけませんね」
「…胃が痛い。お前らは揃いも揃ってなぜ俺なんだ。そもそも性別はどこへいった」
「頭で分かっていてもどうにもならないのは、あなたもよく分かっているはずですよ」

 そう言われて今しがたの行動を思い出す。
 本当に厄介な感情だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

【R-18】僕は堕ちていく

奏鈴
BL
R-18です。エロオンリーにつき苦手な方はご遠慮ください。 卑猥な描写が多々あります。 未成年に対する性的行為が多いですが、フィクションとしてお楽しみください。 初投稿につき読みづらい点もあるかと思いますがご了承ください。 時代設定が90年代後半なので人によっては分かりにくい箇所もあるかもしれません。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- 僕、ユウはどこにでもいるような普通の小学生だった。 いつもと変わらないはずだった日常、ある日を堺に僕は堕ちていく。 ただ…後悔はしていないし、愉しかったんだ。 友人たちに躰をいいように弄ばれ、調教・開発されていく少年のお話です。 エロ全開で恋愛要素は無いです。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

ドS×ドM

桜月
BL
玩具をつかってドSがドMちゃんを攻めます。 バイブ・エネマグラ・ローター・アナルパール・尿道責め・放置プレイ・射精管理・拘束・目隠し・中出し・スパンキング・おもらし・失禁・コスプレ・S字結腸・フェラ・イマラチオなどです。 2人は両思いです。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

処理中です...