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しおりを挟む「紺野先生っ」
終業式が終わると、生徒の流れを掻き分けて真っ直ぐに七海が俺の元へ駆けてくる。
ずっとビリビリとするような視線を感じていた。
頼むから俺を見ないでくれ。
こっちに来ないでくれ。
露骨すぎるがサッと踵を返して体育館へ出ていく。
「ちょっ…待ってくださ――」
「七海。早く教室へ戻りなさい」
後ろで神谷の声が聞こえたが、恐らく間に入ってくれたんだろう。
振り向かず真っ直ぐ職員室へ戻るため早足で歩く。
ともかく今日を乗り越えれば夏休みに入る。
特進科は夏期講習が義務付けられているため全く会わないことはないが、それでも当たり前に顔を会わせる今よりはずっと機会が減る。
時間がほしい。
もう少し時間を置いて心が落ち着きさえすれば、七海に対してもここまで露骨な態度を取らなくて済むようになるはずだ。
以前のように教師として然るべき行動を取れるようになる。
正しい行動が、きっと取れるようになる。
「――みーちゃんっ」
突然ガッと後ろから手首を掴まれた。
驚きに目を見開く。
「逃げないで。ちゃんと話をしましょう」
久しぶりに自分に向けられた七海の声。
触れられたところから、どうしようもなく痺れるような熱さが広がる。
なぜ追いかけてきた。
神谷はどうしたんだ。
さっき七海を引き止めていたはずだ。
「お、お前と話す事はない。いいから教室へ戻れ」
振り向くことも出来ず顔を前に向けたまま口を開く。
「こっち向いて下さい。話がしたいんです」
「俺に話はない。手を離せっ」
「嫌です。ここで離したらまた俺を避けるんでしょう」
ズキリ、と胸が傷んだ。
正しいことをしているはずなのに、あまりに自分の行動に感情が納得していない。
こんな気持ちがあるなんて知らなかった。
ざわざわと背後から音がして、生徒が教室へ戻る音がする。
このままだと教師も戻ってくるだろうし、神谷も追いついてくるだろう。
こんなところを見られたら今度こそ七海の評価にどう影響が及ぶのか分からない。
この大事な時期に俺のことで成績が下がるようなことなんて、絶対にあってはならない。
こんな最低な感情を抱いていたって、俺は教師なんだ。
「…もう離してくれ。頼むから」
吐き出した声が密かに震える。
こんなに抑揚のない言葉を生徒に吐くのは初めてだった。
七海がハッとしたように動きを止める。
「――おいコラ七海っ。担任に目潰し食らわせるとはどういうことだっ」
「げっ、もう追いついてきたっ」
後ろから神谷の声が飛んできて、七海がギョッとしたように声を上げる。
というかコイツ教師になんてことをしている。
「分かりました、今は戻ります。でも俺今日数学準備室で待ってますから。みーちゃんと話すまで絶対に帰りませんから」
「おい、それは――」
「卑怯でもなんでもいいですよ。生徒が学校でオールとかみーちゃんは見過ごせないっすよね」
七海はどこか冷たくそう言って俺の手を離した。
アイツの熱が引いて、神谷に怒られながら走り去っていく音が聞こえる。
廊下を走るな、というお決まりの文句すら今は思い出せなかった。
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