ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

文字の大きさ
上 下
72 / 132

67

しおりを挟む

「七海、何をしている」

 眉をひそめて七海を睨む。
 俺の声で気付いた卒業生が、七海を引き剥がして俺へと視線を向ける。

 気怠そうなその瞳が俺を視界に入れて、一言。

「げっ」

 どうやら見た目は少しマシになったようだが、性格は変わってないらしい。

「久しぶりだな、高瀬」
「…あー、ドウモお久しぶりです」
「社会人はどうだ。高校の頃のようにずっと寝ているわけにはいかないだろう」
「いやー…寝ると色んなモン飛んでくるからあんまり寝れた思い出はないんすけど。紺野先生も1ミリもお変わりなさそーっすね」

 確かに教科書からチョークやら黒板消しまで投げた記憶はある。
 だが寝ているほうが悪いから仕方ない。 
 
「あれ、二人共仲良しさんですか?」
「誰が仲良しだ。去年も三年の数学を受け持っていたから、お前同様に高瀬も指導していたんだ。七海は高瀬とも面識があったのか」
「めっちゃありましたよ。ねえ高瀬先輩、この間会った時に話したじゃないっすか。俺の今の運命の人なんです」

 呑気に言った七海の言葉にこの場の時が止まる。

「――え?」
「――は?」

 一拍の間を置いて、俺と高瀬の声が綺麗にハモった。

 ちょっと待て。
 コイツはいきなり何を言い出している。

 いやそれより『今の』ってなんだ。
 ということはコイツは『元の』という意味か。

 あまりにも突拍子のない七海の発言に頭が混乱するが、それは高瀬の方も同様らしく思わず二人で見つめ合ってしまう。

 七海はコイツを好きだったのか。
 つまり去年までは高瀬と付き合っていて、卒業したから俺を追いかけ始めたということか。

 一瞬のうちに頭の中でぐるぐると色んな考えが廻り、説明会のことも忘れて唖然としてしまう。
 というか高瀬が好きとかコイツ趣味が悪いな。

 が、沈黙を破ったのは高瀬の方で突然ぶふっと吹き出された。
 苛立たしくピクリと眉を動かすと、慌てたように高瀬は口元を抑える。
 
「…あ、いやすみません。ちょっとさすがに衝撃的な発言聞いたんで」
「おい七海。お前つまらん事を言っていないでさっさと教室に戻れ」
「わっ、ちょ、なんでいきなり怒ってるんすかっ。戻りますって」

 俺の表情で何か気付いたように七海が慌てて踵を返す。
 が、高瀬がちょっと待てとその腕を掴んだ。

「お前引退試合いつだっけ?見に行くからあとで送っといて」
「え。来てくれるんすか。すげー嬉しいっす」

 そう言って七海はパアッと太陽のような笑顔を作る。

 なんだその話は。

 高瀬の発言で気付いたが、言われてみれば七海は夏休み前に部活が引退だ。
 そういえば結城も試合が近いとか言っていたが、もしかしたらそれが引退試合だったのか。
 人を好きだなんだというくせに、なぜ俺には何も言わない。
 
 高瀬を見る七海の表情はニコニコと機嫌良さそうだったが、俺の顔を見るとハッとしたようで慌てて教室へ戻っていった。
 そう、本来生徒が俺を見る反応なんてそんなものだ。

 どこか酷く心の中がモヤモヤとする気持ちになったが、今は勤務中だ。
 高瀬が七海の元恋人だろうと、コイツは今卒業生で説明会にわざわざ来てくれた客人だ。
 
「――わ、紺野先生。お久しぶりです」

 不意に凛として落ち着いた声音が廊下に響く。
 職員室から出てきたのは高瀬と共に呼ばれているもう一人の卒業生、真島だった。
 俺を見るとニコリと綺麗に笑顔を作ってみせる。

 真島は高瀬とは正反対の生徒で、授業態度も良く俺の母校でもある一流大学へ進学した生徒だ。
 とても努力家でいつも遅くまで勉強を頑張っていて、在学中は非常に好感の持てる学習態度だった。
 そして俺に笑顔を向ける数少ない生徒の一人でもある。

「先生がお元気そうでとても嬉しいです。その節は大変お世話になりました」
「いや、その後大学の方はどうだ」
「毎日とても楽しく過ごしています。今日はお招き下さってありがとうございます」
「こちらこそ忙しい中わざわざ足を運んでもらって感謝している」

 礼儀正しい姿は以前と変わらない。
 相応に成長している姿に少し心絆されながら、高瀬と真島を応接室へと案内する。

「勉強の方はどうだ。お前には理数科に進んでほしい気持ちもあったんだがな」
「いえ、数学はとても興味深い分野ですが俺には…あ、そういえば在学中に先生が仰っていたヒルベルト公理論の新たな可能性についてなんですが――」

 真島はそう言って俺と同等に話をする。
 こうやって話が出来る生徒はなかなか珍しく、俺は真島には純粋に数学の道を進んでほしかったなと思う。
 もし七海が数学教師になったら、いつかこういう話を出来る日が来るんだろうか。
 
 そう考えて、ハッとして首を振る。
 
「…先生?」

 真島に不思議そうに顔を覗き込まれて、慌ててなんでもないと返す。
 なぜいちいち事を考えるとアイツの顔が思い浮かぶ。

 ちらりと高瀬を見たが、全く興味なさそうな顔で欠伸をしていた。
 七海は一体コイツのどこが好きだったんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高尚とサプリ

wannai
BL
 大学生になってやっと出来た彼女(彼氏)がマゾだというので勉強の為にSMバーの門をくぐった棗。  そこで出会ったイツキは、親切にもサドとしての手解きをしてくれるというが……。  離婚してサドに復帰した元・縄師 × 世間知らずのゲイ大学生 ※ 年齢差とか嫁関連でいざこざする壱衣視点の後日談を同人誌(Kindle)にて出してます

俺の彼氏が喘がない理由

おさかな大帝国
BL
俺の恋人はセックスの時に喘いでくれない。……いや、喘ぐのを我慢してるんだ。 ちょっと目つきの悪い大学生、北村仁己は、大学進学を機に一人暮らしを始めた。しかし彼は全く料理ができず、途方に暮れる。そんな彼が出会ったのは超絶美形な救世主だった。 ※R18です。背後にはご注意を。エロの部分には✤マークありです。 エロまではちょっと長い(本格的なのは8話くらいから)です…… 毎週金曜日の夜に3話ずつ更新します!

[R18] ヤンデレ彼氏のお仕置き

ねねこ
BL
優しいと思って付き合った彼氏が実はヤンデレで、お仕置きされています。

今際の際にしあわせな夢を

餡玉(あんたま)
BL
病に侵されもはや起き上がることもできない俺は、病室で死を待ちながら、過去に自ら別れを告げた恋人・侑李(ゆうり)のことを考えていた。侑李は俺の人生で一番大切なひとだったのに、俺は彼を大切にできなかった。 侑李への贖罪を願いながら眠りに落ちた俺は、今際の際に二十年前の夢をみる。それはあまりにリアルな夢で……。

幼馴染みの不良と優等生

ジャム
BL
昔から一緒だった それが当たり前だった でも、この想いは大きくなるばかりだった そんな不良と優等生の恋の物語 「オメガに産まれた宿命」に登場した獅子丸誠の一人息子、獅子丸博昭が登場します

隣り合うように瞬く

wannai
BL
幼馴染オメガバース

悪役令嬢の次は、召喚獣だなんて聞いていません!

月代 雪花菜
恋愛
【3つの異なる世界が交わるとき、私の世界が動き出す───】 男爵令嬢誘拐事件の首謀者として捕らえられようとしていたルナティエラを、突如現れた黄金の光が包み込む。 その光に導かれて降り立った先には、見たこともない文明の進んだ不思議な世界が広がっていた。 神々が親しい世界で、【聖騎士】の称号を持ち召喚術師でもあるリュートと出会い、彼の幼なじみや家族、幼い春の女神であるチェリシュとの出会いを経て、徐々に己を取り戻していく。 そして、自分に発現したスキル【料理】で、今日も彼の笑顔を見るために腕をふるい、個性豊かな人々に手助けをしてもらいながら、絆を結んでいく物語である───   ルナが元いた世界は全く関係ないということはなく、どんどん謎が明かされていくようになっております。 本編の主人公であるルナとは別視点、あちらの世界のベオルフ視点で綴られる物語が外伝にて登場! ルナが去った後の世界を、毎週土曜日に更新して参りますので、興味のある方は是非どうぞ! -*-*-*-*-*-*-*- 表紙は鞠まめ様からのいただきものです!家宝にします!ありがとうございますっ! 【祝・3000コメ達成】皆様の愛あるコメが3000も!恒例の飯テロコメや面白劇場コメなど、本当にありがとうございますーっ”((._.;(˙꒳​˙ ;) ペコリ -*-*-*-*-*-*-*-

CATHEDRAL

衣夜砥
BL
イタリアの観光都市オステア。オステア城主エドアルドは、アメリカ人歌手ガナー・ブラウンと熱愛にあった。思うように逢瀬を重ねられない焦燥の中、隣接する教会堂の壁画製作のためにトリノから呼ばれた美青年画家アンドレア・サンティと出会い、次第に惹かれてゆく。一方で、エドアルド率いるジブリオ財団と浅からぬ関係のマフィア、コジモファミリーに不穏な殺人事件が続いていた。現代イタリアを舞台にしたハードボイルドBL『双焔』第一章

処理中です...