ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 イライラする。

 修学旅行が終わり、また通常授業となり変わらぬ日常が戻ってくる。
 カッカッと黒板に文字を書いていたが、バキッとチョークが折れてさらにイラッとする。

「なんか超機嫌悪くね?」
「機嫌悪いのはデフォとして、今日はまた一段とイラ眼鏡だよな」
「そこ、私語を慎め。修学旅行気分が抜けていないのか」

 コソコソ聞こえた会話をビシッと指摘すると、慌てたように生徒は教科書に目を落とした。
 その姿を一瞥してから、ちらりと窓際の席に視線を向ける。

 ふわりとカーテンが揺れる。
 日当たりの良い、前から三番目の席。
 修学旅行後で更にこんがりと日焼けした肌と、相変わらず元気の良さそうな爛々とした瞳と視線がぶつかる。
 ニッコリと微笑まれて、息が詰まった。

 何事もなかったようにサッと前を向いて、再びチョークを手に取る。
 ああくそ、本当にイライラする。

 何に苛ついているって、別に今の生徒の授業態度に苛ついているわけじゃない。
 旅行気分が一番抜けていなかったのは、自分だということに苛ついている。

 修学旅行で七海に迷惑を掛けたこともあって、今朝詫びのつもりで持っていった弁当が再びアイツとの時間を許すことに繋がってしまった。
 七海を諦めさせるためになるべく関わらないほうがいいと決めたのに、勉強するからという言葉に絆されてしまった。

 というかそもそも考えてみれば、詫びる必要なんてなかったんじゃないのか。
 アイツは好き勝手に部屋の抜け出しをした挙句、場所も考えず人を襲ってきて、それを考えればむしろ叱っても釣りがくるくらいだ。

 だが七海の教師宣言やら気持ちを聞いて、アイツを叱る気持ちが失せてしまったのも事実だ。 
 着々と七海を他の生徒と同様には見れなくなっていることに、自分への苛立ちが隠せない。

 バキッと折れた二本目のチョークに軽く舌打ちを入れたところで、授業終了のチャイムが鳴った。
 午前の授業を終え、廊下を走る生徒やスカート丈の短い女子を叱咤しながら渡り廊下を歩く。

「うっざ。どこ見てんのって感じだよね。セクハラ眼鏡」
「ちょ、シッ。聞こえるって」

 余裕で聞こえている。
 校則違反を指摘しただけでセクハラ呼ばわりとか頭が悪いのか。
 いい大人が女子高生なんぞになんの興味もないし勘違いもいいところだ。

 と、いつもならそれで終わるところが男子高校生と身体を重ねている事実に頭が痛くなる。
 やはりどう考えても七海との関係は間違っている。
 もうこのまま職員室へ戻ってしまおうかとも思ったが、約束したものを反故に出来る性格でもない。

 賑やかな廊下を抜け、ひんやりとした特別棟の一室。
 数学準備室まで来るとその扉に手を掛けた。

 ここで昼飯を食べるのは久しぶりな気がする。
 七海と会ってからまだ三ヶ月程度だというのに、アイツのおかげで知りたくなかった神谷の素性も知ってしまったし、見事に俺の平穏だったはずの教師生活は変えられてしまっている。

「みーちゃん、突っ立って何してんすか?」
「うわっ」

 突然ガバッと後ろから抱きつかれて、心臓が跳ね上がる。
 七海だ。

 慌てて振り返ろうとしたが、そのままパクリと耳に食いつかれた。
 生々しい感触を耳に感じてゾクリと肌が粟立つ。

「い、いきなり何をするっ。ここをどこだと――」
「はいはい。続きは中でしましょーね」
「そういう問題じゃないっ」

 抗議する俺を手慣れたようにあしらいながら、七海は勝手に数学準備室の扉を引くと俺を押し込める。
 早々にこんな展開になるとは思わず、距離を詰める身体を必死に押し返す。

「みーちゃん、お弁当ありがとうございます。俺めちゃくちゃ嬉しくて授業中もずっと触りたいなってムラムラしてて」
「――っは?じゅ、授業中は真面目に勉強しろっ」
「分かってますけど、こればっかは思春期だからしょうがないじゃないっすか」

 確かに高校生くらいの年頃じゃ仕方ないのかもしれない。
 いや納得してどうする。
 TPOというものを弁えろ。

「まあまあ、ちょっとだけですって。ご飯食べたらすぐ勉強するし」
「お前の言っていることは信用できん。そう言っていつも最後までするだろう」
「みーちゃんが俺の性格分かってきていて嬉しいです。不思議と止められなくなるんすよねー」

 七海は上機嫌に俺を机に追い詰めて、人の体をぐいっと押してくる。
 顎を掬い取られてキスされる――と覚悟したその瞬間、ガチャッと扉が開く音がした。

「失礼しまーっす」

 少し高めの元気のいい声が数学準備室に響く。
 勢いよく入って来たのは小柄で明るい髪色の生徒だった。
 が、俺と七海の姿を見るとギシリとその顔が固まる。

「……えっ」

 間の抜けた声が聞こえた。
 それも当然、俺は思い切り七海に机に押し倒されている最中で、どう見ても健全な教師と生徒のやり取りではない。
 微妙な間が俺と七海、それから入り込んできた生徒の間に流れ、妙な静寂が室内に生まれる。

「えーと…失礼しましたっ」

 一瞬の間の後、慌てたように生徒は数学準備室から飛び出していく。

 どう考えてもこれは間違いなく誤解された。
 いや誤解ではないが、というかそういう問題でもなくさすがにまずい。

「見られちゃいましたねー。めっちゃ逃げていきましたけど、どうします?」
「捕まえろ」
「了解っす」

 俺の言葉と同時に七海がダッシュで追いかけていく。

 そしてその数分後、七海に連れ戻された生徒は俺と七海を挟んだ間にちょこんと座り込んでいた。
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