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しおりを挟むしばらく昼休みは職員室で飯を食うことにした。
もう七海は来ないかもしれないし避けるような真似をしたいわけじゃないが、それでもアイツに気持ちを切り替えて欲しい。
きっとまたアイツに会って理不尽なセリフとともに押されたら、グズグズと同じようなことを繰り返してしまうかもしれない。
七海のクラスの授業では、その顔を見ることが出来なかった。
正しいことをしたはずなのに、どうしてこうも後ろめたいような気持ちになる。
「――先生っ」
授業を終えて職員室へ戻るため渡り廊下を歩いていたら、背後から呼び止める声がした。
聞き慣れた声は振り返らずとも誰のものだか分かってしまう。
振り向くと走ってきた七海がギュッと俺の手首を掴んだ。
俺を見下ろす視線は真っ直ぐで、ドキリと心臓が跳ねる。
廊下を走るなと注意をする言葉も忘れてその顔を見つめてしまう。
どうしてコイツはまだ、俺を追いかけてくる。
「先生、俺納得してないですから」
真剣な顔で言われた言葉に、七海がまだ諦めていない事を知る。
「…お、お前はどうして分かってくれないんだ」
「考えました。昨日の夜本気で5分ぐらいめっちゃ考えました。でも考えたって意味ないんでやめました」
5分て随分短いな。
もっと悩め。
俺が必死に考えてコイツを気遣いながら言ったセリフが無駄になるだろう。
「考えたってどうすることも出来ないんです。だって俺はみーちゃんが――」
掴まれた手首が熱い。
もう向けられることのないと思っていた視線は、何一つ変わらずに俺を見ている。
つい勢いに押されて、その先の言葉を咎めることもせず待ってしまう。
「――七海、何しているんだ」
不意に低い声が廊下に響いた。
ハッとして顔を向けると、授業を終えて戻ってきたらしい神谷が険しい顔で俺たち二人を見ている。
今一番遭遇したくない奴と遭遇してしまったことに身体が強ばる。
神谷はツカツカと俺たち二人に近づいて、七海の手首を掴みあげた。
「――いっ…ちょ、何するんすかカミヤン」
「何をしているのか聞いているのは俺の方だ。なぜ紺野先生に詰め寄っている」
無理矢理俺を掴んでいた手を引き剥がされ、七海の顔が痛みに歪む。
俺はハッとして口を挟んだ。
「ま、待て。別にコイツが何か悪いことをしたわけじゃない。ただ授業の話をしていただけで――」
「本当ですか?そうは見えませんでしたが。どうして手を掴まれる必要があるのでしょう」
そう言われて言葉に詰まる。
思わず視線を伏せると、神谷は眉を潜めた。
「別にカミヤンには関係ないっすよ。俺と紺野先生の問題なんで」
「…生徒の立場で教師が関係ないことがあるのか?個人で何か関わりがあるということか」
「そうですって。関係ありまくりなんで、だから邪魔しないで下さいってこの間言ったじゃないですか」
なんてことをコイツは神谷に言っていたんだ。
それは神谷に変に疑われるはずだ。
「…ああ。やはりあれは紺野先生の事だったのか。へえ、二人は個人的に何か関係が――」
ちらりと神谷が俺を見る。
ああくそ、もうこれは七海に好き勝手に口を開かせたら、今にもバレてしまいそうだ。
バクバクと心臓が鳴り、緊急事態に気持ちが焦る。
「ち、違うんだ。実はコイツがピアスをしていたから没収したのだが、それを返してほしいと言われ今話し合っていたんだ」
咄嗟にそう言うと、明らかに七海がムッとした顔をした。
なんでそんな顔をされなければならない。
コイツが俺に詰め寄る言い訳なんて他に思いつかないし、バカ正直に神谷に話したらもっと大変なことになるのは火を見るより明らかだ。
それに実際にピアスを没収した事があるのは本当だし、ちゃんと預かっているから証拠もある。
「お前は担任だし顧問だろう。余計な心配を掛けさせたくないと思って言わなかった。悪かったな」
「紺野先生…」
噓をついてしまったが、神谷は俺の様子に眉を下げる。
とりあえず七海を掴みあげている手を離すようにと、神谷の服を少し引っ張る。
ハッとしたように俺を見つめてから、神谷はようやく七海の手を離した。
「いえ、俺も事情を知らずにすみませんでした。あまり抱え込むようなことはしないでくださいね」
「…ああ。いつも気にしてくれて悪いな」
「とんでもないです。俺は紺野先生の力になれるのが嬉しいんですから」
どうやら分かってくれたらしい。
いつもの物腰柔らかな微笑みが落ちてきて、一先ずホッとする。
「いやいやいやちょっと待ってくださいよっ。二人で変な空気作らないでくださいっ」
ぐいっと俺と神谷を引き剥がすように、七海が間に割って入ってくる。
頼むから今お前は黙っていてくれないか。
せっかくなんとかなりそうだったのに話をややこしくしてどうする。
「七海、紺野先生の気遣いに感謝しなさい。…全くお前には結構期待しているんだぞ?変なことをして信用を落とすのはやめてくれ」
神谷の言葉に七海はムッとした顔のままだったが、俺の様子を見たのかそれ以上余計なことを口走りはしなかった。
裏表のない奴だしまだ純粋な子供だから、噓を付くことに納得出来ないのだろう。
どう見てもその顔は何か言いたげだったが、仕方ないと言った様子で小さく息を吐き出す。
「もういいです。紺野先生、邪魔者がきたんでまたあとで話聞いて下さいね」
「――な、邪魔者ってどういうことだ七海っ」
「カミヤン豆知識披露してくる年寄りばりにうるさいっすよ。早く職員室戻って下さいっ」
「全くお前は…年寄りの知恵は馬鹿にできないぞ」
どうやらこの二人、結構仲が良いらしい。
まあ部活でも関わっているし、さっきも言っていたが神谷は七海に期待をしているようだ。
教師と生徒というよりはどこか兄弟のような感覚で話をしていて、なんだか肩の力が抜ける。
変な言い争いが勃発するのではないかと危惧したが、この二人はそれなりに良い関係を築けているらしい。
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