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しおりを挟む「紺野先生、どうされました?」
手元に影が掛かり、ハッとして隣を見上げる。
職員室で小テストの採点をしていたが、どうやら物思いに耽って手が止まっていたらしい。
同じクラスを受け持つ担任であり、国語教諭の神谷先生が柔らかく微笑んでいた。
俺より三つほど年若いこの教師は、物腰の柔らかさと歳相応に色気を帯びた端正な顔立ちで生徒からは非常に人気が高い。
確か生徒の間ではカミヤンなどと愛称で呼ばれているほど、親しまれている。
教師をあだ名で呼ぶなどありえない事だとは思うが、俺のように厳しく指導をする教師がいる半面、こういった親しみやすい教師がいることも生徒にとっては非常に大事なことだ。
そう、七海だって同じ担任ならどう考えても神谷の方に普通なら懐くべきなんだが。
はあ、と小さく息を吐き出す。
あの嵐のような告白には、とりあえず考える余地もなくありえないと言った。
勿論それだけで終わらせるようなこともしない。
副担任とはいえ一応自分の受け持つクラスの生徒であるし、とりあえずお前の本業は学生であってこれから大事な受験が控えているだろうとしっかり説教してやった。
好きだとか運命だとか、確かに高校生くらいの年頃なら興味を持っても仕方のないことだが、今は大事な時期だ。
そう思い昼休み献上で説教したのに、あいつの最後に言った言葉はこうだ。
「なるほど、先生の気を引くためにはまず勉強なんですね。なら中間テストでいい成績取ったら、ご褒美くださいね」
ご褒美って一体なんだ。
成績が上がるのは良いことだが、見返りを求められたのは始めてだ。
そもそも成績が上がった時点で、自分にとっての見返りはすでにあるはずだ。
それはつまり二重に褒美を与えるということにならないのか。
「…紺野先生?」
余計なことに頭を使っていたら、不思議そうに顔を覗き込まれた。
「ああいや、なんでもない」
「ぼーっとするなんて珍しいですね。何か悩み事があったら相談してくださいね。憧れの先輩と一緒に担任をやれる機会なんて、なかなか巡ってきませんから」
そう言って机の上に淹れてきてくれたらしいコーヒーを置く。
お礼を言ってキャラメル色のそれに口付ける。
「憧れって…ただお前より三年早く入っているだけだろう」
「いえ、教師の仕事だけでなく生徒指導部も兼任されて、数学の方では学会へ論文も提出されているでしょう。その仕事ぶりには本当に驚かされているんですよ」
「神谷だって運動部の顧問をしているだろ。アレは俺にはなかなか出来ん」
ただでさえこの仕事は朝から晩まで働き詰めだと言うのに、そのうえ部活で土日も学校に駆り出されるなんて、本当に休みがない。
特に三年の特進科の担任なんて、それこそ毎日が目まぐるしい。
まあだからこそ俺がサポートに就いているわけだが。
「ああ、部活の方は去年優秀な子が抜けてしまってからはどうかなと思ってたんですけどね。七海が新たなエースとして頑張ってくれているので、今年もいい結果が残せそうです」
「なな――」
ギクリ、とその名前を聞いて固まる。
動揺して目を伏せると、神谷が小さく首を傾けた。
「ほら、うちのクラスの七海ですよ。ええと背が高くて人懐っこい感じの…」
「あ、ああアイツな。そうか。そんなに優秀な生徒なのか」
「ええ。明るいし華もあるので人気者なんですよ。良かったら紺野先生もバスケ部、見に来てくださいね」
ニコリと柔らかく微笑んで、神谷は自席へと戻っていった。
なぜ俺がこんな微妙な気持ちにならないといけない。
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