ベタボレプリンス

うさき

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「バッカじゃねーの」

 人通りもなくなり、点々と配置された街灯がチカチカと無機質な音を立てる夜道。
 隣を歩く俺の最愛の人は呆れたような視線を寄越して、長い長い俺の昔話をその一言で締めくくった。

「どんだけ最初から最後まで俺主体なんだよ。俺はお前の教祖か」
「ふふ、そうだなあ。梅乃くんは俺の神様だよ」
「アホか。俺はお前の彼氏だ」

 そう言われてうっ、と心臓が止まる。
 雷を落とされたみたいな嬉しすぎる衝撃発言に、一瞬にして顔に血が上る。

 どうしてこんな話になったかというと、梅乃くんの仕事が終わって少し遅くなってしまった帰り道。
 駅まで彼を迎えに行って二人でのんびり夜道を歩いていたら、ふと高校の時の話をしてほしいと梅乃くんに持ちかけられた。

 俺の話せることなんて思い返しても最初から最後まで梅乃くんのことばかりで、高校時代は苦しいこともあったけどそれでも本当に幸せだったと思う。
 卒業後の今も変わらず傍にいてくれる愛らしい姿を横目で盗み見しつつ、ドキドキしながら梅乃くんの隣を歩く。
 制服姿もすごく可愛かったかけど、スーツ姿になった今も本当に似合ってて可愛い。
 可愛いなんで言葉じゃ足りないほど可愛い。とにかく可愛い。可愛すぎて可愛い。

「それより俺はお前が社長の息子だとか、もし大学に受からなかったら海外留学してたとかそっちの方が初耳すぎてビビったんだが」
「え?別にそれは俺の家のことだから梅乃くんが気にすることじゃ…」
「いや気にするっつーの。…はー、マジかよ。育ちがいいだろうなとは思ってたけどまさかガチお坊ちゃまだったとか」

 どこか面倒くさそうにその目が細められたから慌ててしまう。
 
「あっ、で、でも会社は兄さんが継ぐし、梅乃くんには何も迷惑掛からないようにするから…っ。嫌だったら俺は全部捨てたっていいし――」
「おい。何も言ってねーのに簡単に捨てるとか言うな」
「…っあ、ごめんなさい」

 少し強めの口調で言われて、ハッとして口を噤む。
 確かに今のはよくない発言だった。
 それでも俺の一番はどうしたって梅乃くんで、彼が気に病むようなことは一つだって作りたくない。

「ったく別に怒ってねーからそんな顔すんな。それよりお前その話俺のバカ母には言うんじゃねーぞ」
「えっ?どうしてかな」

 言わないでといわれても、いずれ梅乃くんのお母さんにもちゃんと今の関係を話して、彼と一生一緒にいるための挨拶をしたい。
 もちろん本当なら今すぐにでもするべきなのかもしれないけど、それは俺がちゃんと社会人になって彼を幸せにしていける基盤を築いてからでないといけない。
 
「どう考えても社長の息子なんて知ったら目の色変えて集られんだろ」
「…えっと今の俺にそこまで経済力はないけど。でもいつかちゃんと働いてからなら集られたって別に…」
「はぁ!?」

 彼を産んでくれた人をもちろん蔑ろにしたりなんかしない。
 それに梅乃くんとお母さんはそっくりで、もしそうなっても全く逆らえる気なんてしない。
 梅乃くんはまた呆れたようにため息を吐いてから、少し考えるように視線を持ち上げる。

「あー、分かった。じゃこう言やいいのか」
「え?」

 少し首を傾けて見せたら、ビシッと人差し指を鼻先に突きつけられた。

「お前は俺だけのために尽くせよ。今後他の奴の言うことは一切聞くんじゃねえ」

 思い切りよく言われて思わず面食らう。
 だけどその2秒後、どうしようもなく身体が高揚してしまう。

 なんて幸せな言葉をくれるんだろう。
 彼のために尽くすことをこんなにも堂々と許してもらえるなんて。

「うん、うんっ。俺梅乃くんの言葉しか絶対に聞かないよ」

 身体が浮かび上がるような嬉しさがこみ上げてきて、何度も頷いてそれに応える。
 梅乃くんはジトッと俺を見つめてから、ガシガシと髪をかいた。

「…ったく。ちょっと昔話させたらとんでもねー事実発覚したな。お前他にもなにか隠してるんじゃねーだろうな」
「かっ、隠すって。俺は何も隠してたつもりはなくって…」
「大学卒業したら結局海外行くだとかそういうベタなお別れ展開はいらねーからな」
「えと行く予定はないけど…でももしどこか遠いところに行くことになっても絶対に別れないし、梅乃くんも連れてくからね」

 ニッコリと笑ってそう言ったら少し驚いた顔をされる。
 思わぬ反応に自分の発言に変なところがあったかなと思い返してみるけど、やっぱりおかしなところなんてない。

「俺の仕事がどうとか関係なく連れてくの決定かよ」
「ああ、仕事は辞めようね。俺が働くから何も心配しないで大丈夫だよ」

 当たり前のことだけどそう返すと、今度はなぜか額を抑えられた。
 やっぱり梅乃くんが何を考えているのか俺には分からない。

「お前ってほんと変なところ我が強いっつーか、思い込みが激しいっつーか」
「えっ、えっ?お、俺は全部梅乃くんが中心なだけなんだけどな…」

 話をしながらたどり着いたマンションの5階。
 もう何度も来て合鍵を持つことも許されているこの家に、二人で帰ってこられるなんてこんなに幸せでいいんだろうか。

 もちろん梅乃くんを迎えに行く前に夕飯は用意してあって、帰ったらすぐお風呂にも入れるようにちゃんと沸かしてある。
 今日の夕飯はお肉多めのビーフシチューで、早く彼にゆっくりご飯を食べて仕事後の時間をのんびり過ごしてほしい。

 そう。仕事で疲れているんだから、当然だけど俺は絶対に玄関で襲うようなことはしない。
 そんなことをしたら彼の負担になってしまう。
 俺はもう高校生じゃなくて大学生になって少し大人になったんだから、ちゃんと我慢出来る。
 ともかく今は気持ちを落ち着けて明日の大学の授業は確かえーと――。

 カチャリと家の鍵を開けて、梅乃くんの手がドアノブに掛かる。
 だけどそれを開ける前に、梅乃くんは俺の顔を見上げた。

「まーでも、お前が俺に過剰なくらい執着する理由が少し分かったわ」
「――えっ?」
「こっちの話。ああ、それと」

 言いながら梅乃くんが玄関のドアを開ける。
 出ていく前にちゃんと電気は消したから部屋の中は暗いけど、ビーフシチューの香りがいっぱいに玄関まで漂ってきた。

「今日で奏志と付き合って二年だからな。お前の話が聞きたかったんだ」

 そう言って女神顔負けの笑顔を見せてくれた彼に、堪らず俺は飛びついてしまった。





 side真島『ベタボレ王子の高校時代』 完
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