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しおりを挟む「…俺はやっぱり、俺達のこの関係が正しいとは思えない」
真島の目が見開く。
答えは出た。
真島の瞳から、もう堪える必要のなくなった涙が次々に溢れ出す。
やっぱり、真島は真島だ。
「お前の言葉は本当に今しか見てなくて…結局何の解決にもなってねーよ」
よく堪えたなと、本当に苦しかったろうなと、俺はその瞳を見つめる。
真島はヒクヒクともうすぐに喉をしゃくりあげていて、言葉は何も出ないみたいだった。
やっぱり真島が泣いてくれると、俺のほうが不思議と冷静になっていく。
しっかりしないと、なんて気持ちになるんだろうか。
「…俺はお前と違って好きな奴だけ追い求めていられるような真っ直ぐな奴じゃない。…情けねーけど迷って、覚悟の一つも出来なくて、お前に見合う人間になれる自信だって全く持てない」
滴り落ちる雫を拭ってあげたいが、今それは出来なかった。
ふ、と口から息が漏れる。
人のことは言えないが、情けねー泣き顔だ。
さっきまでの包容力溢れたイケメンはどこへいった。
「…それでもお前がたくさん頑張ってくれたから。俺はお前を信じてみようと思う」
真島が代わってくれたおかげで、俺は苦しさも痛みもあんなに怯えていた恐怖も今はどこにもなかった。
代わりにあるのは、コイツに出会えてよかったと、ただひたすらに感謝の気持ちだけだ。
「――だから」
そう言って俺は視線を伏せる。
手のひらが熱い。
さっきからずっと、しっかりと、もう絶対に離さないと言ったように、震える手が俺の手のひらを包み込んでいる。
俺は真島の手を、しっかりと取っていた。
「俺は、お前と一緒に生きていく」
そう言った瞬間、ぶわっと風が吹き抜けるように俺の中の世界が変わった気がした。
新しい自分になれたような、ずっとわだかまっていたものが抜け落ちたような、不思議な感覚。
だがそんな初めての感情に浸る間もなく、繋いでいた手を思い切り引っぱられる。
真島に力強く、抱き締められていた。
「――っ、良かった。良かった…っ。高瀬くん、ありがとう。ありがと…」
真島が息を詰まらせる。
俺も一緒になって泣いていた。
「高瀬くんが大好きだよ。大好きなんだよ。ずっと、最初からずっと高瀬くんだけを見てたよ」
知ってる。
そんな事は俺が一番良く知ってる。
コイツが最初から最後まで俺のことしか考えてなかったことなんて、痛くて苦しくて、どうしようもないほど知ってる。
「も、もう一生離さないからね。高瀬くんが何を言っても、もう絶対離さないから。ずっと一緒にいよう。絶対に幸せにするよ。絶対に後悔させないよ」
きっと本当に文字通り、真島は俺をもう離してはくれないだろう。
だけど俺だって、真島を離すつもりはもうない。
「いいよ。ずっと一緒にいよう。俺もお前が大好きだよ」
そう言って笑顔を作る。
真島に好きだと言えることが、堪らなく俺の心臓を締め付ける。
こんなに幸せなことを、真島はずっと俺にしていたのか。
喜んでくれると思ってそう言ったのに、真島は目を瞬かせて固まってしまった。
「…た、高瀬くんが…っ。高瀬くんが俺を好きだって言った…。嘘だ…夢?えっ?嫌だっ。夢じゃ嫌だっ。好き、大好きっ、愛してるんだ…。お願い、夢にしないで…っ」
もう言ってることめちゃくちゃじゃねーか。
ほんと締まらない奴だな。
さっきから俺は真島を好きだと言っていたはずだが、気を張っていたせいか今頃になって実感しているらしい。
というかそもそもコイツは俺が真島を好きだって気付いてたんじゃねーのか。
大混乱しながら大好きだと大声で喚かれて、俺は思わず笑ってしまった。
やっぱりコイツは、面白い。
「お前いつから気付いてたんだよ?俺がお前のことを好きだって」
「――えっ?えと…」
真島の顔が少しずつ現実味を帯びていくように、赤くなっていく。
視線が彷徨い、だけど俺の言葉を大切に噛み締めるように胸に手を当てる。
「その…たまにね、高瀬くんが苦しそうにしてたのは知ってたよ。泣きそうだったの、知ってたんだよ」
「はぁ、情けねーな」
取り繕ってたつもりが、結局顔に出てたらしい。
真島に気付かれる程とか。
「キスしたら気持ちよさそうにしてくれるのも、知ってるんだよ」
「…っそれは恥ずかしいな。ってお前キスしてる時人の顔見てんのかよ。目閉じろよ」
「えっ…勿体なくて目閉じれないよ」
コイツ今までガン見だったのかよ。
衝撃的な事実だ。
「俺が好きだって言うとね、顔が赤くなってくれたり、嬉しそうに笑ってくれるのも知ってたんだよ。反対に言い過ぎるとつらそうな顔をするから、最近はいけないって思ってて…」
「…うわあ」
思わず額に手を当ててしまう。
バレバレじゃねーか。
「それでも分からなかったんだけどね」
マジかよ。
そこまでいったらむしろ気付け。
「でもそうやって一つずつ高瀬くんをたくさん見てね、好きなこと、嬉しいことを頑張って見つけていったんだよ」
「――え」
「これはいいんだ、これは好きなんだ、って知っていってね、今度は高瀬くんのほしいものを探すようにしたんだよ」
額に当てていた手を、真島に取られる。
真島の過剰なまでの過保護っぷりは、それを探していたのか。
思い返せばセンター試験の前、俺は真島との時間が欲しくて、それをコイツにもう少し待っていてと宥められた。
あの頃からもしかしたら、気付いていたんだろうか。
真島の目から最後の涙が頬へ滑り落ちて、その唇が弧を描く。
「高瀬くんをずっと見ていたらね、高瀬くんが一番欲しいものに気付いたんだよ。…その、合ってて本当に良かった」
どうやら確信はなかったらしい。
だがコイツの過保護はついに、俺エスパーまで発揮できるレベルに達していた。
熱く息を吐き出す。
泣いたせいで少しぼんやりとしてしまう意識のまま、俺は真島の手を握り返す。
「…合ってるよ。俺が一番欲しいのは、お前だよ」
俺の言葉に、真島がはっと息を呑む。
欲しかった。
ずっと真島が欲しくて、ずっと俺だけのものにしたかった。
止め処なくこみ上げる気持ちのまま真島を見上げる。
真島の視線はもう絶対に逃さないと言うように俺を見下ろしていて、そのはっきりとした愛情表現がいつだって俺の心を蕩けさせる。
「…高瀬くん、キスしていい?今すぐキスしたい」
「いいけど目は閉じろよ」
「――えっ」
残念そうな顔をされた。
今更だろうがキスしてる間ガン見されてるとか、気まず過ぎんだよ。
どこかガッカリしている真島に、早くしろと促す。
真島は慌てて目を閉じた。
「あれっ?ちょっと待ってっ。先に目を閉じちゃったらキス出来ない…っ」
こいつバカだろ。
俺の言いつけ通り目を閉じながら、なんかアワアワしている真島に思わず笑ってしまう。
高瀬くんどこ、と手を伸ばして真島は俺の身体に触れている。
なんという間抜け面だ。
「ばーか、もう黙ってろ」
俺は彷徨っている真島の手に指を絡ませると、少し背伸びをする。
物欲しげな目の前の唇に、自分の唇を重ねてやった。
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