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しおりを挟む真島が大学から帰ってきた。
もう普通科まで聞こえて来るような大賑わいで、学園のプリンスの偉業に学校中が大騒ぎだった。
さすがに今日くらいは真島も、共に勉強を学んだ仲間達と苦労を分かち合いたいだろう。
恩師との積もる話もたくさんあるだろう。
どうせ学校は昼で終わりだから、アイツが俺に気を使わないよう先に帰ることにした。
後で俺の家へは来るだろうから、その時におめでとうと言ってやろう。
そんな俺の気遣いを一瞬で無にするかの如く、真島はHRが終わったら速攻で俺の教室へ来た。
「高瀬くんっ、帰ろう」
教室から出てきた俺を見て綺麗な顔を綻ばせる。
受験勉強が終わろうが大学に受かろうが、いつもとなんら変わらぬ真島だ。
「いやお前大学受かったんだよな?もっと色々教師と話したりとかあるだろ。俺に気を使わなくていいから――」
「えっ!?た、高瀬くんとの時間を削ってまで話さないといけない事なんてあるの…?」
神妙な顔で質問返しされた。
こいつもほんとブレねーな。
妙なむず痒さに一度首を擦って視線を逸らしたが、まあ真島がこう言ってるなら俺が余計な気を回すこともない。
それなら、と俺は視線を上げて口を開いた。
「真島、合格おめでとう」
「――うんっ。あ、あのね。全部高瀬くんのおかげなんだよ。本当に、ありがとう」
全く何もしてない俺のおかげの筈がないが、真島が嬉しそうだからもうツッコまないでおこう。
この会話教師とかに聞かれていたら気の毒過ぎる。
二人並んで昇降口へ向かうために廊下を歩いていたが、さすがに今日は次々と真島に声が掛かる。
馴染みのクラスメイトも、いつももじもじしている女子も、親衛隊だとかって名乗る女子も、ずっと好きでしたといきなり告白してきた男も、ともかくいろんな奴が真島に遠慮なく『おめでとう』と言ってきた。
「な、なんだか今日はたくさん人が来るなぁ」
さすがの真島も驚いているようだった。
俺も嬉しかった。
真島がこんなにたくさんの奴に愛されて、頑張ったことをこんなに褒めて貰えている事が、自分の事のように嬉しい。
「プリンス、モテモテじゃん」
俺は肘で真島を小突いてやる。
そういえばこうやって俺が茶化すのは初めてだったかも知れない。
真島はキョトンとした顔で俺を見つめた。
「あ、あの…プリンスって前からよく聞こえてたんだけど。…ひょっとして俺のことなの?」
え、こいつそれすらも気付いてなかったのかよ。
高校三年間この学校で生活しておいて、まさかそれすらも気付いてないとか。
コイツの鈍さはもう天然記念物レベルだ。
俺は少し考えたが、卒業も間近だしそろそろ教えてやることにした。
なぜならコイツはもっと、自分の価値を分かったほうがいい。
いかに自分が凄くて、どれほど格好いい奴なのかということを、ちゃんと知ったほうがいい。
「――そうだよ。プリンスはお前のことで、みんなが大好きで愛してやまない憧れの的だ。それが真島、お前なんだよ」
俺の言葉に、真島が目を見開く。
まさか、と初めて知ったという顔だ。
自分がモテる事に気付いた真島が、今後女遊びに精を出す可能性もあるわけだし、言わないでおくメリットなんてもうない。
真島はかなり驚いたようだったが、それでも何か思い至ったようでくしゃりと溢れるような笑顔を作った。
「ああ、なんだ。それなら俺にとってのプリンスはずっと、高瀬くんだったよ」
昇降口から吹き抜ける柔らかな風が、真島の細い髪をサラリと揺らす。
俺がプリンスだなんて、アホかコイツは。
そんな事周りに言ったら爆笑されるわ。
だが真島の目はいつだって大真面目だ。
コイツは俺に冗談を言わない。
「ふふ、大好きで、大事で、愛してやまない憧れの的。俺の、俺だけの大切なプリンス。大好きだよ」
「――なっ」
そしてこんな歯の浮くようなセリフ、真島に出会った頃の俺でも心の中で大爆笑だっただろう。
ふわりと微笑む真島の瞳に、どうしようもなく胸が掴まれる。
顔が死ぬほど熱くなる。
隣りにいる体温を意識して、全身が蕩けそうな目眩を覚える。
真島が好きだ。
好きで好きで、どうしようもない。
大好きだ。
どうやらベタボレなのは、俺の方らしい。
暖かい日差しが降り注ぎ、桜がゆっくりと開花の準備を始める。
柔らかく木々が揺れ、心地の良い春風が吹き抜ける。
――卒業式まで、あと三日。
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