ベタボレプリンス

うさき

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 2月に入り、高校生活が終わり家庭研修となる。
 残す所たった1日の登校日を置いて、あと学校に行くのは卒業式のみとなった。
 真島は相変わらず受験戦争中で、俺に構っている暇はまだない。
 
 ちゃんと分かっていて応援したい気持ちもあるのに、俺の気持ちはどんどん不安定になっていく。
 真島と一緒にいる時間が、もうない。
 仕方ないのは分かってる。
 残り2ヶ月。いや、実際のところ卒業式は3月の初めだから、もうそこまで日数もないだろう。

 卒業式の事を考えると、身体が竦むような恐怖が襲ってくる。
 一人でいる夜はどうしようもなく涙が溢れた。
 怖くて怖くて、前が見えなくなりそうだった。
 一日一日が、真島に会えないまま無駄に過ぎていってしまう。

 嫌だ。離れたくない。
 真島に会いたい。
 一秒だって時間を無駄にしたくない。

 それでもアイツはもう少しで終わるから待ってて、と最後に会った時言ってくれた。
 真島と会える日を、俺はずっと待ち侘びていた。



 そして卒業式まで、1ヶ月を切る。

 その日は珍しく朝からうっすらと雪が降っていた。
 バイト先は駅前だが帰れなくなったらとマスターに気遣われて、早上がりさせられる。
 まさか雪国でもあるまいし大袈裟な、と外へ出たら、ズボッと足がハマる程度には大雪になっていた。
 マジかよ。いつのまにこんなに降ってたんだ。

 雪に慣れてないこの土地は、少し積もるだけであっという間に交通機関が麻痺する。
 かじかむ手に息を吐き出しながら、人混みでごった返す駅で電車を待つ。

 この分だと電車が来ても間違いなく満員で押しつぶされる。
 遅れてるのか止まってるのか中々電車がこない間に、人はどんどん溢れていく。
 そこまで遠い距離じゃないし、いっそタクシーで帰るかと贅沢な事を考えてもみるが、同じ考えの奴がたくさんいてものすごい行列が出来ていた。
 
 あーもうこれどうすっかなと、全く止む気配無く降り続ける雪を見上げる。
 
 ――と、電話が鳴った。

 マナーモードにし忘れていたなと慌ててスマホを取り出せば、真島からだった。
 バクリ、と大きく心臓が跳ね上がる。
 かじかんで震える手で通話ボタンを押す。

「もしも――」
『――高瀬くん!今どこ!?』
「えっ」
『受験、終わったよっ。全部試験終わったんだよっ』
 
 真島の言葉に、一度呆然としてしまう。
 だけど次の瞬間、足先から頭の先までぶわっと電流のように感情が駆け抜けていく。
 なぜだか無性に泣きたくなった。

「あ、えっとお疲…」
『今どこにいるの!?』
「バイトで電…」
『今からいくから!』
「いや待っ…」
『すぐに会いたいんだ…会いたい。会いたいっ。ずっと会いたかったんだよ…っ』

 いや喋らせろ。
 真島は興奮したように捲し立てている。
 高校生活で最も大事な、ずっと頑張ってきた受験戦争を終えたばかりだと言うのに、相変わらずすぎて思わず笑ってしまった。
 
 俺はぐしぐしと零れそうな涙を拭うと、スマホを持ち直す。

「すぐ会いたいっつったって、雪やばくて交通機関麻痺してんだよ。お前こそどこにいんだよ。帰れなくなってんじゃねーの」
『えっ、俺今高瀬くんちの前にいるよ。ずっと電話してたのに出なかったから、高瀬くんの家まで来ちゃったんだけど…』
「うわ、マジかよ。バイトだったから気付かなかった」
『電車動かないなら、今から走ってそっち行くからっ』
「いやバカだろ。やめろ」
『だって会いたいんだ。今すぐ会いたくて…っ』

 というかもう走ってんじゃねーか。
 電話口から息を切らす真島の声が届いて、慌てて俺も改札を出る。
 こんな大雪の中走ってここまで来るとか、アホだろ。
 なんて思いながら俺も走り出す。

『た、高瀬くんは危ないから走らないでっ。お願いだからそこにいて…っ』
「走ってねーよ」
『ええっ、ぜ、絶対走ってる…っ』

 さすがに真島でも分かるか。
 家までは三駅分の距離だ。
 歩きじゃ少し距離はあるしこんな大雪じゃ一体どれくらい時間が掛かるのか分からない。
 止まっているみたいだが電車を待ったほうが結局早いのかもしれない。
 それでも俺達はじっとしてられなかった。

 案の定雪に足をとられて、そうは走れない。
 身体はどんどん冷たくなっていくし、雪は降りっぱなしで傘もない。
 それでも心は驚くほど熱くて、気持ちは前へ前へとどんどん進んでいく。

 ずっと電話しながら走っていたが、不意に真島の声が途絶えた。
 電話が切れたことに気付いて掛け直してみたが、無機質な音声ガイダンスが聞こえてくるのみで繋がらない。
 どうやら充電が切れたらしい。

 そして今気づいたが、着信履歴が軽く二桁を超えていた。
 メッセもスクロールが止まらないほど来ている。

 アイツはストーカーか。
 そら充電も切れるわ。

 コートのフードを深く被り直して、再び走る。
 真島と連絡は途絶えてしまったが、電話で線路沿いの道から帰ると示し合わせたから、たぶん会えるはずだ。
 息を切らしながら雪に足跡を付けて、前へ前へと進む。

 こんな大雪の日に、一体俺達は何をしているんだろう。
 案の定外に出ている奴なんか駅周り以外誰もいなくて、ただシンシンと大粒の雪が降り積もっていくだけだ。

 それでもなんだか気分が高揚していた。
 ワクワクした。
 この道の先に真島がいて、向こうも俺を目指して走ってきているんだと思えば、宝探しをしているみたいに楽しかった。
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