ベタボレプリンス

うさき

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----side真島『真島とヒビヤン』

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 長いようで、あっという間だった修学旅行が終わりを告げる。
 
 高瀬くんとは色々あって勿論反省もあるけれど、それでも全てが大切な思い出になった。
 彼の言葉や態度の一つ一つが苦しくて辛くて堪らない時もあるけど、相手にして貰えている事を考えれば物凄い贅沢だ。
 それに高瀬くんは苦しいよりも悲しいよりも、それ以上の幸せと喜びをたくさん俺にくれる。

 思い返しても浮かぶのは三日目の夜で、目を閉じれば鮮明に蘇ってくる。
 はらりと落ちる浴衣。気まずそうに俺から視線を逸らした彼の瞳には恥じらいが含まれていて、その横顔は芸術品を見ているかのように美しかった。
 暗闇に浮かび上がるような白い肌はとても繊細で、一秒たりとも目が離せない。
 俺なんかが触れてしまったらあっという間に彼を汚してしまいそうで、それでも抗えない何かに惹きつけられて手を伸ばしてしまう。

「高瀬ならいねーよ」
「わっ!日比谷くん」

 突然現実に引き戻される。
 修学旅行が終わり、一日のお休みを挟んだ翌日。
 あまりにも修学旅行の思い出が尊すぎて、俺はまだ夢から抜け出せずにいた。
 
 昨日はお休みで高瀬くんに会えなかったし、もうどうしようもなく会いたくて逢いたくて朝からずっと昼休みを待ち侘びていたのに、会えたのは高瀬くんではなくて日比谷くんだった。

「お前…人の顔見てすごいガッカリした顔するな」
「うん…ごめん」
「フォローなしかよ。アイツなら進路がどうとかで職員室行ったぞ」
「――えっ」

 心臓がドクドクと速くなっていく。
 昼休みのため人が少しずつ捌けていく廊下で、日比谷くんを前に情けなくも立ち竦んでしまう。

「大丈夫かな…嫌なこと言われたりしてないかな。たくさん悩んでないかな。はぁ、心臓が痛い」
「お前は高瀬をなんだと思ってんだ」

 日比谷くんは高瀬くんの友達なのに、全く気にしていない様子で俺を見る。
 俺の知る限り日比谷くんは高瀬くんに一番心を許されていて、悔しいけれど一番楽しそうな顔を向けられている。
 いつだって高瀬くんと日比谷くんは何か通じ合っているかのように会話のやり取りをしていて、かと思えば俺が見たこと無いような顔で高瀬くんはくしゃりと笑う。
 毎日毎時間毎秒高瀬くんと同じクラスで行動を共にしているだけで羨ましいのに、その高瀬くんの最高の笑顔まで日比谷くんには取られてしまっている。

「日比谷くんこそ、高瀬くんのことどう思ってるの」

 高瀬くんの大事な友人に嫉妬してはいけない。
 そう思っているのに、彼には嫉妬せずにいられない。
 日比谷くんは少し驚いた顔をしてから、掴めない表情でクスリと笑った。

「別にただの友達だけどな。…ああでも。可愛いところあるよな、アイツ」

 ドクリ、と心臓が嫌な音を立てる。
 カッと頭に血が上っていくのが分かった。

 高瀬くんを可愛いと思っている人が、まさか自分だけだなんて思ってはいない。
 あんなに魅力的な人が、人を惹きつけないわけがない。
 最初からそんなことは知っていて自分に構って貰えていることが奇跡だと分かっているはずなのに、それでも嫌だと思ってしまう。
 高瀬くんを好きになるのは、俺だけでいい。

「もうないから」
「え?」

 俺の言葉に日比谷くんは軽く首を傾げる。
 
「高瀬くんに伝言した言葉だけど。ちゃんと意味は分かったから」
「へえ?」

 どこか挑発的な視線が俺に向けられる。
 
 高瀬くんは単純に日比谷くんが二度と手助けはしない、という意味で捉えていたみたいだけど、俺はそうじゃないと思った。
 次にもしまた同じようなことをして高瀬くんを悩ませたら、俺に対して遠慮はしない、という警告だ。
 つまり日比谷くんも、高瀬くんの事が好きなんだ。
 考えてみればあれだけ高瀬くんの近くにいて、好きにならないわけがない。

「相変わらず真島が期待通りの反応で嬉しいわ」

 日比谷くんはそう言って余裕そうな顔で笑う。
 そんな風に堂々としていられる姿は格好良くて、だからこそ高瀬くんも彼には安心した表情がいつも出来るんだろう。

 悔しいけど俺にはいつも余裕がない。
 いつだって、高瀬くんに夢中で必死だ。

「…ああ、お前の方はこの先もアイツと付き合ってく覚悟が出来てんだ?」

 不意に言われた言葉に目を瞬かせる。
 何をそんな当たり前の事を言っているんだろう。

「出来てるよ」

 そもそも彼と一緒にいることに対して、覚悟も葛藤も俺には必要ない。
 
 なぜなら高瀬くんが一番幸せになれる方法は、俺と一緒にいることだからだ。
 彼の事を一番大好きで一番大切に出来るのは、この先も変わること無く絶対に俺しかいない。
 あとは高瀬くんが俺を好きになってくれさえすれば、高瀬くんは間違いなく一生幸せになれる。

「ふーん、お前やっぱ格好いいな」
「えっ」

 突然褒められて驚いたら、日比谷くんの目が悪戯に細められる。
 なんとなく見覚えのあるその視線に嫌な予感がした。

「そーいや高瀬って変な所にホクロあるのな。知ってたか?」

 心がざわざわとし始める。
 一生根に持ち続けるけど、日比谷くんは修学旅行で高瀬くんと一緒にお風呂に入った。
 その時にもしかしたら何か気付いて――。


「おいこら、真島で遊ぶんじゃねえ」
「おわっ」

 バシッと突然日比谷くんが丸めた何かの資料で、後頭部を叩かれる。
 
「――高瀬くん!」

 愛らしいその姿を視界に入れて、ぶわっと身体が熱くなる。
 ようやく出会えたその姿に、足先から頭の先まで電流みたいに嬉しい気持ちが駆け抜けていく。
 やっと会えた。なんだかすごく久しぶりな気がする。

 可愛い。好きだ。大好きだ。愛してる。
 頭の中が一瞬で愛しい気持ちでいっぱいになる。

「なんでよ、俺も少しくらい真島で遊びたい」
「ダメに決まってんだろ。コイツで遊べるのは俺の特権なんだよ」

 何か二人で話しているけど、日比谷くんじゃなくて早く俺を見て欲しい。
 ちゃんとお弁当も持ってきたし、今日はちょっとデザート作りにも挑戦してみた。
 高瀬くんはあまり甘すぎるお菓子は好きじゃないと言っていたから、ちゃんと砂糖は控えめにしてある。
 食べたら、もしかしたら褒めてくれるかも知れない。

 ドキドキしながら待っていたら、ようやく高瀬くんの視線がこっちに向けられる。
 目が合って、心臓がギュッと掴まれた。

「お前も遊ばれてんじゃねーよアホ」

 バシリと日比谷くんのように叩かれたけど、嬉しくて顔が緩んでしまう。
 高瀬くんはそんな俺にジトッと目を細めてから、どこか投げやりに口を開いた。

「あーもうどうでもいいや。腹減った」
「うん!屋上行こう」
「じゃーな。真島、高瀬」

 高瀬くんが来たらさっさと日比谷くんは背を向けてしまった。
 そういえばまだ話の途中で、肝心なことを聞きそびれてしまっている。

「た、高瀬くん…ホクロどこにあるの?」
「は?」
「ひ、日比谷くんが変な所にあるって…俺知らないから…っ」

 言いながらすごく悲しくなってきて、唇を噛みしめる。
 顔が熱くなって、胸が苦しくなる。
 こんな気持ちは三上先輩以降、久しぶりかもしれない。

「ああ。なんか俺ヒビヤンに寝ながら蹴りいれたらしく、足の裏にあるって――」

 高瀬くんの顔がギョッと固まる。
 いけない、また彼を困らせてしまう。
 だけど流れ出したものはもう止まらず、俺はぐすっと鼻を鳴らした。
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