ベタボレプリンス

うさき

文字の大きさ
上 下
121 / 251

111

しおりを挟む

 仕方なく一旦シャツをまた着て、真島の鼻に洗面台にあったティッシュを突っ込んでやる。
 ちょうど脱衣所に誰もいないところで本当に良かった。
 こんなアホな展開、人に見られたら一瞬で真島が笑い者にされる。

 とりあえずその手を引いて浴室を出ると、ロビーを抜けて外に出る。
 人気の無い玄関脇のベンチに腰を降ろしてから、真島を隣に寝かせた。

「鼻血止まったかよ?どんだけ興奮してんだよ」
「う…ごめん。ちょっと…刺激が強すぎて…」

 あれくらいで鼻血出してたら、それこそ何も出来ねーんだが。
 このところ軽くお預けみたいになってたし、どうやら一気に血が上ったらしい。
 真島が少し落ち着くのを待ちながら、すっかり暗くなった夜空を見上げる。
 観光地だからかそこまで真っ暗でもなくて、星は見えない。

「なんか真島が前にも鼻血出したの思い出したな」
「…あっ、あの時も俺興奮しちゃって…ワケわからなくて」
「今思うと笑えるな」

 確かあの時はキスどころか触れたりもほとんどしたことが無い時で、突然真島に後ろから抱きしめられたんだっけ。
 クスッと思い出して笑うと、真島がきゅっと俺の服を掴んできた。
 気付いてその顔を見下ろすと、悩ましげな表情で唇を噛みしめて俺を見上げている。

「だ…大好き」
「鼻血出しながら告白されたの初めてだわ」

 何を言い出すのかと思ったら。
 ティッシュを鼻に突っ込んだまま横になってるイケメンは、コイツを慕う女子が見たらガッガリするような情けない顔をしている。
 それでも何故か俺に告白したくなってしまったらしい。

「でも風呂は入るけどな。さすがに」
「う、うん…そうだよね。俺変に気にしちゃって…ごめんなさい」
「いいよ。けど邪魔してくんのはもうナシな」
「…はい」

 こんなアホみたいなワガママを許したら、次は体育の時間着替えるなとかなりそうだ。
 本気でくだらない事を気にする奴だなとは思ったが、それでも大事にしてくれているんだと思えば悪い気はしない。
 なんてそう思ったら、無性に真島に触りたくなってしまった。

 惚けたように俺を見上げる真島は、まだぼんやりと夢心地みたいな顔をしている。
 鼻が詰まってるから頭がぼーっとしてるんだろう。
 その少し赤くなった頬に俺は手を伸ばす。
 
「…わっ」

 湧き上がるのは――愛しい、なんてどうしようもない愛情。

 ひと気の無い暗闇の中、俺はそっと真島の顔に影を落とす。
 それはほとんど無意識な行動で、ちゅっと目の前にある鼻の頭にキスを落とした。
 唇を離したら、近い距離で見つめる真島の瞳が大きく見開く。

 かなり驚いたという顔で、だがすぐに伸ばされた手が俺の後頭部に回る。
 そのまま押し付けられるように、今度は真島から唇へキスをされた。
 誰かに見られる可能性があるのにそうなったら止められず、どんどん口付けが深くなってしまう。

 柔らかい真島の舌が俺の舌をきつく絡め取って、唾液が濡れた音を立てる。
 背筋にゾクゾクと這い上がる気持ちよさに、堪らなく目を瞑った。
 顔が一気に熱くなって、心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。
 息が上がって苦しいのに、やめられない。

 もっと欲しい。
 もっと触って欲しい。
 もっと、真島に触りたい。

「――…っ」

 だけど不意に起き上がった真島に、グイと身体を引き離された。
 まただ。
 真島はまた、酷く堪えるような顔で俺を遠ざける。
 荒くなった呼吸を整えながら、うつろな視線で真島を見つめる。

「…お前、何で我慢すんの」
「ご、ごめん。でも…っ」

 堪えなくていい。
 そんな苦しそうな顔をさせるために、俺は今の時間をやっているわけじゃない。
 
「下手に遠慮なんかすんなよ…つまんねーから」

 つまらない、と表現したのは俺が真島で遊んでる事になっているからだ。

「む、無理だよ。我慢が出来なくなる」
「だから何してもいいって。お前俺の事好きなんだろ。俺だってその方が面白いし」

 ハッと嘲るようにわざと笑ってやる。
 内心はバクバクだったが、お前が思うほど俺は気にしていないんだ、と思わせたかった。

 俺の事を大切になんかしなくていい。
 酷くしたって、乱暴だっていいから、今は触れて欲しい。
 真島の思うままに、したいように俺をしてくれていいんだ。

 だって俺達にはそんな我慢している時間はないはずだ。
 この間まであと一年だと思っていたのが十ヶ月になって、そして気付いたらあと九ヶ月。
 どんどん時間が経っていってしまうのに、遠慮してる時間なんていらない。

「す、好きだよっ。でも大好きだから――」
「じゃあこれ以上俺の事ガッカリさせんなよ」

 少し強い口調で言ったら、真島の肩がビクリと跳ねる。
 これくらい言えばさすがに真島も手を出してくるだろう。
 真島が俺の言葉に逆らうわけがないし、きっといつも通り我慢できないってすぐに手が伸びてきて――。

「た…高瀬くんには分からないっ」
 
 ビクリ、としてしまった。
 え、今の真島?
 呆然としたまま見返すと、その表情が今にも泣き出しそうなほど苦しげに歪む。

「大好きなんだ…っ、すごく大切なんだよ。高瀬くんは俺で遊んでるかも知れないけれど、俺は本気なんだよ。絶対に、絶対に好きになって欲しいから――っ」

 まくし立てるように真島は言う。
 こんな風に自分の気持ちをぶつけてくる真島は初めてだった。

「俺は高瀬くんに好きになってほしいんだ。…心が欲しい。すごく、すごく心が欲しいんだ…っ」

 そう言った真島の瞳から、ぽろりと涙が溢れる。
 俺の心なんて、もうコイツは半年前からずっと持っている。
 そんなに必死で望まなくたって、ちゃんと持ってるんだ。
 だがとっくに持っているものを手に入らないと言って、真島は苦しそうに泣き始める。

「好きになって。お願いだから…っ。俺に気持ちがないって分かってるのに、これ以上のことなんか出来ないよ…っ」

 肩を掴まれて、ぼろぼろと涙を流しながら子供のようにせがまれた。
 思わずその表情に耐えきれず、視線を彷徨わせてしまう。

「…そ、それは――」

 無理だ、という言葉が出てこなかった。
 そんな言葉、言いたくなかった。
 好きな奴をこれ以上苦しませる言葉なんか、言いたい訳がない。
 だけど何も言い返さない俺に、真島は傷ついたような顔で俯く。
 
「…ご、ごめんなさい。頭、冷やすから――」

 ぽつりとそう言って、真島は立ち上がる。
 思わず真島の服を掴もうと手を伸ばしてしまう。

 行くな。
 本当はお前で遊んだりなんかしてないし、ちゃんと俺だって本気なんだ。
 全部誤解で、だけど将来のことを考えたらこうした方がいいって、仕方なく思ってるだけなんだ。
 お前のことが好きだ。
 ――ちゃんと、大好きなんだよ。

 だが伸ばした手は、何も掴まず空を切る。

「…そうかよ。勝手にしろ」

 思ってる事とは裏腹に、出てきた言葉は酷く不貞腐れたような台詞だった。
 俺の言葉に真島がビクリと肩を揺らす。
 いつもだったら絶対にごめんなさいと音を上げて縋ってきているくせに、真島は喉を震わせて苦しげに涙を零しながら、この場から立ち去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

水の流れるところ

BL
鏡の中の彼から目が離せなかった――。 幼い頃に母親に虐待を受け、施設に預けられていた藍沢誉(あいざわほまれ)。親の愛情を受けずに育ち、体裁ばかり気にする父親から逃げた九条千晃(くじょうちあき)。 誉は施設を出ると上京し、男に媚びを売ることで生計を立てていた。千晃は医者というステータスと恵まれた容姿に寄ってきた複数の人間と、情のない関係を繰り返していた。 接点のない2人にはある共通点があった。「あること」がトリガーとなって発作が起こるのだ。その発作は、なぜか水に触れることで収まった。発作が起こる度に、水のあるところへと駆け込んでいたある時、2人は鏡越しに不思議な出会いを果たす。非現実的な状況に戸惑いつつも、鏡を通して少しずつ交流を深めていった。ある日、ひょんな事がきっかけで、ついに対面を果たすことになるが――。 愛に飢えた誉と、愛を知らない千晃が、過去に向き合い、過去と決別し、お互いの愛を求めて成長していく深愛物語。 ★ ハーフ顔小児科医×可愛い系雇われ店長です。ハッピーエンドです。 ★ 絡みが作中に発生いたします。 ★ 直接的な表現はありませんが、暴力行為を匂わす描写があります。 ★ 視点が受け攻め交互に展開しながら話が進みます。 ★ 別ジャンルで書いたものをオリジナルに書き直しました。 ★ 毎日1エピソードずつの更新です。

【完結】酷くて淫ら

SAI
BL
早瀬龍一 26歳。 【酷く抱いてくれる人、募集】 掲示板にそう書き込んでは痛みを得ることでバランスを保っていた。それが自分に対する罰だと信じて。 「一郎って俺に肩を貸すために生まれてきたの?すげーぴったり。楽ちん」 「早瀬さんがそう思うならそうかもしれないですね」 BARで偶然知り合った一郎。彼に懐かれ、失った色が日々に蘇る。 ※「君が僕に触れる理由」に登場する早瀬の物語です。君が僕に触れる理由の二人も登場しますので、そちらからお読み頂けるとストーリーがよりスムーズになると思います。 ※ 性描写が入る部分には☆マークをつけてあります。  全28話 順次投稿していきます。 10/15 最終話に早瀬と一郎のビジュアル載せました。

【弐】バケモノの供物

よんど
BL
〜「愛」をテーマにした物語重視の異種恋愛物語〜 ※本サイトでは完結記念「それから」のイラストで設定しています ※オリジナル設定を含んでいます ※拙い箇所が沢山御座います。温かい目で読んで頂けると嬉しいです ※過激描写が一部御座います 𝐒𝐭𝐨𝐫𝐲 バケモノの供物シリーズ、第二弾「弐」… 舞台は現代である「現世」で繰り広げられる。 親を幼い頃に亡くし、孤独な千紗はひたすら勉強に励む高校ニ年生。そんな彼はある日、見知らぬ男に絡まれている際に美しい顔をした青年に助けて貰う。そして、その彼が同じ高校の一個上の先輩とて転校してきた事が発覚。青年は過去に助けた事のある白狐だった。その日を境に、青年の姿をした白狐は千紗に懐く様になるが…。一度見つけた獲物は絶対に離さないバケモノと独りぼっちの人間の送る、甘くて切ない溺愛物語。 ''執着されていたのは…'' 𝐜𝐡𝐚𝐫𝐚𝐜𝐭𝐞𝐫 天城 千紗(17) …高二/同性を惹きつける魅力有り/虐待を受けている/レオが気になる 突然現れたレオに戸惑いながらも彼の真っ直ぐな言葉と態度、そして時折見せる一面に惹かれていくが… レオ(偽名: 立花 礼央) …高三(設定)/冥永神社の守り神/白狐/千紗が大好き とある者から特別に人間の姿に長時間化ける事が可能になる術式を貰い、千紗に近付く。最初は興味本位で近付いたはものの、彼と過ごす内に自分も知らない内が見えてきて… ライ(偽名: 松原歩) …高二(設定)/現世で生活している雷を操る龍神/千紗とレオに興味津々 長く現世で生きている龍神。ネオと似た境遇にいるレオに興味を持ち、千紗と友達になり二人に近付く様に。おちゃらけているが根は優しい。 ※「壱」で登場したメインキャラクター達は本編に関わっています。 ※混乱を避ける為「壱」を読んだ上でご覧下さい。 ※ネオと叶の番外編はスター特典にて公開しています。 𝐒𝐩𝐞𝐜𝐢𝐚𝐥 𝐭𝐡𝐚𝐧𝐤𝐬 朔羽ゆきhttps://estar.jp/users/142762538様 (ゆきさんに表紙絵を描いて頂きました。いつも本当に有難う御座います) (無断転載は勿論禁止です) (イラストの著作権は全てゆきさんに御座います)

もっと僕を見て

wannai
BL
 拗らせサド × 羞恥好きマゾ

だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち
BL
過去作品の番外編やらを置いていくブックです! 初めましての方は、こちらを試し読みだと思って活用して頂けたら嬉しいです😆 なんだか泣きたくなってきたに関しては単品で零れ話集があるので、こちらはそれ以外のお話置き場になります。 男性妊娠、小スカ、エログロ描写など、本編では書ききれなかったマニアック濡れ場なお話もちまちま載せていきます。こればっかりは好みが分かれると思うので、✳︎の数を気にして読んでいただけるとうれいいです。 ✴︎ 挿入手前まで ✴︎✴︎ 挿入から小スカまで ✴︎✴︎✴︎ 小スカから複数、野外、変態性癖まで 作者思いつきパロディやら、クロスオーバーなんかも書いていければなあと思っています。 リクエスト鋭意受付中、よろしければ感想欄に作品名とリクエストを書いていただければ、ちまちまと更新していきます。 もしかしたらここから生まれる新たなお話もあるかもしれないなあと思いつつ、よければお付き合いいただければ幸いです。 過去作 なんだか泣きたくなってきた(別途こぼれ話集を更新) これは百貨店での俺の話なんだが 名無しの龍は愛されたい ヤンキー、お山の総大将に拾われる、~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~ こっち向いて、運命 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです(更新停止中) ヤンキー、お山の総大将に拾われる2~お騒がせ若天狗は白兎にご執心~ 改稿版これは百貨店で働く俺の話なんだけど 名無しの龍は愛されたい-鱗の記憶が眠る海- 飲み屋の外国人ヤンデレ男と童貞男が人生で初めてのセックスをする話(短編) 守り人は化け物の腕の中 友人の恋が難儀すぎる話(短編) 油彩の箱庭(短編)

スラムから成り上がった弟に恋人になってくれと迫られています

匿名希望ショタ
BL
【エリート弟×自己肯定感の低い兄】 「恋人になって欲しい」 十七年前に才能があり国一番の学園へと行った弟がいる。 その弟の枷になるまいと自分の生活がどれだけ貧相なものだとしてもお金だけを送り続けていた凡人以下兄の俺。 そんな俺が立派になった弟に恋人になって欲しいと迫られる。だけど俺はスラムにずっといてこんな醜いし...

人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ
BL
 男性アイドルグループ『ムーンシュガー』のメンバーである冬木行理(ふゆき あんり)は、夜のクラブで人気俳優の柏原為純(かしわばら ためずみ)と出会う。  そこで為純からキスをされ、写真を撮られてしまった。  翌日、写真はネットニュースに取り上げられ、為純もなぜか交際を認める発言をしたことから、二人は付き合うふりをすることになり……。  完結しました。  ※誤字脱字の加筆修正が入る場合があります。

【完結】君が好きで彼も好き

SAI
BL
毎月15日と30日にはセックスをする、そんな契約から始まった泉との関係。ギブアンドテイクで続けられていた関係にストップをかけたのは泉と同じ職場の先輩、皐月さんだった。 2人に好きだと言われた楓は… ホスト2人攻め×普通受け ※ 予告なしに性描写が入ります。ご了承ください。 ※ 約10万字の作品になります。 ※ 完結を保証いたします。

処理中です...