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しおりを挟む仕方なく一旦シャツをまた着て、真島の鼻に洗面台にあったティッシュを突っ込んでやる。
ちょうど脱衣所に誰もいないところで本当に良かった。
こんなアホな展開、人に見られたら一瞬で真島が笑い者にされる。
とりあえずその手を引いて浴室を出ると、ロビーを抜けて外に出る。
人気の無い玄関脇のベンチに腰を降ろしてから、真島を隣に寝かせた。
「鼻血止まったかよ?どんだけ興奮してんだよ」
「う…ごめん。ちょっと…刺激が強すぎて…」
あれくらいで鼻血出してたら、それこそ何も出来ねーんだが。
このところ軽くお預けみたいになってたし、どうやら一気に血が上ったらしい。
真島が少し落ち着くのを待ちながら、すっかり暗くなった夜空を見上げる。
観光地だからかそこまで真っ暗でもなくて、星は見えない。
「なんか真島が前にも鼻血出したの思い出したな」
「…あっ、あの時も俺興奮しちゃって…ワケわからなくて」
「今思うと笑えるな」
確かあの時はキスどころか触れたりもほとんどしたことが無い時で、突然真島に後ろから抱きしめられたんだっけ。
クスッと思い出して笑うと、真島がきゅっと俺の服を掴んできた。
気付いてその顔を見下ろすと、悩ましげな表情で唇を噛みしめて俺を見上げている。
「だ…大好き」
「鼻血出しながら告白されたの初めてだわ」
何を言い出すのかと思ったら。
ティッシュを鼻に突っ込んだまま横になってるイケメンは、コイツを慕う女子が見たらガッガリするような情けない顔をしている。
それでも何故か俺に告白したくなってしまったらしい。
「でも風呂は入るけどな。さすがに」
「う、うん…そうだよね。俺変に気にしちゃって…ごめんなさい」
「いいよ。けど邪魔してくんのはもうナシな」
「…はい」
こんなアホみたいなワガママを許したら、次は体育の時間着替えるなとかなりそうだ。
本気でくだらない事を気にする奴だなとは思ったが、それでも大事にしてくれているんだと思えば悪い気はしない。
なんてそう思ったら、無性に真島に触りたくなってしまった。
惚けたように俺を見上げる真島は、まだぼんやりと夢心地みたいな顔をしている。
鼻が詰まってるから頭がぼーっとしてるんだろう。
その少し赤くなった頬に俺は手を伸ばす。
「…わっ」
湧き上がるのは――愛しい、なんてどうしようもない愛情。
ひと気の無い暗闇の中、俺はそっと真島の顔に影を落とす。
それはほとんど無意識な行動で、ちゅっと目の前にある鼻の頭にキスを落とした。
唇を離したら、近い距離で見つめる真島の瞳が大きく見開く。
かなり驚いたという顔で、だがすぐに伸ばされた手が俺の後頭部に回る。
そのまま押し付けられるように、今度は真島から唇へキスをされた。
誰かに見られる可能性があるのにそうなったら止められず、どんどん口付けが深くなってしまう。
柔らかい真島の舌が俺の舌をきつく絡め取って、唾液が濡れた音を立てる。
背筋にゾクゾクと這い上がる気持ちよさに、堪らなく目を瞑った。
顔が一気に熱くなって、心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。
息が上がって苦しいのに、やめられない。
もっと欲しい。
もっと触って欲しい。
もっと、真島に触りたい。
「――…っ」
だけど不意に起き上がった真島に、グイと身体を引き離された。
まただ。
真島はまた、酷く堪えるような顔で俺を遠ざける。
荒くなった呼吸を整えながら、うつろな視線で真島を見つめる。
「…お前、何で我慢すんの」
「ご、ごめん。でも…っ」
堪えなくていい。
そんな苦しそうな顔をさせるために、俺は今の時間をやっているわけじゃない。
「下手に遠慮なんかすんなよ…つまんねーから」
つまらない、と表現したのは俺が真島で遊んでる事になっているからだ。
「む、無理だよ。我慢が出来なくなる」
「だから何してもいいって。お前俺の事好きなんだろ。俺だってその方が面白いし」
ハッと嘲るようにわざと笑ってやる。
内心はバクバクだったが、お前が思うほど俺は気にしていないんだ、と思わせたかった。
俺の事を大切になんかしなくていい。
酷くしたって、乱暴だっていいから、今は触れて欲しい。
真島の思うままに、したいように俺をしてくれていいんだ。
だって俺達にはそんな我慢している時間はないはずだ。
この間まであと一年だと思っていたのが十ヶ月になって、そして気付いたらあと九ヶ月。
どんどん時間が経っていってしまうのに、遠慮してる時間なんていらない。
「す、好きだよっ。でも大好きだから――」
「じゃあこれ以上俺の事ガッカリさせんなよ」
少し強い口調で言ったら、真島の肩がビクリと跳ねる。
これくらい言えばさすがに真島も手を出してくるだろう。
真島が俺の言葉に逆らうわけがないし、きっといつも通り我慢できないってすぐに手が伸びてきて――。
「た…高瀬くんには分からないっ」
ビクリ、としてしまった。
え、今の真島?
呆然としたまま見返すと、その表情が今にも泣き出しそうなほど苦しげに歪む。
「大好きなんだ…っ、すごく大切なんだよ。高瀬くんは俺で遊んでるかも知れないけれど、俺は本気なんだよ。絶対に、絶対に好きになって欲しいから――っ」
まくし立てるように真島は言う。
こんな風に自分の気持ちをぶつけてくる真島は初めてだった。
「俺は高瀬くんに好きになってほしいんだ。…心が欲しい。すごく、すごく心が欲しいんだ…っ」
そう言った真島の瞳から、ぽろりと涙が溢れる。
俺の心なんて、もうコイツは半年前からずっと持っている。
そんなに必死で望まなくたって、ちゃんと持ってるんだ。
だがとっくに持っているものを手に入らないと言って、真島は苦しそうに泣き始める。
「好きになって。お願いだから…っ。俺に気持ちがないって分かってるのに、これ以上のことなんか出来ないよ…っ」
肩を掴まれて、ぼろぼろと涙を流しながら子供のようにせがまれた。
思わずその表情に耐えきれず、視線を彷徨わせてしまう。
「…そ、それは――」
無理だ、という言葉が出てこなかった。
そんな言葉、言いたくなかった。
好きな奴をこれ以上苦しませる言葉なんか、言いたい訳がない。
だけど何も言い返さない俺に、真島は傷ついたような顔で俯く。
「…ご、ごめんなさい。頭、冷やすから――」
ぽつりとそう言って、真島は立ち上がる。
思わず真島の服を掴もうと手を伸ばしてしまう。
行くな。
本当はお前で遊んだりなんかしてないし、ちゃんと俺だって本気なんだ。
全部誤解で、だけど将来のことを考えたらこうした方がいいって、仕方なく思ってるだけなんだ。
お前のことが好きだ。
――ちゃんと、大好きなんだよ。
だが伸ばした手は、何も掴まず空を切る。
「…そうかよ。勝手にしろ」
思ってる事とは裏腹に、出てきた言葉は酷く不貞腐れたような台詞だった。
俺の言葉に真島がビクリと肩を揺らす。
いつもだったら絶対にごめんなさいと音を上げて縋ってきているくせに、真島は喉を震わせて苦しげに涙を零しながら、この場から立ち去っていった。
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