ベタボレプリンス

うさき

文字の大きさ
上 下
85 / 251

----side真島『おはよう』

しおりを挟む

 夢じゃなかった。
 
 ピリリリと鳴る目覚ましのスイッチを押して、ちゃんと朝が来たことをカーテンの隙間から差し込む日差しで知る。
 というか正確には夢になったら怖すぎて、実は一睡もしていない。
 あれ、ということはまだ夢かどうかの証明が出来てないことになるんだろうか。
 
 けれど思い返しても記憶に鮮明な、高瀬くんの姿。
 もう思い出すだけで心臓がドキドキして、ずっと興奮しっぱなしだった。
 高瀬くんの言葉が、抱きしめた感触が、触れてくれた指先が…重なった唇が。
 もうずっと頭の中をぐるぐるしていて、身体の熱が全く取れない。

 会いたい。
 早く高瀬くんに会いたい。

 俺は飛び起きると、覚醒しっぱなしのテンションのまま、身支度をしてお弁当作りに入る。
 昨日のうちに何を作るかは、もうノートにまとめておいた。
 ちゃんと栄養バランスも考えて、だけど高瀬くんはお弁当代をいつも払ってくれるから、そこまで負担にならないように計算してある。
 大好きな人のためにする料理はすごく楽しくて、それを許されていることが幸せで堪らない。

 そろそろ高瀬くんが起きたかな、というタイミングで『おはよう』と俺はメッセを入れた。
 毎朝送っていて返事が返ってきたことは一度もないけど、しばらくしてから見るとちゃんと既読とついてくれるから、それだけで今日も頑張ろうという気持ちになれる。
 珍しくなかなか起きてこない兄と姉の分の朝食を用意してから、俺は意気揚々と家を出た。

 真っ青に澄み渡る空はすごく気持ちよくて、駅までの道のりに水を撒いていたおばあちゃんに満面の笑顔で挨拶をする。
 
「あらまあ、若い時を思い出しちゃうわ」

 うふふとどこか顔を赤らめて笑うおばあちゃんも、とても幸せそうな顔をしていた。
 世界中が幸せで満ち溢れているんじゃないかと思えるほど、俺はすごく浮かれていた。
 もしかしたら、後夜祭のジンクスのご利益はもう出ているのかもしれない。
 クラスの女子の会話がコッソリ聞こえただけだったけど、本当の話だったんだ。

 ああ、早く学校に行きたい。
 あと数時間後には、高瀬くんに会える。
 
 どうしようもなく気分が高揚して、視界に入るもの全てがキラキラ輝いて見える。
 が、意気揚々と到着した学校で、俺は衝撃の事実に気付いた。

 校門はガッチリと締め切られていた。
 人一人通らない通学路。

 そうだ。今日は日曜日で学校お休みだったんだ。
 文化祭翌日ということで、部活までお休みだ。


 ということは、今日は高瀬くんに会えない。


「……っ」

 校門前で絶句して立ち尽くす。
 あまりにもテンション上がっていたせいもあって、一気にどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
 しかもよく考えたら月曜日は文化祭の振替休日で、つまり二日間も高瀬くんと会えないことになる。

 さっきの絶好調からガラガラと音を立てるように、気持ちが真っ逆さまに転落してしまう。
 なんだか昨日のことまで一気に夢みたいに思えてきてしまった。
 この場所から動く事も出来なくなってしまって、呆然と立ち往生してしまう。

 どれくらい経っただろう。
 不意に携帯が音を立てて、俺は真っ白になっていた頭から現実に引き戻される。
 ユキかな、と思って何気なくスマホを見る。

 心臓が跳ね上がった。
 
『おはよう』

 高瀬くんだった。
 高瀬くんに送る朝の挨拶は今まで一度も返ってきたことがないのに、初めての返信だった。

 泣きそうなほど感情が込み上げてきて、思わずスマホを抱きしめる。
 なんで、どうして今日は返ってきたんだろう。
 嬉しい。嬉しくて嬉しくて堪らない。

 スマホをたかいたかいするみたいに両手で上にあげて喜んでいたら、車に轢かれそうになった。
 危ない。ちゃんと周りは見ないと。
 高瀬くんにも周りを適当にするなと怒られたじゃないか。
 彼の言葉を無駄にしてはいけない。
 
 来た道を引き返しながら、高瀬くんが送ってくれたメッセを口元を緩ませながら見返す。
 完全に頭の中にお花畑が広がっていたけど、ふと一抹の不安が過ぎった。
 
 いつもしない事をするということは、もしかして高瀬くんに何かあったんだろうか。
 高瀬くんと連絡先を交換した日から欠かさず毎日送っているけど、一度だって返事はなかったのに、やっぱりおかしい。
 
 そう思ったら、一気に身体が冷たくなっていく。
 ひょっとしたら体調悪くなってしまって、寝込んでいて誰かの助けがほしいとか。
 はたまた誰かに拉致されて、気付かれないように俺にSOSを送ってきたのか。

 慌てて俺は高瀬くんに電話を掛ける。
 なかなか出なかったけど、心臓をバクバクさせながらどうか無事でいてと必死に祈る。

『…んー、なに』

 ようやく出てくれた高瀬くんの声は、いつもと違って重たげに掠れていた。
 心臓が押しつぶされそうなほど、ぎゅっと痛くなる。

 ああ、やっぱりそうだ。体調が悪いんだ。
 高瀬くんの家はお母さんがいないことが多いから、一人じゃきっと心細いはずだ。

「あ…っ、あのっ。何かほしいものある?俺今すぐ行くから――っ」
『…はぁ?』
「ね、熱はない?ああでも、動かないでっ。俺全部やるから…っ。大丈夫だからね。何も心配しなくていいから――」

 言いながらもう走り出す。
 高瀬くんは少しの無言の後、じゃあアイスと漫画の最新刊とシャンプーと猫のエサとお菓子とジュースを買ってこいと言った。
 分かったと力強く言って、俺は全速力で日曜日の朝の街並みを走り抜けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

水の流れるところ

BL
鏡の中の彼から目が離せなかった――。 幼い頃に母親に虐待を受け、施設に預けられていた藍沢誉(あいざわほまれ)。親の愛情を受けずに育ち、体裁ばかり気にする父親から逃げた九条千晃(くじょうちあき)。 誉は施設を出ると上京し、男に媚びを売ることで生計を立てていた。千晃は医者というステータスと恵まれた容姿に寄ってきた複数の人間と、情のない関係を繰り返していた。 接点のない2人にはある共通点があった。「あること」がトリガーとなって発作が起こるのだ。その発作は、なぜか水に触れることで収まった。発作が起こる度に、水のあるところへと駆け込んでいたある時、2人は鏡越しに不思議な出会いを果たす。非現実的な状況に戸惑いつつも、鏡を通して少しずつ交流を深めていった。ある日、ひょんな事がきっかけで、ついに対面を果たすことになるが――。 愛に飢えた誉と、愛を知らない千晃が、過去に向き合い、過去と決別し、お互いの愛を求めて成長していく深愛物語。 ★ ハーフ顔小児科医×可愛い系雇われ店長です。ハッピーエンドです。 ★ 絡みが作中に発生いたします。 ★ 直接的な表現はありませんが、暴力行為を匂わす描写があります。 ★ 視点が受け攻め交互に展開しながら話が進みます。 ★ 別ジャンルで書いたものをオリジナルに書き直しました。 ★ 毎日1エピソードずつの更新です。

【完結】酷くて淫ら

SAI
BL
早瀬龍一 26歳。 【酷く抱いてくれる人、募集】 掲示板にそう書き込んでは痛みを得ることでバランスを保っていた。それが自分に対する罰だと信じて。 「一郎って俺に肩を貸すために生まれてきたの?すげーぴったり。楽ちん」 「早瀬さんがそう思うならそうかもしれないですね」 BARで偶然知り合った一郎。彼に懐かれ、失った色が日々に蘇る。 ※「君が僕に触れる理由」に登場する早瀬の物語です。君が僕に触れる理由の二人も登場しますので、そちらからお読み頂けるとストーリーがよりスムーズになると思います。 ※ 性描写が入る部分には☆マークをつけてあります。  全28話 順次投稿していきます。 10/15 最終話に早瀬と一郎のビジュアル載せました。

【弐】バケモノの供物

よんど
BL
〜「愛」をテーマにした物語重視の異種恋愛物語〜 ※本サイトでは完結記念「それから」のイラストで設定しています ※オリジナル設定を含んでいます ※拙い箇所が沢山御座います。温かい目で読んで頂けると嬉しいです ※過激描写が一部御座います 𝐒𝐭𝐨𝐫𝐲 バケモノの供物シリーズ、第二弾「弐」… 舞台は現代である「現世」で繰り広げられる。 親を幼い頃に亡くし、孤独な千紗はひたすら勉強に励む高校ニ年生。そんな彼はある日、見知らぬ男に絡まれている際に美しい顔をした青年に助けて貰う。そして、その彼が同じ高校の一個上の先輩とて転校してきた事が発覚。青年は過去に助けた事のある白狐だった。その日を境に、青年の姿をした白狐は千紗に懐く様になるが…。一度見つけた獲物は絶対に離さないバケモノと独りぼっちの人間の送る、甘くて切ない溺愛物語。 ''執着されていたのは…'' 𝐜𝐡𝐚𝐫𝐚𝐜𝐭𝐞𝐫 天城 千紗(17) …高二/同性を惹きつける魅力有り/虐待を受けている/レオが気になる 突然現れたレオに戸惑いながらも彼の真っ直ぐな言葉と態度、そして時折見せる一面に惹かれていくが… レオ(偽名: 立花 礼央) …高三(設定)/冥永神社の守り神/白狐/千紗が大好き とある者から特別に人間の姿に長時間化ける事が可能になる術式を貰い、千紗に近付く。最初は興味本位で近付いたはものの、彼と過ごす内に自分も知らない内が見えてきて… ライ(偽名: 松原歩) …高二(設定)/現世で生活している雷を操る龍神/千紗とレオに興味津々 長く現世で生きている龍神。ネオと似た境遇にいるレオに興味を持ち、千紗と友達になり二人に近付く様に。おちゃらけているが根は優しい。 ※「壱」で登場したメインキャラクター達は本編に関わっています。 ※混乱を避ける為「壱」を読んだ上でご覧下さい。 ※ネオと叶の番外編はスター特典にて公開しています。 𝐒𝐩𝐞𝐜𝐢𝐚𝐥 𝐭𝐡𝐚𝐧𝐤𝐬 朔羽ゆきhttps://estar.jp/users/142762538様 (ゆきさんに表紙絵を描いて頂きました。いつも本当に有難う御座います) (無断転載は勿論禁止です) (イラストの著作権は全てゆきさんに御座います)

もっと僕を見て

wannai
BL
 拗らせサド × 羞恥好きマゾ

だいきちの拙作ごった煮短編集

だいきち
BL
過去作品の番外編やらを置いていくブックです! 初めましての方は、こちらを試し読みだと思って活用して頂けたら嬉しいです😆 なんだか泣きたくなってきたに関しては単品で零れ話集があるので、こちらはそれ以外のお話置き場になります。 男性妊娠、小スカ、エログロ描写など、本編では書ききれなかったマニアック濡れ場なお話もちまちま載せていきます。こればっかりは好みが分かれると思うので、✳︎の数を気にして読んでいただけるとうれいいです。 ✴︎ 挿入手前まで ✴︎✴︎ 挿入から小スカまで ✴︎✴︎✴︎ 小スカから複数、野外、変態性癖まで 作者思いつきパロディやら、クロスオーバーなんかも書いていければなあと思っています。 リクエスト鋭意受付中、よろしければ感想欄に作品名とリクエストを書いていただければ、ちまちまと更新していきます。 もしかしたらここから生まれる新たなお話もあるかもしれないなあと思いつつ、よければお付き合いいただければ幸いです。 過去作 なんだか泣きたくなってきた(別途こぼれ話集を更新) これは百貨店での俺の話なんだが 名無しの龍は愛されたい ヤンキー、お山の総大将に拾われる、~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~ こっち向いて、運命 アイデンティティは奪われましたが、勇者とその弟に愛されてそれなりに幸せです(更新停止中) ヤンキー、お山の総大将に拾われる2~お騒がせ若天狗は白兎にご執心~ 改稿版これは百貨店で働く俺の話なんだけど 名無しの龍は愛されたい-鱗の記憶が眠る海- 飲み屋の外国人ヤンデレ男と童貞男が人生で初めてのセックスをする話(短編) 守り人は化け物の腕の中 友人の恋が難儀すぎる話(短編) 油彩の箱庭(短編)

スラムから成り上がった弟に恋人になってくれと迫られています

匿名希望ショタ
BL
【エリート弟×自己肯定感の低い兄】 「恋人になって欲しい」 十七年前に才能があり国一番の学園へと行った弟がいる。 その弟の枷になるまいと自分の生活がどれだけ貧相なものだとしてもお金だけを送り続けていた凡人以下兄の俺。 そんな俺が立派になった弟に恋人になって欲しいと迫られる。だけど俺はスラムにずっといてこんな醜いし...

人気俳優と恋に落ちたら

山吹レイ
BL
 男性アイドルグループ『ムーンシュガー』のメンバーである冬木行理(ふゆき あんり)は、夜のクラブで人気俳優の柏原為純(かしわばら ためずみ)と出会う。  そこで為純からキスをされ、写真を撮られてしまった。  翌日、写真はネットニュースに取り上げられ、為純もなぜか交際を認める発言をしたことから、二人は付き合うふりをすることになり……。  完結しました。  ※誤字脱字の加筆修正が入る場合があります。

【完結】君が好きで彼も好き

SAI
BL
毎月15日と30日にはセックスをする、そんな契約から始まった泉との関係。ギブアンドテイクで続けられていた関係にストップをかけたのは泉と同じ職場の先輩、皐月さんだった。 2人に好きだと言われた楓は… ホスト2人攻め×普通受け ※ 予告なしに性描写が入ります。ご了承ください。 ※ 約10万字の作品になります。 ※ 完結を保証いたします。

処理中です...