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永い眠りから醒めて

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 花の香り。
 懐かしいような、どこか哀しいような、不思議な香り。ずっと前からこの香りを知っていた気もするけど、初めて嗅いだ気もする。
 夢うつつの気持ちのまま、セシリアは香りの発生源を無意識に探っていた。
 すると、間を開けずしてふわりと優しい感触が手先に触れた。

 閉ざされていた目蓋をゆるりと開けば、真白な花弁が目前にあった。
 香りの発生源はこの花だろう。セシリアがなんとも無しにその白い花を優しく撫でると、まるでそれに応えるようにその花の芳香が少しだけ強くなった、気がした。

(初めて見る花。それなりに植物には詳しいつもりだったけど、どんな系統の植物かも検討がつかないなんて……。)

 もっと近くで見てみないと、と身体を起こそうとしたとき、不意に関節の節々に痛みが走りセシリアは思わず小さな呻き声を上げていた。

 そしてその痛みが良い眠気覚ましになったのか、セシリアは半ば眠っていた意識から覚醒した。

「ここで寝ていたの……?ここは、一体?」

 見渡す限りの白い空間が広がっている。ちょっとしたダンスホール程もあろうかという広さのその部屋は、目に映る全てが白を基調とした調度品が品よく並んでいた。個人の部屋、というよりは会議室といった方が雰囲気は近いかもしれない。
 セシリアが眠っていたのは部屋の中央に堂々と置かれたベッドの上だった。セシリアの身体を取り囲むように、白い花が狭くは無いベッドの上に所狭しと並べれている。
 字義通り両手に花の状態になりながら、自らの身体に意識を向ければ見たこともないような繊細な意匠が施された白のワンピースを着ていた。ドレープの部分を手に取ってまじまじと見つめてみると、魔法陣にも似た刺繍が施されていることが見てとれた。その意匠の細かさや手触りからして並の品でないことは伺える。
 
 しかしどれだけ見つめてみても全く覚えのないものばかりだった。白い花も、この場所も、この衣装も、記憶の中に該当するような情報がない。
 そもそも、こうなる前の眠りに就く前のことさえうまく思い浮かばない。もしかしなくても私はまだ寝ぼけているのだろう。

 どうにかして思い出すきっかけが欲しくて、ほんの少しだけ痛みを訴える頭に手を添える。ふと指先が包帯のようなものに触れた。
 怪我でもしていただろうか、と記憶を辿ろうとしてみてもなんとなく薄霧がかかっているようでうまく物事が考えられない。
 セシリアは自らの名前でさえはっきりと認識できないような気怠さに包まれていた。

 それでも何か思い出さなくてはいけないことがあったような気がして、セシリアは落ち着かない気持ちになっていた。

 そんなだった、逡巡するセシリアの近くで唐突に声が響いた。
 
「まあ!眠り姫が目を覚ましてる!」

 驚いたセシリアが視線を向けるとそこには10歳児程の子供たちがいた。わらわらとどこからか姿を現した子供たちを見ているとなぜか懐かしい空気を感じた。それがなぜなのか分かりそうで分からない。

「本当だ!久しぶりのニンゲンだけどカンビョウできてたみたい!」

 中性的な雰囲気を纏った子供たちはセシリアを興味深く眺めている。言葉の節々にどこかカタゴトめいた雰囲気を纏っており、独特な様相を呈していた。

 元気に声をあげる子供たちとは対照的に、セシリアは驚きを隠せずに戸惑ったままでいた。
 何がどうなっているのか、とか、そもそもさっき部屋を見回したときはこの部屋には自分以外誰もいなかったはずじゃないか、とか、その‘眠り姫’や‘久しぶりのニンゲン’とはどういう意味か、とか聞きたいことはたくさんあったけど、ありすぎて言葉がまとまらなかった。

「えっと、あの、ここは一体?」

 なんとか端的に言葉を絞り出した結果、口からこぼれたのはさっきの独り言と同じような内容だった。
 どうやら様子を知っているらしいこの子供たちに話を聞くのが最善ということは、ぼやけた思考回路の中でも分かる。

「ここ?ここはニンゲンが言うところの魔王城だね!でももうその魔王はいないけど。」

 一番近くに立っていた少年(?)が楽しそうに笑いながら言った。

「魔王、城。」

 聞こえてきた単語を半ば無意識的に繰り返す。
 魔王城と聞いて脳裏に短い映像が流れた。世界樹のうろを抜けた先にあるそこ。おどろおどろしさに満ちていて呼吸さえも戸惑われた場所。黒紫の暗雲に覆われた毒々しい見た目の外見に、どの部屋も陰鬱な雰囲気が立ち込めるようだった調度品たち。
 セシリアの脳内に浮かぶ魔王城とはそんな風景ばかりだった。少なくともこの部屋のように花の芳香にあふれた部屋などは記憶に無かった。 

 戸惑うように呆けていれば、反対側からクスクスと笑う声が聞こえた。

「そう、貴女たちが浄化してくれたから私たちが住めるようになったの!眠り姫はうたた寝から覚めたばかりだから、きっと記憶が混乱しているのね?」

 揶揄されているのかただ単に例えているだけなのかは分からないが、この少女(?)は眠り姫という例えが気に入ったらしく花が綻ぶように笑い続けている。

「貴女、魔王を退治しにきた勇者様のお仲間としてこのお城に乗り込んできたのよ!その時は半分意識が薄れかかっていたのだけれど、みんな貴女たちの勇姿は覚えているわ!とっても格好良かったもの。」

「貴女たちは魔王のとっても強い部下たちも次々と倒していって、怪我も時折負っていたみたいだけど重傷は無い様子で、最後に魔王と対峙したのよ。」

 楽しそうに思い返しているのだろう彼らの言葉を聞いていると、少しずつだが記憶が戻ってくるのを感じた。

(そう、そうだった。私たち魔王を倒しに旅に出たんだ。--長い旅の果てに魔王城にたどり着いて、そこで……。)

 緩やかにけれど確実に、浮かび上がってきた記憶が彼らの言う”魔王と対峙した”ところでセシリアは息をのんだ。

「待って、私、魔王に最期お腹を貫かれて、死んだはずじゃ……?」


 思い返された最期の景色、それは自分がみんなを庇って魔王の一撃を受けたその一瞬だった。
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