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1章

7A-提案

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「ーーイバニーゼ様、アイバニーゼ様。」

 自分の名前を呼ぶ声にアイバニーゼがハッとする。
 声の主はローラント。

 どうも最近のアイバニーゼは様子がおかしい。特にズームー王国から帰ってきてからは、明らかに練習に身が入っていない。ピアノの演奏も不安定で、感情が籠っていない。
 以前のアイバニーゼならば、誰しもが圧倒される演奏を披露していたのだが。

 それもこれも全てはあの奏太とかいう男のせいだ。
 何やらズームー王国に向かう途中で国王とアイバニーゼを盗賊の輩から救ったとかで、最近場内でも彼らを持て囃す声が上がっているようだが、所詮は冒険者。我々音楽家、そして王族の方々と馴れ馴れしく関わっていい存在ではない。
 何よりアイバニーゼは明らかに奴から悪い影響を受けている。
 これ以上奴と関わらないよう、アイバニーゼには釘を刺さなければ……。

「アイバニーゼ様、最近演奏に身が入っていないようですね。」

「申し訳ございませんローラント隊長。善処致します。」

「あの奏太という男から何やら良からぬ影響を受けているのではありませんか?」

「ご心配には及びません。奏太様は私の命を救っていただいたお方です。そして奏太様は音楽家としても素晴らしい才能をお持ちです。そのような事は決して御座いません。」

 ローラントの追及に、アイバニーゼが凛とした態度で答える。
 それこそがローラントの言う悪い影響だとは微塵も感じていない様子に、ローラントの表情が曇る。

「ですが現にアイバニーゼ様はあの男と関わって以来、集中力を失っております。これは悪い影響と言わざるを得ません。」

「それは私の努力が至らないだけです。奏太様は関係ありません。」

 なおもあの男の肩を持つアイバニーゼに、ローラントは苛立ちが増す。

「いえ、アイバニーゼ様の演奏技術には何ら問題はありません。問題はあの男がアイバニーゼ様の集中を妨げている事です。
 このままでは音楽隊にも支障をきたしますので、以降あの男とは関わらないよう、ご配慮ーー」

「それは困ります!」

 アイバニーゼが「ガタッ」と音を立てて立ち上がると、周りの者達が騒然とアイバニーゼの方を向く。

「い、いえ……失礼致しました。」

 感情的な声を上げてしまった事にアイバニーゼは赤面し、席に座り直す。

 以前のアイバニーゼならば感情的に反抗するなどあり得なかった。ローラントの中で疑惑が確信へと変わる。

「ーーコホン。いずれにせよ、この様子ではアイバニーゼ様の為になりませんので、今後あの男と接触する事を禁じます。これは隊長命令です。よろしいですね?」

 ローラントから投げられた厳しい言葉に、アイバニーゼは蒼然とした表情を浮かべる。

「ーーそれと、律動君。」

「は、はい!」

 突然矛先を向けられた事に、律動の身が固まる。

「君も最近、何やら夜に城を抜け出し、街の宿に入り浸っているそうだが……。」

「そ、それは王国第一音楽隊の一員として、早く皆様の演奏技術に追い付く為、練習をしておりました。」

「熱心なのは結構だが、何やら聞いた話によると、シンバルではなく他の打楽器に熱を入れているようだね。」

「そ、それは……。」

 毎日奏太達の宿の防音室でドラムセットを叩いていたことを知られ、律動は返す言葉を失う。
 まさか奏太達が隊長に告げ口したのか。いや、奴等が隊長と関われる筈もない。
 とすれば音楽隊の誰かが、毎晩城を抜け出す自分の姿に気付き、宿番に聞いたのか……。

「律動君も、与えられた役割を全うし、音楽隊に支障が出るような行動は慎んで貰いたい。」

「も、申し訳ありません……隊長。」

 ーーまったくどいつもこいつも、私の言うことを聞かない。それもこれも全てはあの男のせいだ。
 どうやら真剣に手を回す必要があるようだ。使いの者を回して、奴の動向を探るとしよう。
 そして、奴をこれ以上アイバニーゼに接近させてはならない。でなければーー

 ローラントは音楽隊に背を向け、不穏な表情を浮かべたーー

 ーー音楽隊の練習が終わった後、アイバニーゼは暗い表情のまま自分の部屋へと戻った。
 
 (まさか隊長から奏太様に近付くことを禁じられてしまうなんて……。これから一体どうすれば……。)

 今の奏太はアイバニーゼにとって最早アイドル。そのアイドルに近付く事を禁じられるのは、教徒が神への信仰を絶たれるに等しかった。

 なんとか奏太に近付く方法はないかと、アイバニーゼは思考を張り巡らせた。

 (ーーそうですわ! 私からお近づきになる事が出来ないなら……。)

 アイバニーゼが明るい表情を取り戻し、何やら企む。

 (そうと決まればすぐお父様に進言致しましょう!)

 アイバニーゼが急いで部屋を出ると、国王の寝室へと早足で向かったーー


 ーーアイバニーゼが国王の部屋の前に辿り着くと、「コンコン」とドアをノックする。

「ーー入れ。」

 中から国王が入室を促す声がし、アイバニーゼが中に入る。

「お父様、夜分遅くに申し訳御座いません。」

「おお、アイバニーゼか! 余は構わぬぞ! 今宵は父と一緒に寝たいのか!?」

「いえ、そうではありません。」

「そ、そうか……。」

 娘が来た事に国王が有頂天になりながら尋ねるが、アイバニーゼからすぐに否定が入り落胆する。

「実は奏太様達へのお礼の件で、お父様に進言したいことが御座います。」

「おお、彼等の件か。余も何が良いか考えておったところだ。」

「でしたら、ピッタリの案が御座いますーー」

 アイバニーゼの提案に、国王がフムフムと聞き入る。

「ーーなるほど。余は構わぬが、アイバニーゼはそれで良いのか?」

「これが奏太様達へのお礼として最も相応しく、私自信望む事です。」

「そうか。では直ぐに使いを回して返礼の準備を致すとしよう。後の段取りや手回しに関しても、余が良いように致そう。」

「有難うございます、お父様。」

「何、娘の頼みとあらば安いものだ。ところでやはり今宵は父と共に寝てはーー」

「おやすみなさいませ、お父様。」

 自らの進言が聞き入れられた事に満足すると、アイバニーゼは早々と自分の部屋に戻っていったーー


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