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1章

5サビ-お姫様

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――2日目の会談を終え、アイバニーゼが一人でズームー城から出てくる。
 側近からは場内で大人しくしているように諭されたものの、思春期真っ盛りのお年頃。どうしても奏太の事が気になり、お忍びで抜け出してきてしまった。
 今まで城の中で育てられ、周りの者に促されるままピアノを学び、王国第一音楽隊のメンバーとして期待され、周囲が敷くレールの上を何不自由なく歩んできた。
 そんな中で初めて耳にした独創的な音楽と、それを奏でる奏太の姿が、乙女の心に火を点けてしまった。

 今までの自分は一体どれだけ狭い世界を生きてきたのだろうか――。

 それに比べて奏太の奏でる楽器の音と歌声は、まるで大空を羽ばたく鳥のように、アイバニーゼの目に映った。
 そしてあの野性的で荒々しいギターの音色は、周囲に従ってお利口に生きてきた自分を、何かイケナイ世界に導くような、ドキドキと興奮にも似た感情を抱かせる。
 もっと奏太達のロックンロールが聴きたい。
 奏太達の奏でる自由な音楽に触れたい。
 そんな思いが、アイバニーゼを一人城外へと飛び出させた――。


「――奏太様達は何処にいらっしゃるのでしょうか……。」

 キョロキョロと辺りを見回しながらアイバニーゼが街を歩く。
 全く当ては無かったが、きっと会えるに違いないという、年頃の少女特有の無根拠な自信に、アイバニーゼは突き動かされていた。
 だが不思議なもので、好奇心溢れる少女の嗅覚は、時として理屈を超え、想い人の居場所を手繰り寄せる。
 想いの強さが為せる業であろうか。
 奏太達のいる広場へと、アイバニーゼは誰の案内もなく一人で辿り着いた。

 広場では丁度、奏太達が最初の演奏を披露している所だった。


「あっ! あそこにいるのは奏太様! 昨日私を助けてくださった時の曲を演奏されていらっしゃるのですね!
 何度聴いても素晴らしい歌です……。」

 アイバニーゼはウットリした表情で、広場の木陰から奏太を眺める。
 しかし、喜ぶアイバニーゼとは裏腹に獣人達の反応は悪く、数人は曲の途中で去ってしまった。


「奏太様達の演奏を最後まで聴かないだなんて、考えられません……!あんなに素晴らしい音楽ですのに!」

 獣人の反応に、アイバニーゼは奏太達以上に憤る。
 程なくして演奏が終わり、アイバニーゼが控えめながら素早い拍手で盛大な賛辞を送るが、やはり獣人達の反応は冷たい。


「ああっ……! そんなに落ち込まないでくださいませ奏太様!
 愚かな獣人達には理解出来ずとも、奏太様には私という信奉者がおります故っ!」

 アイバニーゼが最早奏太達の熱狂的な追っかけそのものの反応を見せる。
 女性ファンによるロックバンドの追っかけは、信者とよく比喩されるように、得てして狂信的になりやすい。
 なにはともあれ、奏太達は自分達の知らない所で、女性の追っかけ第1号を獲得することとなった。


「あら……? 奏太様達があちらの集団の方へ向かわれてしまいました……。ああん! 周りの者達でよく見えません! 
 私も奏太様のお側に……!」

 アイバニーゼがまるでストーカーのように、木陰を移動しながら奏太の元へと近付く。


「いました! あら? あそこで奏太様とお話されているのは、奏太様と同じ異世界からいらした……、確か隆司様と仰る方では……。」

 流石は国王の娘。召喚者の事は把握しているようだ。

「確か隆司様は行商人になられたと伺っておりましたが、こんな所で何をしてらっしゃるのでしょうか?」

 隆司を見ていると、何やら不思議な道具でドラムの音を奏でている。


「まあ! あの方も演奏をなさるのですか! やはりミューサ神様が選ばれた方々は皆秀でた才能をお持ちなのですね!
 どうやら奏太様達も既にお知り合いのようですね……。流石は奏太様です! 才能を持つ者同士は惹かれ合うのですね! 私ももっと奏太様とお近付きになりたいです……!」

 奏太と隆司のやり取りを見ながら、アイバニーゼがモゾモゾと羨ましそうに身をよじる。


「どうやらご一緒に演奏されるようですね……。ああっ……今度はどのような素晴らしい音楽をお聴かせ頂けるのでしょうか……!」

 奏太達が演奏の準備を完了する後ろで、アイバニーゼが固唾を飲んでそれを見守る――。



 ――演奏のスタートを見計らいながら、奏太達が顔を見合わせる。そろそろこの感じにも慣れてきたが、今日はいつもと違い、新たなメンバーが加わっている。
 隆司も無言の笑顔で3人に頷いて応える。


「ヘイオーディエンス! また俺のプレイをエンジョイしに集まってくれて皆センキュー!
 次は俺の同郷の若者達も混ざって演奏してくれるぜ!さっきとはまた違ったノリを楽しんでくれチェケラ!」

 流石はDJ。隆司が慣れた口調で場を盛り上げると、観衆が「ワアーッ」と沸き上がる。
 程よく場の空気を温めた所で、隆司が「ワン、ツー、スリー、フォー!」という掛け声と共にハイハットのカウントを入れる。
 奏太達がそれにピタリと呼吸を合わせて演奏を開始した――


 ――揺れるリズムに金重のキャッチーなギターリフが鳴る。
 決してテンポは速くないが、隆司が奏でるノリの良いバスドラムの4つ打ちに、響子のうねるようなベースが重なって、場に心地良いグルーヴを生み出し、観衆の体が自然と揺れる。

 掴みはOK。やはりリズム隊が揃うと、曲のノリも演奏のしやすさも大きく変わる。
 奏太達も体全体でバンドのグルーヴを感じながら演奏に入り込む。

 場面はすぐにAメロへと移り、奏太のボーカルが加わる。
 裏声の甲高い声で、奏太が繊細に歌い上げる。
 先程3人で演奏した時の反応とは全く事なり、奏太が歌い始めると、観衆から「ヒュー!」という歓声が飛ぶ。
 早速アクロバティックに踊り始める獣人も現れた。

 サビに入ると奏太はギターから手を離し、歌いながら足を広げ、右手人差し指を空に突き指し、左手の拳を握る例のポーズをキメた。
 響子と金重もコーラスで混ざる。
 金重の方は明らかにグッ◯祐三バージョンだが。


「さっきの曲とは全然違うクマ! 音楽に合わせて体が勝手に動くクマ!」

「こんなに楽しい曲を隠し持っていたのなら早く言うんだゾウ!」

 先程奏太達の演奏を酷評した獣人達もノリノリで踊っている。
 気が付けば周りにいた他の獣人達も集まり、広場一体がディスコクラブと化した――。

 2番のサビで奏太がもう一度例のポーズを取ると、観客達も奏太を真似して指を突き出す。


「最高にフィーバーだぜYeah!」

 隆司もノリノリで手を挙げる。


「OK! 若者達! 演奏を録り終えたから、そのまま蓄音箱でエンドレスループいくぜカモン!」

 隆司のDJによる自動演奏に移ると、3人は音楽に合わせて体の向きを左右小刻みにチェンジしながらポーズをキメた。
 観衆も奏太達に合わせてポーズを取る。

 そしてそのまま奏太達は楽器を地面に置いて、獣人達の踊りに加わった――。


「やったな!大成功だ!」

「すっごく楽しいです~!」

「また猫耳娘と踊り明かすでござる~!」


 日が沈んでも踊りは続き、奏太達と獣人達によるサタデー・ナ◯ト・フィーバーがここに生まれた――。

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