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余談

26・神の復讐(前編)

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『お前、神界から追放な』

 あの時。
 イーディスは神を降ろされ、人間界に堕とされてしまった。

 完全な策略であった。
 イーディスの力に嫉妬した神々が徒党を組み、彼女を神界から追放しようとしていたのだ。
 いくら力を持っていたとしても、イーディスは神々のそんな裏側の動きを察知するのが、あまりにも苦手であった。

 結果、人間界に堕とされたイーディスであったが、それでも前向きに考えていた。

「人間界でも楽しくやっていけばいいや」

 と。

 しかしその考えは裏切られることになる。
 どうやら人間界では獣人族が虐げられていることを、堕とされてそう日も浅いうちに分かった。

『獣人族だ! 汚らわしい!』
『どっかに行け! お前がいるだけで、目が腐る!』
『獣人族の分際で、大通りを歩くんじゃねえよ!』

 石も投げられた。
 イーディスは訳も分からず、逃げ惑った。

 だが、結局悪い人間に捕まってしまい、イーディスは奴隷になってしまったのだ。

 奴隷になってからも酷かった。
 どうやら、人間の奴隷にはまだ三食の食事が用意されていたり、ある程度の身分は保障されるらしい。
 奴隷法というものでそう決められているのだ。
 しかし獣人族には奴隷法が適用されなかったのだ。

『全く。タダ飯くらいやがって。さっさと変態の貴族が来て、お前なんか売られてしまえばいいのに!』

 奴隷商人からも暴力を受けた。

 タダ飯くらう……といっても、まともな食事なんかに一度もありつけたことがない。
 良い時はパンと水だけ。
 悪い時は三日間なにも食べさせてもらえなかった。

 人間界に堕とされてしまった時点で、イーディスは他の者と同じようにお腹も減るし、限界が超えたら肉体は死んで魂も消滅してしまう。

 四六時中、四肢を鎖で繋がれた。
 どうやら奴隷商人はストレスが溜まるらしい。
 うだつの上がらない奴隷商人で、儲からなかったということも一因するのだろう。

 なのでイーディスはこれでもかというくらい、奴隷商人にストレス発散のために虐げられた。
 顔を殴ったら性奴隷として売り物にならなくなってしまうので、お腹や背中を中心に殴られた。
 爪をはがされたこともある。

 その過程で、徐々にイーディスは心を失っていった。

「ああ——早く消えたい」

 そんなイーディスにも友達がいた。
 奴隷部屋に一緒に鎖で繋がれた、獣人族の女の子だ。

「一緒に頑張ろうね」

 もう一人の獣人族は希望を失っていなかった。

 どうやら彼女の名前は『フラン』と言うらしい。
 両親が死んで、この奴隷商人に引き取られることになってしまったということだ。
 消えたい消えたい……と呟くイーディスに対して、何度も励ましてくれた。

 しかしそんな日々も長くは続かなかった。

「獣人族を二人も抱えていちゃ、食費もバカにならねえ! ちょっとこっちに来な」

 その時の奴隷商人、なにか嫌なことがあって相当腹が立っていたみたいだ。
 最初はイーディスとフラン。両方とも呼ばれているようだった。

 だが。

「イーディスはダメ! わたし一人で行くからっ」

 とフランはイーディスをかばってくれた。

 一瞬奴隷商人は驚いたような表情。
 すぐに嫌らしい顔になって、

「そうか。じゃあお前が二人分、ちょっとお仕置きを受けることになるかもしれないが、良いよな?」

 フランはその言葉を聞いて、震えていた。
 ここからいなくなったら、どういう目に遭わされるかも分からない。

 だが、フランはイーディスに対して気丈に振る舞い、

「行ってくるね! ここに戻ったら、またお話いっぱいしようねっ」

 奴隷部屋から出て行ってしまった。

 いっぱいお話?
 わたしは一言も喋っていないのに。

 だけど最後まで希望を失っていない彼女は、イーディスにとって眩しかった。
 憧れていたのかもしれない。
 好いていたのかもしれない。
 ここにフランが戻ってきたら、今度はわたしが励ます番だ。
 とイーディスは失っていた心を、少しだけ取り戻した。


 ……しかしフランは戻ってこなかった。


「ああ? あの獣人族か? あれなら少しオレと後、地獄にいるお父さんとお母さんのところに行ってもらったよ」


 一瞬、奴隷商人がなにを言っているか分からなかった。
 しばらくして、言葉の意味が分かりイーディスの心が決壊する。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い——!


 人間どもの全てが憎い!

「うわっ! なんだこの光は……!」

 瞬間、イーディスの体が眩いばかりの光で包まれた。
 それは最後に一つまみだけ残っていた、神の力なのかもしれない。

 気付いたら、イーディスは奴隷商人の館の外にいた。

「憎い憎い憎い……」

 そう呟きながら、イーディスは王都を彷徨い歩いた。

 でもここ一週間なにも食べていない。
 あいつに復讐したい。

 しかし今のイーディスは他人にたった一つのスキルを与える力しか、残されていなかった。

 路地に入り込み、イーディスは目を瞑った。

「フランのところに行けるかな……」

 そんな時であった。


「おい、大丈夫か」


 男が声をかけてきたのだ。
 最初、この男も自分をイジめるのかと身構えた。

 だが、どうやらそうではないらしい。
 男はイーディスにポーションをやり、彼女は少しだけ力を取り戻した。

「復讐するだけの力が欲しい」

 話を聞いていくと、彼の名前はアルフというらしくて、イーディスと同じく復讐する力が欲しかった。
 この時、イーディスは直感で思った。

 ああ、この人なら——わたしの力を授けてもいいかもしれない。

 心に巣くうはどす黒い感情。

  ——スキル【みんな俺より弱くなる】を習得しました。

 今まで人間には渡したことのないスキル。
 こんなもの渡してしまえば、力のバランスが狂い、人間界がメチャクチャになると思ったから。
 だけどイーディスは彼に全てを託した。


 アルフは素晴らしい男であった。
 アルフは自分を虐げてきた男に復讐を果たしてなお「こんなものじゃ、まだまだ足りない」と言っていた。

 そうだ。
 こんなものじゃまだ足りない。
 あの勇者と名乗る男をボコボコにしていたが、もっともっと底辺に堕とさなければ。

 イーディスの心はアルフとリンクしていた。

「さて、イーディス。取りあえず王都から離れようか」

 馬車を見つけ、アルフがそう言った。
 そこでイーディスはアルフの服の裾をつかみ、

「待って」
「ん? どうしたんだ?」
「…………」
「そうか。お前も復讐したいんだよな」

 イーディスの目を見るだけで、アルフは全てを悟ってくれた。
 そしてわしゃわしゃと頭を撫でられると、なんだかとっても幸せな気持ちになるのだ。

「教えてくれ。お前は誰に復讐したい?」

 アルフの口がニイと笑った。
 イーディスは奴隷商人のこと、友達のことアルフのことを全てぶちまけた。

「おいおい、泣くなよ」

 どうやら話しながら、自分は泣いてしまっていたらしい。
 そんなイーディスをアルフは優しく撫でてくれた。
 アルフに撫でられると、イーディスの冷たくなった心が溶けていくようであった。

「心配するな」

 アルフは奴隷商館がある方角を見ながら、愉快そうに続ける。

「お前の復讐。俺が一緒にやってやるよ」

 そうしてイーディス達は奴隷商館へと向かった。
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