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KAZU:五日目~六日目

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 俺の想定以上に筆が進み、伝えたいことを書ききった時にはまだ二時間しか経っていなかった。したためた小説は俺に好きな人がいるということを主軸に据えた物語になった。俺が心春のことをどれだけ想っているかという傍目から見るとただただ恥ずかしいだけの物語。そして、今日HARUと会ったことでそれを更に強く認識することができたというストーリー。自伝……エッセイに近いだろうか。ほぼ自分の言葉だっただけにいつもの小説よりも早く仕上がったのかもしれない。もちろんHARUを傷つけたいわけではないので、二十年経ったHARUも素敵だったと書いた。全てが嘘というわけでは無いが、HARUから聞いた想いには全く応えることができないと伝えるには十分すぎると思える短編小説になっていたと思う。ただ、一つ明らかな嘘を書いた。

 それは、HARUが過去に告白を断って後悔しているということ。実際に後悔しているかどうかは分からない。それでも保留にしていると言っていたからにはこの小説を読んでいる過去のHARUは何か心に引っかかるものがあったはず。その後押しにでもなればと思い、心を押し殺して虚飾を張った。
 HARUにメッセージを送り、現在閲覧中の読者が一つカウントされたことを確認して俺は台所に飲み物を取りに向かった。母さんは丁度帰宅した父さんとリビングで晩酌をしていたが、俺はそれを傍目に麦茶で意を満たした。夫婦の仲が良いのは大切だ。もし俺が過去に干渉していなければ、二十年に渡り武智家にもこのような団らんがあったはずなのだ。
 俺はそれを元の姿に戻そうとしただけ。俺の存在と影響を限りなくゼロにしようとしただけ。HARUの人生に俺はいない方が良い。
 喉を潤して部屋に戻り、二時間近くの時間が経った。書き上げるのに二時間かかったと言っても読むのにはそんなに時間はかからない。せいぜい十分もあれば読み切れる。事実、閲覧中の読者のカウントは無くなっている。読み終わった証拠だ。しかしHARUからの感想もメッセージも何一つ届かない。思っていたとおり愛想をつかせて俺とはもう話もしたくなくなったのだろう。それがいい。それでないといけない。俺のせいで、俺の行動で過去を変えて誰かが居なくなるなんてあってはならない。だからこれでいい。

 もうすぐ十二時をまわる――。俺はパソコンの時計を見ながら少しぼーっとしていた。すると、パソコンがビープ音を上げて最近毎日発生するブルースクリーン状態になる。最近……毎日……まさか……? 俺の部屋には時計が無いので携帯で時間を確認しようとするが、携帯の電源もつかない。いつもと同じならパソコンも五分くらい待てば元に戻る。そこで一度確かめてみればいい。
 深夜十二時のこのタイミングに過去が変わるのかということを――
 デスクチェアーに深く腰掛けてパソコン画面をじっと見つめる。真っ青な表示が早く戻らないかと待つ。それから大体五分ほどだろうか。パソコンの画面が正常に表示される。時計では一分も経っていない。やはりこの現象がおかしかったんだ。携帯を取り出すと、こちらも正常に起動する。俺は祈るようにしてゆっくりと連絡先一覧を確認した。

 武智心春――。そこには間違いなく俺の幼馴染の女の子の名前が存在していた。
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