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クラスメイト 花岡 二宮
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やはり……。生田先生は一筋縄ではいかない。これは時間がかかりそうだと思っていると、私の頭の上から中を覗き込んでいた真紀が小声で私に告げた。
「うわー。めんどくさー」
「私たちも先生を怒らせたらああなるんだろうね」
「絶対怒らせたくない。怖いっていうかめんどくさい」
真紀の素直な感想には同意だった。解決できるまで根掘り葉掘り聞かれて対策を練る所まで話をすることになると思うと面倒でたまらない。中にいる花岡さんたちも同じ感想なのかは分からないけれど、花岡さんはポカンとした顔で困っている様子に見えた。そんなことまで考えないといけないとは思っていなかったのだろう。他人事ではあるけれど少し不憫に思う。だからといって何もせずに終わることができるというほど甘くはないみたいで生田先生は追い打ちをかけるかのように質問を投げかけていた。
「私も初めから二人の会話を聞いていたわけではないので詳しくは分かりませんが、花岡さんは二宮さんに対して何か腹が立つことがあったのでしょう。まずはそのことについて聞かせてくれませんか?」
具体的な質問。何か話さないといけないと覚悟して来ていたわけではなくても、こうして少しずつ聞かれれば答えやすいのかもしれない。花岡さんは元々真面目な性格のようだし、先生にそう言われて突っぱねるということはしないようだった。少し考えた後、途切れ途切れな言い方ではあったがしっかりと答え始めた。
「二宮が言うこと聞いてくれないっていうか、みんなと考え方が違うっていうか……。ともかくバレー部のみんなと同じようにしてくれないから怒ってたんですよ。みんな我慢して合わせてるのに、一人だけ空気読まないっていうか……。私は違いますって態度で合わせようとしなくて……。部活のときにみんなが二宮のことどうにかしろって私に言ってくるし、私が何回言っても二宮はみんなと同じようにしてくれないし。それで……」
花岡さんの話では二宮さんが具体的に何をしたとか何をしなかったとか、そういった話は出てこなかった。二宮さんが空気を読んで他の人に合わせられないというのは分かったけれど、他に私が理解できたことはなかった。それより私は、花岡さんが何度も何度も繰り返すかのように口にした『みんな』という言葉が気になった。まるで頭に強く刷り込まれているかのように何度も繰り返しているように思えた。そんなにみんなというのが大切なのだろうか。それとも単なる口癖なのか……。
「同じ考え、同じ行動、みんなに合わせる……。バレーは団体競技ですし協調性は大事なのでしょう。しかし、協調性とは必ずしも同じことをしなければならないというわけではありません。今の話を聞いていると、二宮さんが何をしたのかは分かりませんが花岡さんが周りと同じであることに対して強く縛られているように思えます」
花岡さんは生田先生の言葉に対して、言いたいことを我慢するように下唇を噛みしめていた。しかし生田先生は構うことなく言葉を続ける。いつものように淡々と――
「ストレス――という言葉は日頃からよく耳にする言葉だと思いますが、元は物理学用語で圧力を加えることを指します。生物学では環境ストレスという言葉として使われることもあります。光や気温、接触や圧力など、環境からの負荷ですね。少しだけ生物の環境ストレスへの耐性についてお話させてください」
生田先生はそう言うといつもの小さなホワイトボードを机に出した。私の位置からは何が書かれているかは見えないけれど、環境ストレスと生物の図なのだろう。
「生物の種によって環境ストレスにどれだけ対応できるかという許容量というのが存在します。極端な話、突然世界中が砂漠になって気温が五十度になったとして、ほとんどの生物は暑さという環境ストレスに耐えられずに死んでしまいます。しかし生物というものは種の多様性という仕組みを持っているため、五十度の砂漠でも問題なく生きることのできる種も存在するわけです」
生田先生以外の三人は真面目にホワイトボードを見ながら話を聞いている。実際の授業では誰もこんなに真面目に聞いたりしないのに、こうして少人数になるとちゃんと話を聞くのは少し不思議だ。
「これは地球に生命が誕生してから常に変わり続ける環境の中で何かしらの生物が生き残り続けるための仕組みです。いつか人間が滅びるような環境の変化、環境ストレスが生じたときも生物全体がいなくなるということはあり得ないでしょうね。それこそ地球が爆発でもしない限り。もう少し人間に寄せた細かな話をすると、黒色人種は他の人種に比べて直射日光に強く、皮膚がんや眼球の病気にかかりにくいなどと言われたりもしますね。これも特定の環境ストレスが存在する中で生き残ることができた多様性の結果とも言えます」
「うわー。めんどくさー」
「私たちも先生を怒らせたらああなるんだろうね」
「絶対怒らせたくない。怖いっていうかめんどくさい」
真紀の素直な感想には同意だった。解決できるまで根掘り葉掘り聞かれて対策を練る所まで話をすることになると思うと面倒でたまらない。中にいる花岡さんたちも同じ感想なのかは分からないけれど、花岡さんはポカンとした顔で困っている様子に見えた。そんなことまで考えないといけないとは思っていなかったのだろう。他人事ではあるけれど少し不憫に思う。だからといって何もせずに終わることができるというほど甘くはないみたいで生田先生は追い打ちをかけるかのように質問を投げかけていた。
「私も初めから二人の会話を聞いていたわけではないので詳しくは分かりませんが、花岡さんは二宮さんに対して何か腹が立つことがあったのでしょう。まずはそのことについて聞かせてくれませんか?」
具体的な質問。何か話さないといけないと覚悟して来ていたわけではなくても、こうして少しずつ聞かれれば答えやすいのかもしれない。花岡さんは元々真面目な性格のようだし、先生にそう言われて突っぱねるということはしないようだった。少し考えた後、途切れ途切れな言い方ではあったがしっかりと答え始めた。
「二宮が言うこと聞いてくれないっていうか、みんなと考え方が違うっていうか……。ともかくバレー部のみんなと同じようにしてくれないから怒ってたんですよ。みんな我慢して合わせてるのに、一人だけ空気読まないっていうか……。私は違いますって態度で合わせようとしなくて……。部活のときにみんなが二宮のことどうにかしろって私に言ってくるし、私が何回言っても二宮はみんなと同じようにしてくれないし。それで……」
花岡さんの話では二宮さんが具体的に何をしたとか何をしなかったとか、そういった話は出てこなかった。二宮さんが空気を読んで他の人に合わせられないというのは分かったけれど、他に私が理解できたことはなかった。それより私は、花岡さんが何度も何度も繰り返すかのように口にした『みんな』という言葉が気になった。まるで頭に強く刷り込まれているかのように何度も繰り返しているように思えた。そんなにみんなというのが大切なのだろうか。それとも単なる口癖なのか……。
「同じ考え、同じ行動、みんなに合わせる……。バレーは団体競技ですし協調性は大事なのでしょう。しかし、協調性とは必ずしも同じことをしなければならないというわけではありません。今の話を聞いていると、二宮さんが何をしたのかは分かりませんが花岡さんが周りと同じであることに対して強く縛られているように思えます」
花岡さんは生田先生の言葉に対して、言いたいことを我慢するように下唇を噛みしめていた。しかし生田先生は構うことなく言葉を続ける。いつものように淡々と――
「ストレス――という言葉は日頃からよく耳にする言葉だと思いますが、元は物理学用語で圧力を加えることを指します。生物学では環境ストレスという言葉として使われることもあります。光や気温、接触や圧力など、環境からの負荷ですね。少しだけ生物の環境ストレスへの耐性についてお話させてください」
生田先生はそう言うといつもの小さなホワイトボードを机に出した。私の位置からは何が書かれているかは見えないけれど、環境ストレスと生物の図なのだろう。
「生物の種によって環境ストレスにどれだけ対応できるかという許容量というのが存在します。極端な話、突然世界中が砂漠になって気温が五十度になったとして、ほとんどの生物は暑さという環境ストレスに耐えられずに死んでしまいます。しかし生物というものは種の多様性という仕組みを持っているため、五十度の砂漠でも問題なく生きることのできる種も存在するわけです」
生田先生以外の三人は真面目にホワイトボードを見ながら話を聞いている。実際の授業では誰もこんなに真面目に聞いたりしないのに、こうして少人数になるとちゃんと話を聞くのは少し不思議だ。
「これは地球に生命が誕生してから常に変わり続ける環境の中で何かしらの生物が生き残り続けるための仕組みです。いつか人間が滅びるような環境の変化、環境ストレスが生じたときも生物全体がいなくなるということはあり得ないでしょうね。それこそ地球が爆発でもしない限り。もう少し人間に寄せた細かな話をすると、黒色人種は他の人種に比べて直射日光に強く、皮膚がんや眼球の病気にかかりにくいなどと言われたりもしますね。これも特定の環境ストレスが存在する中で生き残ることができた多様性の結果とも言えます」
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