春風のインドール

色部耀

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同級生 上野真紀

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「共感しすぎって……もしかして高木先生も私と同じような経験してたんですか?」

 座高の高さの違いで覗き込むような形になる真紀さんは、そう言って高木先生に聞いた。高木先生が睡眠不足になってしまうような悩み。共感によってそのような状態になったのだとしたら真紀さんも同じように眠れないほどの悩みを抱えていたのかもしれない。

「まあ……そうだね。格好悪いから言わなかったんだけど、俺も真紀さんと同じように優秀な兄弟と比べられて親とか先生からきつく言われてたことがあってね」

 私は高木先生のその言葉でピンときた。亜紀の方が身長もちょっと高いし成績も良いし可愛いから――。先程真紀さんと出会ってすぐに言われた言葉。あの一言の中に十分すぎるほどのコンプレックスが込められていたことに――。私の知っている情報はあまりないが、双子の姉の亜紀はクラスの中心的人物の一人だし、学級委員長までかって出ている。優秀という言葉が似合う人だと思う。

「真紀さんは部活でも比べられてたと言っていたけど、俺も同じで小さい頃から一つ年上の兄とよく比べられてたんだ。生徒会長でサッカー部のエース。今は東京大学で大学院にまで進んでる。そんな兄とね。近所でも兄のことを知らない人はいないんじゃないかってくらい有名で……。小学校のころから高校卒業するまでずっと兄と比べられて出来損ないと言われていたのを思い出したんだ」

 生田先生にではなく、真紀さんに語り掛けるようにして高木先生は話す。一人っ子の私は兄弟と比較されるなんていう経験もなく、その辛さに心から共感することはできなかった。しかし真紀さんは何度も頭を縦に振って目を潤ませていた。逆転移……話を聞いている側が共感しすぎてしまう現象。今もその現象が起こっているように思った。高木先生はそこまで話をしたところで生田先生の方を向いた。

「兄と比べて俺に期待しては勝手に失望してた教師、部活の顧問、俺にとって忘れられないトラウマのような言葉をかけてきた人たちが俺たちの成人式の日に来て誰一人として俺のことを覚えていなかったんです。俺が教師を目指しているのもそのことが理由の一つでもあります。ちゃんと生徒を一人の人間として見てやれる教師になりたい。生徒にそんな辛い思いをさせたくない。そう思って教師を目指しているんです」

 そう言った高木先生も真紀さんと同じように目を潤ませていた。期待しては勝手に失望する……その言葉が私には刺さる。誰かと比べられてというわけではないけれど、私もそういったことは身近で経験している。特に両親が互いにそのようなことで喧嘩をしている場面を何度も見ている。他人への期待は時としてただ互いを傷つけるだけなんだと高木先生の話を聞いて深く感じ取った。

「高木先生。そのように生徒ひとりひとりと正面からぶつかることは簡単なことではありませんよ。現に一人の生徒とこうして親身になって話をするだけで疲労してしまうほどです」

「それでも俺はしっかり生徒を見たいんです。今よりもっと強くなります。一人でも多くの生徒のことをちゃんと見ていけるように」

 高木先生の目は力強く、昼休みに見た疲れた様子は全くなかった。隣で真紀さんは涙を袖で拭きながら声を殺して泣いている。こうして真剣に自分のことを考えてくれる先生が初めてなのだろうか。信用できる大人が初めてだったのだろうか。その姿を見ていると私ももらい泣きしてしまいそうで、ついつい視線を逸らしてしまう。

「高木先生。人は一人でそんなに強くなることはできません。ですから疲れたときにしっかり休めるようになりましょう。息抜きできる瞬間、ストレスを吐き出せる場所そんなものが必要です。ところで、生物用語で同化というのはご存知ですか?」

 生田先生はそう言うと先月私に見せてくれた小さなホワイトボードを取り出す。四人全員から見える位置に立てかけると、同化と書いた。高木先生もはっきりとは答えられないようで、分からない旨を伝えていた。同化――。確か昼休みに生田先生が言っていた。栄養を自分の体にすることだったか。

「細川さん。昼休みに話したことを覚えていますか?」
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