春風のインドール

色部耀

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幼馴染 浅野智子

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「細川さん。着きましたよ」

 私は生田先生の呼び声で目を覚ました。移動時間はせいぜい二十分程度だったはずなのについ眠ってしまっていた。

「寝不足なのですか?」

「最近ちゃんと寝られてなくて」

「睡眠は大事です。体や脳など全身の免疫力に関わってきますからね」

 てっきり夜更かしするなとか寝不足になるほど夜に何をしているのかといった説教があると思っていたが、生田先生はそれだけ言って他には何も言わなかった。説教臭い先生ではないのだろうとは思っていたけれど、このひと言だけで不思議と安心することができた。もし夜眠れない理由を聞かれていたとしても上手く答えられなかっただろうから、本当に深く追求してこられなくて良かったと思う。今は智子のことだけを考えていればいい。

 車から降りると、そこは近所のコインパーキングだった。徒歩二・三分だが智子の家からは少し離れている。

「智子の家は一軒家で駐車場もあったと思うんですけど」

「事前に許可を取っても良かったのですが、何か用事に使う予定だったものを無理に空けさせることになっていたかもしれませんし、こうしたちょっとした気遣いが大切だと思うのです」

 そういうものなのかな――と少し納得のいかない気持ちを持ちながらも私は先生の後ろをついて歩いた。

 智子の家に行くのは中学のとき以来なので約二か月ぶり。そのときも家の前に来ただけだったので、中に入るとなると小学生ぶりだろうか。小学六年生か五年生か。記憶が定かではないがそのくらいの頃。私が小学校に上がる頃に建てられた新しい家。庭はそんなにないけれど、玄関先にはいつも季節の花が植えられていた。専業主婦のお母さんがいつも家を綺麗にしていて、家に上がると好きなジュースを選ばせてくれた。智子はテレビゲームが好きで部屋にはたくさんのゲームがあり、小学校の頃はよく夕方まで一緒にゲームをしていた記憶がある。

 そんなことを思い出しながら歩いている内に智子の家に到着する。生田先生がインターホンを鳴らすと、聞き慣れた智子のお母さんの声。

「先程お電話させていただいた下山商業高校の生田と申します。急な訪問を受けていただきありがとうございます」

 生田先生がそう言って丁寧にお辞儀をすると、智子のお母さんも同じように頭を下げた。

「こちらこそご心配おかけしてすみません。どうぞ中にお入りください。……あれ? 卯月ちゃんも心配してきてくれたの?」

 智子のお母さんは生田先生の後ろにいた私を見て緊張がほぐれたのか、いつもの笑顔でそう言った。久しぶりということもあり、何の助けもしなかった後ろめたさもあって私も緊張していたのだが、その笑顔を見て少しだけ緊張が無くなった。

「はい。生田先生にお願いしてついて来ました」

「そう。ありがとね。何か飲む? 先生も何か飲み物召し上がりますか?」

「いえ、私は遠慮させていただきます。家庭訪問時には何もいただかないことにしていますので」

「そうですか。卯月ちゃんは何が良い?」

 そう聞かれて私は生田先生の顔を伺った。生田先生は私が飲み物を貰おうが断ろうがどちらでもいいみたいで、特に指示をするようなことはなかった。

「それじゃあ、智子と同じもので」

「うーん。じゃあオレンジジュース持って行ってもらおうかしらね。あ、先生はこちらへどうぞ」

 智子のお母さんはそう言って先生を客間に通す。私は一緒に台所に行くと二つのグラスにオレンジジュースを注いで貰い、お盆に乗せて渡される。

「ゆっくりして行って良いからね」

 私はそう言われてはいとだけ答えると、二階にある智子の部屋へと一人で向かった。緩やかにカーブを描きながら上がる階段。半吹き抜けのような構造で日の光が家中に満たされる。窓からはまだ青い空が見えるが、そろそろ夕方だし帰る頃には暗くなり始めているかもしれない。

 二階に上がって智子の部屋の扉をノックする。しかし中から返事はなく、私はおそるおそる扉を開けた。小学校のとき以来の智子の部屋だったが、昔から印象は変わらない。女の子らしい部屋という感じではなく、ゲームや少年漫画がたくさん置かれた部屋。その中で智子は私がいる扉側に背を向けて勉強机に向かっている。机の上にはパソコンのモニターとキーボード。足下にはデスクトップが置かれている。私の家にあるパソコンよりも高性能そうに見えた。智子は素早くキーボードを打ちながらヘッドホンで何かを聞いている。……だからノックの音が聞こえなかったのか。

「智子ー。遊びに来たよー」

 私が耳元でそう言うと、智子は驚いたように目を丸くしてヘッドホンを外した。その一連の動作で私は持ってきたオレンジジュースを溢しそうになるが、どうにか堪えて机の上に置いた。

「びっくりしたー。いきなりどうしたの?」
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