22 / 23
カーヤ・カルマン
しおりを挟む
俺はベータの声を聞いて忍術を中断させるとすぐさま駆け出す。するとそこには傷ついて倒れた猫と黒いフード付きのローブに身を包んだ男に捕まるベータの姿があった。
「誰だ! ベータを離せ!」
「おや、ベータ。新しいお友達ですか?」
ローブのせいで口元しか見えないが、全く表情が変わっていないであろうと思われる抑揚のない低い声。その男に問われたベータは答えるつもりもなく、ただ身を振って逃れようとしていた。
「あまり暴れられると面倒なのですよ。せっかく使い物になると分かったのですから大人しくしてください」
男はそう言うとベータの頭に手を沿える。するとベータは糸の切れた人形のようにぐったりと力を失った。
「お前! ベータに何をした!」
「眠ってもらっただけですよ。それでは私は用事も済んだことですし、後は鵺に任せて帰るとします。まあ、二百の鵺如きでは大した被害も与えられないでしょうけれど」
男はそう言ってゆっくりと歩き去ろうとする。目の前では鵺に苦戦する芽依。しかし、ベータをこのまま得体の知れない男に渡す訳にはいかない。そう思ったところで芽依が俺に向かって叫んだ。
「ここは私に任せて蓮は奴を追って!」
「でも!」
芽依一人に任せることに少なからず抵抗がある。今は傷一つなく鵺を押しているが、だからと言って必ずしも大丈夫というわけではない。
「こいつを倒したらすぐに追いつくわ! ……って、一度言ってみたかったのよ。だから任せなさいって。ヒーローは何者にも負けたりしないわ」
芽依の目は力強く、心の底から負けることなんて考えていない。
「……分かった。でも危ないと思ったらすぐに逃げてくれ!」
「それは、誰に言ってるのかしら?」
芽依はそう言うと鵺の前足を払って体勢を崩させると、横っ面に蹴りをおみまいした。
「ベータを早く!」
その言葉と共に俺は走りだす。強身の術はまだ切れていない。歩き去った男にはまだ追いつく。そうしてすぐ、芽依と鵺の戦闘が見えない程度に離れた場所で男に追いついた。
「しつこいですね。追ってきたところで鵺一匹に苦戦するような学生に私――カーヤ・カルマンは止められませんよ」
カーヤ・カルマンと名乗った男はフードを外して俺を見る。まるで死人のような顔。ベータを傍らに置くと、俺の方へと一歩歩み寄る。
「この妖は命の器として作ったのですが、いかんせん他の命を受け付けなくて失敗作だと思っていたのです。しかし最近猫又と感覚共有をしていることが分かったので迎えに来たのですよ。ついでに動くものを襲うことにしか能のない鵺に猫又を追わせる形で学校へけしかけたのですがね。誰かは分かりませんが、あなたにも感謝していますよ。ベータの成長を手伝ってくれて」
命の器……聞いただけで何か良からぬものだと直感する。しかし、今はそれより目の前の男をどうにかすることが先決だ。話しぶりからして倒すことはできないにしても隙をついてベータを連れて逃げるくらいはできるかもしれない。黒澤先生を吹き飛ばしたあの技なら人間サイズには十分効果があるはず。
そう思った俺は手をかざして一気にカーヤに命力をぶつける。
「おっと。大した力ですね。しかし私の質量に対しては少しばかり非力なようです」
カーヤはそう言うと手の平を合わせて一言唱えた。
「解法・葛解き」
するとカーヤの体を何重にも縛るような光の帯が現れては消滅する。その直後、カーヤの体がみるみる巨大化していく。肌は赤く、質感は岩のよう。身長は先程の鵺のように五メートルを超える。頭からは角が生え、まるでおとぎ話に出てくるような鬼のようだった。
「伝説の妖の一つ、鬼。それが私の体です。ではさようなら」
俺が身構えるより先にカーヤは大岩のような拳を振り下ろした。逃げるか? いや、間に合わない。防げるか? いや、耐えられない。あの日、線路に落ちた時のように時間がゆっくりと流れる。目の前に迫る拳は近付いてくる電車と同じく死以外の何物でもない。
「金遁・金剛盾の術」
しかしその拳は目の前に突如として現れた輝く大盾に衝突して寺の鐘を叩いたような音をあげる。術を唱えたのは若い男の声。こんな時に駆けつけて助けてくれるのは一人しか思い浮かばない。
「大和……」
そう言って振り返ると、真剣に鬼を見つめる彼が返事をする。
「古賀ではなくてすまないな。だが、彼に学校で事情を聞いて飛んできた。後で彼にも感謝の言葉を伝えておくと良い」
そこに立っていたのは大和ではなく、甲組に所属する男子生徒――北条颯真だった。
「なんで……」
なぜ大和に話を聞いて助けに来てくれたのか? 甲組の生徒は丙組の人間のことが嫌いなのではないのか? そんな疑問が浮かぶが命を助けられたのは間違いない。
「理由は今ので全てだ。俺は忍びの世界を守る、その為だけに生きている。忍びの世界を脅かすものは命を懸けても排除しなければならない」
北条はそう言いながらも何度も打ち付けられるカーヤの攻撃を金剛盾の術で防いでいた。
「奴は妖か? それとも……」
「おそらく抜け忍だ。さっき術で変身したのを見た」
「そうか。捕縛する余裕があれば捕縛。無理ならここで殺す。協力しろ」
「分かった」
北条は話が終わると盾の陰から飛び出した。
「木遁・剛身の術」
芽依にも劣らぬ速度で印を結んだ北条は芽依と同じ術を使ってカーヤの腕を蹴り飛ばす。しかしカーヤの体が強すぎるのか、少し軌道が逸れただけでダメージは見受けられない。
「火遁・激連火球の術!」
打撃は効果がないと判断したのか、すぐさま違う術を放つ北条。丙の術で出現するような火球がいくつも出現してカーヤの顔面に直撃する。しかしカーヤは少し息苦しそうにしただけで打撃による攻撃を続ける。北条は走り回って避けつつも次々に難度の高い忍術を放っていた。
「水遁・激流縛の術!」
「金遁・金剛手裏剣の術!」
「火遁・爆炎の術!」
激流による拘束をする術。空中に出現させた無数の手裏剣によって攻撃する術。小さな爆発を発生させる術。北条はカーヤの攻撃を避けながらも一方的に多彩な攻撃をするが、小さなダメージしか与えられていない。少しの拘束、小さな切り傷、少しの火傷。それも北条が攻撃の手を緩めれば時間と共に回復してしまう。もし相手が鵺ならばすでに倒してしまっていただろう。俺も得意だった火力重視の丙の術を放っているが、皮膚を少し焦がす程度にしかなっていない。初めての演習の時のような丙の術も使えないこともないが、北条を巻き込んでしまう可能性が高いうえにそれで倒せるとは限らない。
「やっぱり……やっぱり俺じゃ火力不足なのか……」
そうつぶやいたのは俺ではなく、盾の後ろに避難してきた北条だった。北条が避難してきたということはカーマも傷を癒しているということだろう。
「悔しいけれど、扱える命力子の少ない俺には無理なんだ。だから神崎……時間ならいくらでも稼いでみせる。攻撃ならいくらでも防いでみせる。使える限り最大の忍術をあいつに使ってくれないか。その時に俺を巻き込んでしまっても構わない。あの脅威の打倒は忍びの世界にとって俺たちの命よりも重い」
あの甲組の連中が一目を置き、大和も認める男。その北条颯真の攻撃が通用しない相手……。そんなやつに俺が今使える術で通用するのか……。いや、一つだけあるといえばある。まだまともに使えたことのない練習中の術が――
「三十秒……三十秒で一つ大技を使える」
「分かった。頼んだぞ」
北条はそう言うと金剛盾から飛び出して再びカーヤへと挑みかかった。
「所詮学生。その程度ですか。そろそろ動きも掴んできましたよ」
そう言ったカーヤの拳は遂に北条の体を捉えた。パチンコ玉のように飛んだ北条は巨木をなぎ倒して止まる。しかし、すぐさま立ち上がると果敢にもカーヤに突撃する。その間にも俺は集中して印を結んでいた。
三十も連なる印の連続。その一つ一つを丁寧にイメージしながら結んでいく。一つの印を結ぶのに一秒近くかかっている。しかしそれでも今までまともに成功したためしはない。発動しても不発や暴発、嘘のように小さい術として発動など。なにせこの術は集中して練習すれば半年で使えるようになる――そう教えてもらった忍術なのだ。まだ練習を始めて二か月……。正直言って自信はない。しかしそんなのは関係ない。使えないといけない。今使えないと意味がない!
あと少し。あと少しで術の発動ができる。その時だった。
「ようやく大人しくなりましたね」
そう言ったカーヤの足下にぐったりと北条が倒れる。約束の三十秒は経った。しかしまだ少し足りない。カーヤが俺の方を見て、もう終わりかと思った瞬間、俺の左右から人影が飛び出した。
「ヒーローは遅れて登場するものよ」
「土遁・飛び石の術! 合わせろ芽依!」
「任せて」
言を叫ぶ大和に答える芽依。大和が作った宙に浮かぶ石に芽依が足をつける。
「火遁・爆炎の術!」
大和の言とともに石が爆発し、タイミングを合わせて飛んだ芽依が砲弾のようにカーヤに向かう。そして顔面に前蹴りを放って尻もちをつかせる。芽依もその反動で元の位置にまで戻って来た。そして二人が稼いでくれた最後の時間で俺の印も結び終わり、イメージも固まる。暴発したって良い。ありったけの命力を込めて最後の言を唱える。成瀬先生が鵺を一瞬で消し去った忍術だ。俺が初めて見た忍術だ。
人を助けることができると教えてくれた忍術だ!
「火遁・獄炎柱の術!!」
叫ぶように唱えた術名。カーヤが倒れている位置が一瞬陽炎で揺らめく。そしてカーヤを中心に集まる空気が落ち葉を巻き込む。続いて引き起こされるのは天にまで届く獄炎の柱。獄炎の明かりで夕方にも関わらず、昼間にでもなったかのような明るさを取り戻す。
獄炎柱の術は強い引力を発生させているため、カーヤは中から出てこられない。そして俺が込めた命力量に応じて持続時間が伸びている。これでダメならもう……。
そして少しずる獄炎の柱が細くなっていく。術が完全に焼失した時、そこには真っ黒に焦げたカーヤの姿があった。成瀬先生が使った術の時とは違って消し炭にはなっていない。足りなかったか……。そう思ったが、カーヤは薄く口を開いて声を出した。
「この身が朽ちようとも……私はまだ死んだりはしない……」
そう言い残したところでカーヤは崩れ落ちて静かになった。
「た、倒したのか?」
俺の言葉を聞いた後、大和が確認するためカーヤに近寄って生死を確かめる。
「ああ、お疲れ様。流石蓮だ」
大和の言葉に安心した俺は、ふらつきながらもベータのもとに向かう。
「木遁・甲(きのえ)の術」
命力を活性化させる術……。体力回復や植物なら成長促進などに使える術。それをベータに使ってゆすり起こす。
「れ……ん……?」
「おはようベータ」
ベータは特に怪我をしていたということはなく目を覚ますと俺に抱き着いた。
「怖かった……怖かったよ……」
俺はそこでベータを抱きしめ返すと命力子を放出しすぎてしまったせいか、そこで意識を失ったのだった――
「誰だ! ベータを離せ!」
「おや、ベータ。新しいお友達ですか?」
ローブのせいで口元しか見えないが、全く表情が変わっていないであろうと思われる抑揚のない低い声。その男に問われたベータは答えるつもりもなく、ただ身を振って逃れようとしていた。
「あまり暴れられると面倒なのですよ。せっかく使い物になると分かったのですから大人しくしてください」
男はそう言うとベータの頭に手を沿える。するとベータは糸の切れた人形のようにぐったりと力を失った。
「お前! ベータに何をした!」
「眠ってもらっただけですよ。それでは私は用事も済んだことですし、後は鵺に任せて帰るとします。まあ、二百の鵺如きでは大した被害も与えられないでしょうけれど」
男はそう言ってゆっくりと歩き去ろうとする。目の前では鵺に苦戦する芽依。しかし、ベータをこのまま得体の知れない男に渡す訳にはいかない。そう思ったところで芽依が俺に向かって叫んだ。
「ここは私に任せて蓮は奴を追って!」
「でも!」
芽依一人に任せることに少なからず抵抗がある。今は傷一つなく鵺を押しているが、だからと言って必ずしも大丈夫というわけではない。
「こいつを倒したらすぐに追いつくわ! ……って、一度言ってみたかったのよ。だから任せなさいって。ヒーローは何者にも負けたりしないわ」
芽依の目は力強く、心の底から負けることなんて考えていない。
「……分かった。でも危ないと思ったらすぐに逃げてくれ!」
「それは、誰に言ってるのかしら?」
芽依はそう言うと鵺の前足を払って体勢を崩させると、横っ面に蹴りをおみまいした。
「ベータを早く!」
その言葉と共に俺は走りだす。強身の術はまだ切れていない。歩き去った男にはまだ追いつく。そうしてすぐ、芽依と鵺の戦闘が見えない程度に離れた場所で男に追いついた。
「しつこいですね。追ってきたところで鵺一匹に苦戦するような学生に私――カーヤ・カルマンは止められませんよ」
カーヤ・カルマンと名乗った男はフードを外して俺を見る。まるで死人のような顔。ベータを傍らに置くと、俺の方へと一歩歩み寄る。
「この妖は命の器として作ったのですが、いかんせん他の命を受け付けなくて失敗作だと思っていたのです。しかし最近猫又と感覚共有をしていることが分かったので迎えに来たのですよ。ついでに動くものを襲うことにしか能のない鵺に猫又を追わせる形で学校へけしかけたのですがね。誰かは分かりませんが、あなたにも感謝していますよ。ベータの成長を手伝ってくれて」
命の器……聞いただけで何か良からぬものだと直感する。しかし、今はそれより目の前の男をどうにかすることが先決だ。話しぶりからして倒すことはできないにしても隙をついてベータを連れて逃げるくらいはできるかもしれない。黒澤先生を吹き飛ばしたあの技なら人間サイズには十分効果があるはず。
そう思った俺は手をかざして一気にカーヤに命力をぶつける。
「おっと。大した力ですね。しかし私の質量に対しては少しばかり非力なようです」
カーヤはそう言うと手の平を合わせて一言唱えた。
「解法・葛解き」
するとカーヤの体を何重にも縛るような光の帯が現れては消滅する。その直後、カーヤの体がみるみる巨大化していく。肌は赤く、質感は岩のよう。身長は先程の鵺のように五メートルを超える。頭からは角が生え、まるでおとぎ話に出てくるような鬼のようだった。
「伝説の妖の一つ、鬼。それが私の体です。ではさようなら」
俺が身構えるより先にカーヤは大岩のような拳を振り下ろした。逃げるか? いや、間に合わない。防げるか? いや、耐えられない。あの日、線路に落ちた時のように時間がゆっくりと流れる。目の前に迫る拳は近付いてくる電車と同じく死以外の何物でもない。
「金遁・金剛盾の術」
しかしその拳は目の前に突如として現れた輝く大盾に衝突して寺の鐘を叩いたような音をあげる。術を唱えたのは若い男の声。こんな時に駆けつけて助けてくれるのは一人しか思い浮かばない。
「大和……」
そう言って振り返ると、真剣に鬼を見つめる彼が返事をする。
「古賀ではなくてすまないな。だが、彼に学校で事情を聞いて飛んできた。後で彼にも感謝の言葉を伝えておくと良い」
そこに立っていたのは大和ではなく、甲組に所属する男子生徒――北条颯真だった。
「なんで……」
なぜ大和に話を聞いて助けに来てくれたのか? 甲組の生徒は丙組の人間のことが嫌いなのではないのか? そんな疑問が浮かぶが命を助けられたのは間違いない。
「理由は今ので全てだ。俺は忍びの世界を守る、その為だけに生きている。忍びの世界を脅かすものは命を懸けても排除しなければならない」
北条はそう言いながらも何度も打ち付けられるカーヤの攻撃を金剛盾の術で防いでいた。
「奴は妖か? それとも……」
「おそらく抜け忍だ。さっき術で変身したのを見た」
「そうか。捕縛する余裕があれば捕縛。無理ならここで殺す。協力しろ」
「分かった」
北条は話が終わると盾の陰から飛び出した。
「木遁・剛身の術」
芽依にも劣らぬ速度で印を結んだ北条は芽依と同じ術を使ってカーヤの腕を蹴り飛ばす。しかしカーヤの体が強すぎるのか、少し軌道が逸れただけでダメージは見受けられない。
「火遁・激連火球の術!」
打撃は効果がないと判断したのか、すぐさま違う術を放つ北条。丙の術で出現するような火球がいくつも出現してカーヤの顔面に直撃する。しかしカーヤは少し息苦しそうにしただけで打撃による攻撃を続ける。北条は走り回って避けつつも次々に難度の高い忍術を放っていた。
「水遁・激流縛の術!」
「金遁・金剛手裏剣の術!」
「火遁・爆炎の術!」
激流による拘束をする術。空中に出現させた無数の手裏剣によって攻撃する術。小さな爆発を発生させる術。北条はカーヤの攻撃を避けながらも一方的に多彩な攻撃をするが、小さなダメージしか与えられていない。少しの拘束、小さな切り傷、少しの火傷。それも北条が攻撃の手を緩めれば時間と共に回復してしまう。もし相手が鵺ならばすでに倒してしまっていただろう。俺も得意だった火力重視の丙の術を放っているが、皮膚を少し焦がす程度にしかなっていない。初めての演習の時のような丙の術も使えないこともないが、北条を巻き込んでしまう可能性が高いうえにそれで倒せるとは限らない。
「やっぱり……やっぱり俺じゃ火力不足なのか……」
そうつぶやいたのは俺ではなく、盾の後ろに避難してきた北条だった。北条が避難してきたということはカーマも傷を癒しているということだろう。
「悔しいけれど、扱える命力子の少ない俺には無理なんだ。だから神崎……時間ならいくらでも稼いでみせる。攻撃ならいくらでも防いでみせる。使える限り最大の忍術をあいつに使ってくれないか。その時に俺を巻き込んでしまっても構わない。あの脅威の打倒は忍びの世界にとって俺たちの命よりも重い」
あの甲組の連中が一目を置き、大和も認める男。その北条颯真の攻撃が通用しない相手……。そんなやつに俺が今使える術で通用するのか……。いや、一つだけあるといえばある。まだまともに使えたことのない練習中の術が――
「三十秒……三十秒で一つ大技を使える」
「分かった。頼んだぞ」
北条はそう言うと金剛盾から飛び出して再びカーヤへと挑みかかった。
「所詮学生。その程度ですか。そろそろ動きも掴んできましたよ」
そう言ったカーヤの拳は遂に北条の体を捉えた。パチンコ玉のように飛んだ北条は巨木をなぎ倒して止まる。しかし、すぐさま立ち上がると果敢にもカーヤに突撃する。その間にも俺は集中して印を結んでいた。
三十も連なる印の連続。その一つ一つを丁寧にイメージしながら結んでいく。一つの印を結ぶのに一秒近くかかっている。しかしそれでも今までまともに成功したためしはない。発動しても不発や暴発、嘘のように小さい術として発動など。なにせこの術は集中して練習すれば半年で使えるようになる――そう教えてもらった忍術なのだ。まだ練習を始めて二か月……。正直言って自信はない。しかしそんなのは関係ない。使えないといけない。今使えないと意味がない!
あと少し。あと少しで術の発動ができる。その時だった。
「ようやく大人しくなりましたね」
そう言ったカーヤの足下にぐったりと北条が倒れる。約束の三十秒は経った。しかしまだ少し足りない。カーヤが俺の方を見て、もう終わりかと思った瞬間、俺の左右から人影が飛び出した。
「ヒーローは遅れて登場するものよ」
「土遁・飛び石の術! 合わせろ芽依!」
「任せて」
言を叫ぶ大和に答える芽依。大和が作った宙に浮かぶ石に芽依が足をつける。
「火遁・爆炎の術!」
大和の言とともに石が爆発し、タイミングを合わせて飛んだ芽依が砲弾のようにカーヤに向かう。そして顔面に前蹴りを放って尻もちをつかせる。芽依もその反動で元の位置にまで戻って来た。そして二人が稼いでくれた最後の時間で俺の印も結び終わり、イメージも固まる。暴発したって良い。ありったけの命力を込めて最後の言を唱える。成瀬先生が鵺を一瞬で消し去った忍術だ。俺が初めて見た忍術だ。
人を助けることができると教えてくれた忍術だ!
「火遁・獄炎柱の術!!」
叫ぶように唱えた術名。カーヤが倒れている位置が一瞬陽炎で揺らめく。そしてカーヤを中心に集まる空気が落ち葉を巻き込む。続いて引き起こされるのは天にまで届く獄炎の柱。獄炎の明かりで夕方にも関わらず、昼間にでもなったかのような明るさを取り戻す。
獄炎柱の術は強い引力を発生させているため、カーヤは中から出てこられない。そして俺が込めた命力量に応じて持続時間が伸びている。これでダメならもう……。
そして少しずる獄炎の柱が細くなっていく。術が完全に焼失した時、そこには真っ黒に焦げたカーヤの姿があった。成瀬先生が使った術の時とは違って消し炭にはなっていない。足りなかったか……。そう思ったが、カーヤは薄く口を開いて声を出した。
「この身が朽ちようとも……私はまだ死んだりはしない……」
そう言い残したところでカーヤは崩れ落ちて静かになった。
「た、倒したのか?」
俺の言葉を聞いた後、大和が確認するためカーヤに近寄って生死を確かめる。
「ああ、お疲れ様。流石蓮だ」
大和の言葉に安心した俺は、ふらつきながらもベータのもとに向かう。
「木遁・甲(きのえ)の術」
命力を活性化させる術……。体力回復や植物なら成長促進などに使える術。それをベータに使ってゆすり起こす。
「れ……ん……?」
「おはようベータ」
ベータは特に怪我をしていたということはなく目を覚ますと俺に抱き着いた。
「怖かった……怖かったよ……」
俺はそこでベータを抱きしめ返すと命力子を放出しすぎてしまったせいか、そこで意識を失ったのだった――
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ポリゴンスキルは超絶チートでした~発現したスキルをクズと言われて、路地裏に捨てられた俺は、ポリゴンスキルでざまぁする事にした~
喰寝丸太
ファンタジー
ポリゴンスキルに目覚めた貴族庶子6歳のディザは使い方が分からずに、役に立たないと捨てられた。
路地裏で暮らしていて、靴底を食っている時に前世の記憶が蘇る。
俺はパチンコの大当たりアニメーションをプログラムしていたはずだ。
くそう、浮浪児スタートとはナイトメアハードも良い所だ。
だがしかし、俺にはスキルがあった。
ポリゴンスキルか勝手知ったる能力だな。
まずは石の板だ。
こんなの簡単に作れる。
よし、売ってしまえ。
俺のスキルはレベルアップして、アニメーション、ショップ、作成依頼と次々に開放されて行く。
俺はこれを駆使して成り上がってやるぞ。
路地裏から成りあがった俺は冒険者になり、商人になり、貴族になる。
そして王に。
超絶チートになるのは13話辺りからです。
異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜
KeyBow
ファンタジー
主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。
そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。
転生した先は侯爵家の子息。
妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。
女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。
ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。
理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。
メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。
しかしそう簡単な話ではない。
女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。
2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・
多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。
しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。
信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。
いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。
孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。
また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。
果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・
異世界忍者譚 (休止中)
michael
ファンタジー
猿渡一馬は忍者である。
彼の任務。それは、ともに異世界に行った主君、綾を勇者として立てるために影から支えることであった。
忍者バカ 猿渡一馬、彼の物語がここに開く。
ーというコンセプトで、始めてみました。初心者で至らないせいで、キャラクターが暴走気味です。
ちなみに忍者ものと言っても魔法のような忍術はありません。
忍術は技術です。
意見頂けたら嬉しく思います。
決戦を一部、文を書き足し分割しました。内容は大きく変わってませんので、今まで読まれてた方は第二部から読まれて問題ありませんありませんm(__)m
【R-18】龍の騎士と龍を統べる王
白金犬
ファンタジー
※本作は「白薔薇の騎士と純白の姫」の続編作品となり、あらすじからネタバレがあります※
大陸最大国家において第1王子と第2王女による大規模な内乱が勃発ーー
王位継承権を持つ第1王子カリオス=ド=アルマイトに対して反旗を翻したのは、彼の実妹である第2王女リリライト=リ=アルマイト。
兄を溺愛し兄からも溺愛されており、「純白の姫」と国民からも愛されていたリリライトが、突然兄カリオスを悪逆の王子と標榜し、牙を剥いたのだった。
世界を巻き込む骨肉の争いを演出した黒幕がいる。
こことは異なる世界からやってきた悪魔のような男は、その悪魔のような能力で人を狂わせる。
リリライトを筆頭にした優秀な女騎士や天才的な策略家となど、多くの女性がその毒牙にかかり、その男の意のままに操られ、ひたすら欲望を求める獣へと変貌させられてしまっていた。
その中には、かつて魔王を滅ぼした「勇者」の血を引くリアラ=リンデブルグの姿があった。
人類最強の力を持つ彼女は、最大の脅威となって猛威を奮う。
彼女には平凡ながら、想いを寄せていた恋人がいた。
リューイ=イルスガンドーー彼は、騎士として最高の称号である「龍騎士」の叙勲を受け、恋人であるリアラを悪魔の手から救い出すために、戦いに臨む。
そこは、かつて愛した者が狂気の笑みを浮かべながら襲い掛かってくる悪夢のような戦場だった。
リューイとカリオス。
最愛の者を悪魔の手から救いだすための、龍の騎士と龍を統べる王の戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる