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55.父の回想2
しおりを挟むそして聖奈が中学生になった時、聖奈に癌が見つかった。元々聖良と同じで体が弱かったところに、俺と同じく癌まで見つかってしまった。その頃から聖良は少し変わってしまった。
時折俺に弱音を漏らしていた聖良だったが、日に日に吐き出す後ろ向きな言葉が増えていった。
あるときは、自分のことを知っている人と話をするのが辛いと言っていた。まるで違う人物のフリをして騙しているみたいだと。
またあるときは、自分は本当に美波聖良なのかと言っていた。記憶もなく、思い出すこともできない自分は紛いものなのではないかと。
そして聖奈の闘病生活が続き、中学三年生で長期の入院が決まったとき。聖良は俺にこう言った。
「私は生き返りたくなんてありませんでした。この辛さは誰にも理解できるものではないです。あなたのことを恨んだ夜だって数知れません。私にはあなたを心から愛することができませんでした」
全ては俺が悪く、責任は俺にある。だからそう思われたのなら受け止めなくてはならない。自分勝手で妻を生き返らせた俺は、愛される資格もないし、恨まれて当然な存在でもある。俺はただただ聖良に謝ることしかできなかった。
「だからあなたには聖奈に万が一のことがあったとき、私に使っている能力は解除して聖奈を生き返らせる選択をしてほしい」
そう聖良は言った。
そして先月の話だ。
その日は俺がすすり泣く声も聞こえないほどの強い雷雨だった。病院の待合室で聖良は俺に背を向けてテレビを見ていた。テレビの音も雨風の騒がしさにかき消され、逆に無音の空間に二人でいるようだった。
「先生はなんて?」
聖良は外の音に紛れて言葉を投げかけてきた。毎日通う病院。幼い頃に聖良と初めて会ったのも病院だった。その日も同じような荒れた天気だった。そんなことを思い出しながらも聖良の後ろ姿に視線を向け続けた。微動だにしない背中からはどういった感情を抱いているのか分からなかった。
「週末の手術に成功したとしても少し時間が延びる程度らしい。失敗したら……」
その先は言うまでもない。
「そうですか」
聖良は声の調子を変えることなく淡々と答えるだけ。俺に全く感情を見せるつもりはないらしい。こんな時聖良がどんなことを思っているのか。どんなことを感じているのか。分からないのは俺が最近聖良に遠慮ばかりして過ごしていたことが理由だったのかもしれない。近くて遠い。そんな関係性になってしまっていたからかもしれない。
揃って沈黙を続けてしばらく経った時。聖良は意を決したように俺に告げた。それはまるで昔俺に別れを告げた時のようだった。言いたくなくても言わないといけない。けれどせめて自分の本当の気持ちだけは悟られたくない――と。鈍感な俺でもそれだけは分かった。
そんな昔のことを思い出した。
「やっぱり私の存在は消えてしまった方が良いですね。あなたにも私のことは忘れて欲しい」
消えて欲しくなんて無い。しかし選ばないといけない。それが俺のもつ特殊能力なのだから。
すすり泣く声は雨音に負けないほど大きくなっていたことだろう。しかしそれでも俺は声を大にして言った。頼りないかもしれないけれど力強い言葉で言ったつもりだった。
「それでも! 君のことは絶対に忘れたりなんかしない!」
俺の言葉に聖良はすぐに答えてくれない。テレビの方を見たまま俺に背を向けているだけ。少しして俺の方に顔を向けると、その瞬間に雨音が止んだ気がした。聖良の言葉が嘘みたいにはっきりと聞こえた。
「もし万が一、私のことを忘れないでいてくれたら……。ちょっとだけ嬉しいかも」
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