恋するオナホール

色部耀

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この日の訪問者のことを、僕は忘れないだろう。

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 風呂を終えて温まった頃。時刻はまだ午後七時を過ぎたところだった。夕飯もまだだ。一週間分の食費を使ってしまったとはいえ、実際に一週間食事を抜くわけにはいかない。二週間の食事が半額になるというのが現実的だろう。スーパーの半額タイムまであと三十分ほど。

「そろそろ買い物行ってくるよ」
「私も行きます!」
「ダメに決まってるだろ! どこの大学生にスーパーにオナホールを持って行く馬鹿がいるんだよ!」
「オンリーワンでありナンバーワンになるチャンスですね!」
「そういうのいらない」

 流石に探せば一人くらい居そうなものだから怖い。だからオンリーワンにもナンバーワンにもなれないだろう。

「大人しく留守番しといてくれ。テレビつけといてあげるから」
「直生くん優しい」
「だろ?」
「もう天使かってくらい優しい! 優しさの塊だよ! バファ○リンも裸足で逃げ出す優しさだよ!」
「バファ○リンに足はないけどな」
「直生くんを優しさで割ると1になるくらい優しいよ!」
「それ優しさ以外ないからな? もういい。もういいから。そろそろ行ってくるよ」
「はーい。行ってらっしゃーい」
「留守番してて困ったことがあったら言ってくれ。アレク○サに」
「そこは直生くんにじゃないんだね」

 なんだか一人暮らしを始めて一ヶ月くらいしか経ってないのに、行ってらっしゃいと言って見送られるのが少しだけ嬉しくもあった。オナホールだけど。一人で部屋にいる寂しさを感じなくなった分、買ってよかったかもしれない。
 鞄と財布、スマホだけ持って玄関に向かう。そこで玄関を開ける前にインターホンが鳴った。

「はーい」

 そのまま玄関を開けると目の前には僕の顎のあたりまでしか身長がない女の子が膨れっ面で立っていた。彼女は隣の部屋に住む橋本理央。大学の同級生だ。

「なんかやけに騒がしいんだけど」
「ごめんごめん。電話してた」
「そ。遊んでるのに呼ばれてないって聞いたら怒ろうと思ってたのに」
「うるさいから怒るんじゃないのか」
「うるさくしたいのに誘われなかったら怒る」
「理不尽だな」
「で、なに? 今から出かけるの?」

 理央は僕の格好を見てそう問いかける。僕は部屋の中にいるオナホールを見られないように少し体をずらす。

「なに? やっぱり中に誰かいるの?」
「いないいない」
「怪しい。なにもいない人がいないいないなんて言わない」
「いないいないばあ」
「馬鹿にしてる?」
「ちょっとだけ」
「もっかいやって」
「いないいないばあ」
「……ぷっ」

 理央は少し吹き出して笑うと中を窺うことをやめた。

「まあいいや。で、どこ行くの?」
「スーパーの惣菜買いに。そろそろ半額タイムだから」
「そ。じゃ私も行く」
「理央も半額狙い? 負ける気はないよ?」
「私はちゃんと自炊してるの。なんなら今日は一緒に食べる? 台所貸してくれたら作るわよ」
「安くできるなら」
「台所貸してくれて洗い物してくれたらタダで良いわよ」
「じゃあお願いします! あ、ちょっと待ってて」

 僕はそう言って玄関を閉めると部屋まで戻ってテレビを見てるオナホールに声をかけた。

「買い物から帰ったら同級生が来る。その時は」
「挨拶すればいいんですね」
「ちげーよ! 隠れてもらうから声出すなよ」
「はーい。善処しまーす」

 ……不安だ。しかしだからといって何かできるというわけではないので信じるしかない。オナホールを信じる男子大学生なんて流石に世界で一人だけだろう。奇しくもオンリーワンでナンバーワンになってしまったかもしれない。

「お待たせ」

 理央は玄関先で壁にもたれてスマホをいじっていた。暇さえあればスマホをいじるのは最近の若者って感じがするな。僕も人のことは言えないけれど。

「で、直生はなに食べたい? なんでも好きのもの作ってあげる」
「理央、お前実は無茶苦茶いいやつなんじゃないか?」
「え、周知の事実だと思ってた」
「いや、予想外の結末ってやつだと思う」
「それは流石に酷いと思う。で、好きなものは? ハンバーグ? カレー? オムライス?」
「オムライスいいね。久しぶりに食べたい」
「ケチャップでハート描いて萌え注入までしてあげる。なんてったって私はいいやつだから」
「いや、ハートは別にいいやつ」
「別にいいやつなんで言われるとは流石に予想外の結末」

 予想外の訪問者に予想外の展開。多分この日の訪問者のことを、僕は忘れないだろう。
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