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パイ毛ビーム修得
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思っていた以上に簡単に勝利したことで少しばかり舞い上がってしまった。しかし俺の様子を見たマナは不満そうだった。苦労して欲しかったのだろう。残念だったな。
「よし、先に進むぞ」
気分の良い俺に続いてマナとウサプーが歩く。リロは台車に乗って引きずられる。しばらく歩いたところでまたしても出現したのはバックキャット。そのレベルは四。
「リロ。出番だぞ」
そう言ったのも束の間。バックキャットは何もない場所でピンボールのように跳ねると消滅した。
「え、え、待って。今のなに?」
マナが混乱した様子で振り返ると両手をクロスした状態で立つリロの姿。俺はその様子を見てなにが起こったのかを悟ったが、マナは理解できていないようだった。
「説明はリョウがする」
「くっ……」
面倒ごとは全部俺に投げるつもりか!
「え、どういうこと?」
俺の方を見て聞き直すマナはきょとんとした顔をしている。まあ、理解できないのも仕方ないかもしれない。
「リロは原作の女神と同じくキャスターに分類されるんだ」
「それって精霊モンスターとか植物モンスターの一部にいるってやつ?」
「それは知ってるんだな」
「流石にモンスターの分類くらいは常識よ! それでキャスターってのが何か関係あるの?」
「キャスターとファイターの違いは知ってる?」
俺の質問にマナはうーんと少し考えてから答えた。
「攻撃するときに攻撃力じゃなくて魔力でダメージを与える!」
「うん。他には?」
「ええっと……。遠距離スキルを覚える」
確かに普通のキャスターはレベルアップで遠距離スキルを覚える。ファイターは逆にほぼ遠距離スキルを覚えない。それはそれで間違った認識ではない。
「それ以外に重要な違いがあるんだ。今までリロが使ってた黄金の衝撃ってのも実はスキルでもなんでもなく、この特性から来てる」
「え、え、待って。あれって女神にだけ使えるスキルじゃなかったの?」
そういえばリロが初めてあの技を使ったときにそんな説明をしていたな。
「いや、あれば何のことはない『通常攻撃』だ」
「通常攻撃……?」
「キャスターとファイターの違い。その代表的なものの一つが通常攻撃が遠距離攻撃になるってところだ。おそらく他のキャスターは通常攻撃のモーションがある程度特定の動きで決まってるとは思うけど、リロの場合は違う」
マナは真剣に聞いている。理解するために相槌を打つ余裕もないのかもしれない。
「俺が確信したのは黄金の衝撃を食らったときだけど、リロの場合はリロ自身が通常攻撃と認識したモーションは全て通常攻撃なんだ。だから今のはリロが『空中を両手で叩くモーション』が通常攻撃として扱われてバックキャットを遠距離から一方的に倒した……。そういうことだ」
俺は自分の中で考えていたことを説明し終えるとリロを見た。すでに台車の上に寝転んでいたリロは手でOKサインを作っている。
「せいかい」
正解のようだ。先程俺がバックキャットを倒したときに感じていた万能感や最強感が一瞬にして吹き飛んだ。リロこそがこの世界でチートキャラなのかもしれない。
「ズルい……」
マナはワナワナと震えながら呟く。
「遠距離攻撃ができるなんてズルい! 私なんてあんなに苦労して何回も何回も攻撃してやっと倒したっていうのに! それにリロがあんなに強い攻撃ができるとか聞いてない! 私と同じくらい弱いんじゃなかったの?」
マナは俺に掴みかかりながら涙を流して訴える。
「確かにリロはそんなに高いステータスじゃないぞ。HPだって三十八だからダークスパイラルを覚えたマナなら確一だ」
「ひっく! じゃあなんで?」
リロのHPの低さにはマナも驚いたようだ。そりゃそうだろう。俺とマナとウサプーのHPは三人とも約千五百。二桁も違う。
「リロのステータスはHP、MP、攻撃力、魔力、防御力、素早さ、運、全てが三十八だ。魔力の高さで言えばレベル二十相当。素早さに至ってはレベル百のレジェンドモンスター相当だ」
原作ではマナと違って女神をパーティに加えるプレイヤーは多かった。というのも、素早さと運以外はアイテムによって能力を上げることができるため、素早さと運が百まで上がる女神はスキルを覚えないことを除いても最強キャラ足り得たからだ。
原作では回避率が素早さに依存する。その計算方法は『自身の素早さマイナス相手の素早さ』で求められる。つまり最も素早さの高いプレイヤーでさえレベル百で四十にしか行かないので、それと比較しても六十パーセントの回避率を誇る訳だ。それに技の命中率がかかるので、実質回避率はもっと高くなる。
マナとリロがレベル百同士で戦えば、リロの回避率は九十九パーセント以上ということになる。基本的に必中補正のあるスキル以外は当たらない。
「この世界で素早さは行動速度を意味するから、レベル百相当の素早さでレベル二十相当の遠距離攻撃を連発すれば、まあ……ああなるよな……」
「近づかれる前に瞬殺じゃん……」
その通りだ。
「待って。ならウサプーに戦ってもらうよりリロが叩いた方が早くない?」
「その通りだ」
「めんどい」
言うと思ったよ。マナも肩を落としている。
「ま、まあ、俺とリロも問題なく戦えることが分かったし。この調子で行こう」
「うん……」
マナは瞳を虚無にして歩き始めた。流石に可哀想になってきたので励ましの言葉でもかけてあげるか……。
「ダークスパイラルを覚えたら遠距離から連発して敵を倒せるようになるから!」
「遠距離……連発……」
マナはその単語だけを何度か繰り返すと瞳に光を取り戻した。
「待ってなさい! 私のダークスパイラル!」
元気になってくれてなによりだ。
それからも同じやり方でカンドの森を進んだ。マップは頭の中に入っているものの、実際に上空写真のような形で操作するのとは全く感覚が違って新鮮だった。町や街道と違って見通しが悪いので余計に原作と違った感覚が強くなる。
森なので原作では通ることのできない木々の間も通り抜けることができるが、道に迷ってしまっては危ないので今はまだ安全な道を通っている。
「ほら! リョウ! 一回も死なずにバックキャット倒せるようになったよ!」
倒すまでにかかる時間はあまり変わらないものの、バックキャットの攻撃パターンを覚えたマナはほとんどダメージを受けずに倒せるようになっていた。戦闘技術で言えば今はマナが一番高いかもしれない。
「褒めてつかわす」
「え、待って。何様?」
ツッコミを入れつつもマナは嬉しそうにしていた。俺もマナが成長して嬉しい。
「これぞモンスター育成の醍醐味だな」
「やめて。モンスター扱いするのやめて?」
「贅沢だな」
「なんで?! 私人間!」
隣でわがままを言うマナに呆れているとついにカンドの森最深部に到着した。原作で言うところの五マス掛ける五マスの広さの四角い草地の真ん中に大きな木が一本。そして通ってきた道とは反対側は到底登ることのできない岩壁がそびえ立つ。違う道を通ればカンドの洞窟とサトリの町にも行けるが、森の深さだけで言えばここが最深部だ。
「わー。すごい岩肌ー」
マナが目の前にそびえる岩壁を見上げながら感嘆の声を上げる。カンドの洞窟から連なる岩壁。その壁面に直接鉄鉱石が見える。精製された鉄ではないため、酸化して赤茶けている。ゲームだとAボタン一つでアイテムとして採掘できたけど、実際にはどうすれば良いのだろう……。
「どうしたの? 持って帰らないの?」
「どのくらい採れば良いのかと思ってね」
「ゲーム? とかいうのと同じやり方でできないの?」
同じやり方……。Aボタンを押す? まさかな。
「やってみるか」
俺は鉄鉱石の前に立つとコントローラーを構えてAボタンをタッチする。あまり期待もしていなかった。しかしその瞬間、目の前の壁に付いていた鉄鉱石が消え去った。
「嘘だろ?」
すぐさまメニューウィンドウを開いてアイテムボックスを確認すると確かに鉄鉱石が一つ存在していた。これが神と同じ権限を持つコントローラーの力か!
「せっかくだし……」
俺はそう言って近くに見える鉱石の近くでAボタンをタッチしまくった。その結果、手に入った鉄鉱石と手に入らなかった鉄鉱石が存在した。検証を重ねたところ、どうやら見えている面積によって採れるかどうかが変わるようだった。まあ、アイテム増殖バグでいくらでも増やせるから一つ取れればそれで良いんだけど。
「よし! 後は」
「ダークスパイラル!」
俺が言うよりも先にマナが大声を出した。よほど俺が嫌がるスキルを覚えたいのか、かなり食い気味だ。
「はいはい。確か……」
俺は壁から離れて草地の中央に生える木に南側から近づいた。ここに訪れた時は足元を掘り起こそうかとも思っていたが、鉄鉱石のことを考えるとその必要もなさそうだ。手を伸ばせば木に触れられる位置。そこで俺はコントローラーを取り出してAボタンをタッチした。
『ダークスパイラルの書を拾った』
どこから?! つい心の中でツッコミを入れたくなる表示がメニューウィンドウに現れる。もしかすると分からないくらいの深さの地面から瞬時に取り出したのかもしれない。しかし、見えないので結果的に突然手に入れたような状態だ。
「どう? ダークスパイラルを覚えられるアイテム手に入ったの?」
メニューウィンドウを見て驚いてる俺の顔を覗き込むマナ。期待で目が輝いている。
「ああ。ちゃんと手に入ったぞダークスパイラルの書」
「やったー! これでバックキャットを遠くからボコボコにできる!」
「女の子がボコボコなんて言葉を使うんじゃありません」
「ポコポコにできる!」
「やけに可愛くしたな」
「早く! 早く覚えさせて!」
マナはテンション高く何度も飛び上がって俺に催促する。えっと、アイテムボックスのダークスパイラルの書にアイコンを合わせて……と。よし!
『マナはダークスパイラルを覚えた』
「これでダークスパイラルを使えるはずだ」
「なんか頭にスキルが浮かび上がってる! ダークスパイラルが使えるって分かる!」
「よし。あの木に向かって使ってみろ」
「うん! ダーク……スパイラルッ!」
マナがそう叫んだ瞬間。マナの身体がまるで十字架に貼り付けられたかのようにピタリと固まる。そして四重螺旋の細く黒い光線が二本放たれた。ウネウネと微妙に蛇行しながらも素早い動きで木の幹を捉える。その様子はまさしく!
「まごうことなき、パイ毛ビーム!」
「なんで?! なんで?! なんでこんな気持ち悪いビームが出るの?! しかもよりによってビームが出る場所が……」
「乳首な」
「言うな!!」
ダークスパイラル。通称パイ毛ビーム。古いゲームだから仕方がないのだと思うが、エフェクトの発生位置が固定されているために起こる悲劇の攻撃技だ。
小型モンスターや四足歩行モンスターなどは角や目、口のあたりから発射されるなんの変哲も無い二本の禍々しいビーム。ダークスパイラルの名に相応しいスキルである。
しかし、ひとたび二足歩行の中型モンスターが使うとビームの射出位置がどうしても胸のあたりになってしまうのだ。その結果、禍々しい四重螺旋のうねる光線が、両乳首から素早く伸びるパイ毛にしか見えなくなってしまうのである。
「せっかくだからスキル名もパイ毛ビームに変えとくね」
「やめて? ねえお願いやめて?」
『スキル名をダークスパイラルからパイ毛ビームに変更しました』
「なんで?! なんでそんな酷いことするの?! なんで?!」
「これがうぃずプレイヤーにとっての正式名称だから。以上」
「うわーーーー!!!!」
マナはその場で崩れ落ちてしまったが、名称を変えたことによって気軽に俺へ向けて打つようなことはなくなるだろう。言い慣れたスキル名になったし、俺の被害もなくなる。これぞ一石二鳥。
そして喚き続けるマナを引きずって草地から出てすぐ。現れたのはレベル三のバックキャットだった。
「マナ、早速出番だぞ」
「はいはい……」
渋々といった感じではあるものの、マナは律儀にバックキャットに向かう。
「マナ、パイ毛ビームだ!」
「待って! 待って! ねえ待って!!」
俺が声とともにメニューウィンドウでパイ毛ビームを選択すると、マナは十字架に貼り付けられたような状態でパイ毛ビームを放った。身体は俺からの指示に逆らえないようだが、顔と声だけはマナの意思が優先させられるらしい。必死の形相で俺を見ながら何度も待ってと連呼する。
しかし一度指示したスキルを中断するすべはなく、パイ毛ビームは華麗なパイ毛をバックキャットの尻に伸ばした。
「いやーー!!」
マナの叫びも虚しく、発動したパイ毛ビームはバックキャットのHPを削りきる。レベル三のバックキャットならHPも六十程度だし、当然といえば当然だ。
「良かったなマナ。これでバックキャットを簡単に仕留められるぞ」
「もう……やだ……この鬼畜大嫌い……」
マナはそう言って喜びに震えながら膝をついた。その後も何故かマナは一撃で仕留められるパイ毛ビームを使わずにバックキャットと戦っていた。MPは余裕あるのになあ。
「よし、先に進むぞ」
気分の良い俺に続いてマナとウサプーが歩く。リロは台車に乗って引きずられる。しばらく歩いたところでまたしても出現したのはバックキャット。そのレベルは四。
「リロ。出番だぞ」
そう言ったのも束の間。バックキャットは何もない場所でピンボールのように跳ねると消滅した。
「え、え、待って。今のなに?」
マナが混乱した様子で振り返ると両手をクロスした状態で立つリロの姿。俺はその様子を見てなにが起こったのかを悟ったが、マナは理解できていないようだった。
「説明はリョウがする」
「くっ……」
面倒ごとは全部俺に投げるつもりか!
「え、どういうこと?」
俺の方を見て聞き直すマナはきょとんとした顔をしている。まあ、理解できないのも仕方ないかもしれない。
「リロは原作の女神と同じくキャスターに分類されるんだ」
「それって精霊モンスターとか植物モンスターの一部にいるってやつ?」
「それは知ってるんだな」
「流石にモンスターの分類くらいは常識よ! それでキャスターってのが何か関係あるの?」
「キャスターとファイターの違いは知ってる?」
俺の質問にマナはうーんと少し考えてから答えた。
「攻撃するときに攻撃力じゃなくて魔力でダメージを与える!」
「うん。他には?」
「ええっと……。遠距離スキルを覚える」
確かに普通のキャスターはレベルアップで遠距離スキルを覚える。ファイターは逆にほぼ遠距離スキルを覚えない。それはそれで間違った認識ではない。
「それ以外に重要な違いがあるんだ。今までリロが使ってた黄金の衝撃ってのも実はスキルでもなんでもなく、この特性から来てる」
「え、え、待って。あれって女神にだけ使えるスキルじゃなかったの?」
そういえばリロが初めてあの技を使ったときにそんな説明をしていたな。
「いや、あれば何のことはない『通常攻撃』だ」
「通常攻撃……?」
「キャスターとファイターの違い。その代表的なものの一つが通常攻撃が遠距離攻撃になるってところだ。おそらく他のキャスターは通常攻撃のモーションがある程度特定の動きで決まってるとは思うけど、リロの場合は違う」
マナは真剣に聞いている。理解するために相槌を打つ余裕もないのかもしれない。
「俺が確信したのは黄金の衝撃を食らったときだけど、リロの場合はリロ自身が通常攻撃と認識したモーションは全て通常攻撃なんだ。だから今のはリロが『空中を両手で叩くモーション』が通常攻撃として扱われてバックキャットを遠距離から一方的に倒した……。そういうことだ」
俺は自分の中で考えていたことを説明し終えるとリロを見た。すでに台車の上に寝転んでいたリロは手でOKサインを作っている。
「せいかい」
正解のようだ。先程俺がバックキャットを倒したときに感じていた万能感や最強感が一瞬にして吹き飛んだ。リロこそがこの世界でチートキャラなのかもしれない。
「ズルい……」
マナはワナワナと震えながら呟く。
「遠距離攻撃ができるなんてズルい! 私なんてあんなに苦労して何回も何回も攻撃してやっと倒したっていうのに! それにリロがあんなに強い攻撃ができるとか聞いてない! 私と同じくらい弱いんじゃなかったの?」
マナは俺に掴みかかりながら涙を流して訴える。
「確かにリロはそんなに高いステータスじゃないぞ。HPだって三十八だからダークスパイラルを覚えたマナなら確一だ」
「ひっく! じゃあなんで?」
リロのHPの低さにはマナも驚いたようだ。そりゃそうだろう。俺とマナとウサプーのHPは三人とも約千五百。二桁も違う。
「リロのステータスはHP、MP、攻撃力、魔力、防御力、素早さ、運、全てが三十八だ。魔力の高さで言えばレベル二十相当。素早さに至ってはレベル百のレジェンドモンスター相当だ」
原作ではマナと違って女神をパーティに加えるプレイヤーは多かった。というのも、素早さと運以外はアイテムによって能力を上げることができるため、素早さと運が百まで上がる女神はスキルを覚えないことを除いても最強キャラ足り得たからだ。
原作では回避率が素早さに依存する。その計算方法は『自身の素早さマイナス相手の素早さ』で求められる。つまり最も素早さの高いプレイヤーでさえレベル百で四十にしか行かないので、それと比較しても六十パーセントの回避率を誇る訳だ。それに技の命中率がかかるので、実質回避率はもっと高くなる。
マナとリロがレベル百同士で戦えば、リロの回避率は九十九パーセント以上ということになる。基本的に必中補正のあるスキル以外は当たらない。
「この世界で素早さは行動速度を意味するから、レベル百相当の素早さでレベル二十相当の遠距離攻撃を連発すれば、まあ……ああなるよな……」
「近づかれる前に瞬殺じゃん……」
その通りだ。
「待って。ならウサプーに戦ってもらうよりリロが叩いた方が早くない?」
「その通りだ」
「めんどい」
言うと思ったよ。マナも肩を落としている。
「ま、まあ、俺とリロも問題なく戦えることが分かったし。この調子で行こう」
「うん……」
マナは瞳を虚無にして歩き始めた。流石に可哀想になってきたので励ましの言葉でもかけてあげるか……。
「ダークスパイラルを覚えたら遠距離から連発して敵を倒せるようになるから!」
「遠距離……連発……」
マナはその単語だけを何度か繰り返すと瞳に光を取り戻した。
「待ってなさい! 私のダークスパイラル!」
元気になってくれてなによりだ。
それからも同じやり方でカンドの森を進んだ。マップは頭の中に入っているものの、実際に上空写真のような形で操作するのとは全く感覚が違って新鮮だった。町や街道と違って見通しが悪いので余計に原作と違った感覚が強くなる。
森なので原作では通ることのできない木々の間も通り抜けることができるが、道に迷ってしまっては危ないので今はまだ安全な道を通っている。
「ほら! リョウ! 一回も死なずにバックキャット倒せるようになったよ!」
倒すまでにかかる時間はあまり変わらないものの、バックキャットの攻撃パターンを覚えたマナはほとんどダメージを受けずに倒せるようになっていた。戦闘技術で言えば今はマナが一番高いかもしれない。
「褒めてつかわす」
「え、待って。何様?」
ツッコミを入れつつもマナは嬉しそうにしていた。俺もマナが成長して嬉しい。
「これぞモンスター育成の醍醐味だな」
「やめて。モンスター扱いするのやめて?」
「贅沢だな」
「なんで?! 私人間!」
隣でわがままを言うマナに呆れているとついにカンドの森最深部に到着した。原作で言うところの五マス掛ける五マスの広さの四角い草地の真ん中に大きな木が一本。そして通ってきた道とは反対側は到底登ることのできない岩壁がそびえ立つ。違う道を通ればカンドの洞窟とサトリの町にも行けるが、森の深さだけで言えばここが最深部だ。
「わー。すごい岩肌ー」
マナが目の前にそびえる岩壁を見上げながら感嘆の声を上げる。カンドの洞窟から連なる岩壁。その壁面に直接鉄鉱石が見える。精製された鉄ではないため、酸化して赤茶けている。ゲームだとAボタン一つでアイテムとして採掘できたけど、実際にはどうすれば良いのだろう……。
「どうしたの? 持って帰らないの?」
「どのくらい採れば良いのかと思ってね」
「ゲーム? とかいうのと同じやり方でできないの?」
同じやり方……。Aボタンを押す? まさかな。
「やってみるか」
俺は鉄鉱石の前に立つとコントローラーを構えてAボタンをタッチする。あまり期待もしていなかった。しかしその瞬間、目の前の壁に付いていた鉄鉱石が消え去った。
「嘘だろ?」
すぐさまメニューウィンドウを開いてアイテムボックスを確認すると確かに鉄鉱石が一つ存在していた。これが神と同じ権限を持つコントローラーの力か!
「せっかくだし……」
俺はそう言って近くに見える鉱石の近くでAボタンをタッチしまくった。その結果、手に入った鉄鉱石と手に入らなかった鉄鉱石が存在した。検証を重ねたところ、どうやら見えている面積によって採れるかどうかが変わるようだった。まあ、アイテム増殖バグでいくらでも増やせるから一つ取れればそれで良いんだけど。
「よし! 後は」
「ダークスパイラル!」
俺が言うよりも先にマナが大声を出した。よほど俺が嫌がるスキルを覚えたいのか、かなり食い気味だ。
「はいはい。確か……」
俺は壁から離れて草地の中央に生える木に南側から近づいた。ここに訪れた時は足元を掘り起こそうかとも思っていたが、鉄鉱石のことを考えるとその必要もなさそうだ。手を伸ばせば木に触れられる位置。そこで俺はコントローラーを取り出してAボタンをタッチした。
『ダークスパイラルの書を拾った』
どこから?! つい心の中でツッコミを入れたくなる表示がメニューウィンドウに現れる。もしかすると分からないくらいの深さの地面から瞬時に取り出したのかもしれない。しかし、見えないので結果的に突然手に入れたような状態だ。
「どう? ダークスパイラルを覚えられるアイテム手に入ったの?」
メニューウィンドウを見て驚いてる俺の顔を覗き込むマナ。期待で目が輝いている。
「ああ。ちゃんと手に入ったぞダークスパイラルの書」
「やったー! これでバックキャットを遠くからボコボコにできる!」
「女の子がボコボコなんて言葉を使うんじゃありません」
「ポコポコにできる!」
「やけに可愛くしたな」
「早く! 早く覚えさせて!」
マナはテンション高く何度も飛び上がって俺に催促する。えっと、アイテムボックスのダークスパイラルの書にアイコンを合わせて……と。よし!
『マナはダークスパイラルを覚えた』
「これでダークスパイラルを使えるはずだ」
「なんか頭にスキルが浮かび上がってる! ダークスパイラルが使えるって分かる!」
「よし。あの木に向かって使ってみろ」
「うん! ダーク……スパイラルッ!」
マナがそう叫んだ瞬間。マナの身体がまるで十字架に貼り付けられたかのようにピタリと固まる。そして四重螺旋の細く黒い光線が二本放たれた。ウネウネと微妙に蛇行しながらも素早い動きで木の幹を捉える。その様子はまさしく!
「まごうことなき、パイ毛ビーム!」
「なんで?! なんで?! なんでこんな気持ち悪いビームが出るの?! しかもよりによってビームが出る場所が……」
「乳首な」
「言うな!!」
ダークスパイラル。通称パイ毛ビーム。古いゲームだから仕方がないのだと思うが、エフェクトの発生位置が固定されているために起こる悲劇の攻撃技だ。
小型モンスターや四足歩行モンスターなどは角や目、口のあたりから発射されるなんの変哲も無い二本の禍々しいビーム。ダークスパイラルの名に相応しいスキルである。
しかし、ひとたび二足歩行の中型モンスターが使うとビームの射出位置がどうしても胸のあたりになってしまうのだ。その結果、禍々しい四重螺旋のうねる光線が、両乳首から素早く伸びるパイ毛にしか見えなくなってしまうのである。
「せっかくだからスキル名もパイ毛ビームに変えとくね」
「やめて? ねえお願いやめて?」
『スキル名をダークスパイラルからパイ毛ビームに変更しました』
「なんで?! なんでそんな酷いことするの?! なんで?!」
「これがうぃずプレイヤーにとっての正式名称だから。以上」
「うわーーーー!!!!」
マナはその場で崩れ落ちてしまったが、名称を変えたことによって気軽に俺へ向けて打つようなことはなくなるだろう。言い慣れたスキル名になったし、俺の被害もなくなる。これぞ一石二鳥。
そして喚き続けるマナを引きずって草地から出てすぐ。現れたのはレベル三のバックキャットだった。
「マナ、早速出番だぞ」
「はいはい……」
渋々といった感じではあるものの、マナは律儀にバックキャットに向かう。
「マナ、パイ毛ビームだ!」
「待って! 待って! ねえ待って!!」
俺が声とともにメニューウィンドウでパイ毛ビームを選択すると、マナは十字架に貼り付けられたような状態でパイ毛ビームを放った。身体は俺からの指示に逆らえないようだが、顔と声だけはマナの意思が優先させられるらしい。必死の形相で俺を見ながら何度も待ってと連呼する。
しかし一度指示したスキルを中断するすべはなく、パイ毛ビームは華麗なパイ毛をバックキャットの尻に伸ばした。
「いやーー!!」
マナの叫びも虚しく、発動したパイ毛ビームはバックキャットのHPを削りきる。レベル三のバックキャットならHPも六十程度だし、当然といえば当然だ。
「良かったなマナ。これでバックキャットを簡単に仕留められるぞ」
「もう……やだ……この鬼畜大嫌い……」
マナはそう言って喜びに震えながら膝をついた。その後も何故かマナは一撃で仕留められるパイ毛ビームを使わずにバックキャットと戦っていた。MPは余裕あるのになあ。
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