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冒険の目的

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 とは言ったものの、俺のことを無理矢理転移させた責任はこいつにあるわけで……。今までが辛かったのか何なのかは知らないが、何もしたくないというのを容認できるほど俺は寛容ではない。こんな言い方をすると酷い奴だと思われるかもしれないが、リロは俺の所有モンスター。絶対服従なのだ。

「リロ。いくつか質問がある」

「……」

 俺の問いかけに無言を貫くリロだったが、俺も質問をする姿勢を貫く。

「もし俺が元いた世界をアウストが管理しなくなればどうなる?」

 当然の疑問のはずだ。時間を一万倍にしてまで管理をしなければならなかったのものを全くナシにしてしまえばどうなるのか……。世界が崩壊すると言われてもおかしくない。

「安心しなよ。今までギッチギチに管理してたんだから地球単位で見ても数千年は大きな問題も起きないって。その後は……なんかデカい隕石が落ちるとかするかもだけど」

 とりあえず残された家族の心配は必要ない……のか。それでも数千年後には問題が起こる可能性があるというのならやはり……。

「アウストを解放して宇宙空間の管理に戻ってもらおう」

「だからヤダって! 私の話聞いてた? 働きたくないっつってんじゃん!」

「そこでだ!」

 俺は人差し指を立てて交渉するスタンスを取った。

「アウストには元の世界の管理に戻ってもらうが、リロには望み通り働かなくていい状態にする。具体的に言うと、アウストを元の世界の神域とやらに戻した後にこの世界の管理者としてのんびりだらだら君臨だけしてもらう。俺はこの世界が好きだし、リロの頼み通りに元の世界に帰らずに天寿をまっとうしてもいい。これなら俺の元いた世界も安泰だしリロも神域に行くことで神の力を取り戻せる。どう?」

 俺の提案を聞いてリロは腕を組んで考える。腕を組んで考えるのがアウストであったならば、その豊満なバストが強調されていたことだろう。

「勝手にするならいい。私は何もしないから。リョウがアウストを送り出すまでここで待ってることにする」

「ああ。そうしてくれても構わない」

 できることならな!

「行くぞマナ」

「え? え? 私まだ何も理解できてないんだけど」

「そのうち理解できる日が来るかもしれないし来ないかもしれない。でも来ない可能性が高い気がするし、説明するのは諦めようと思ってる」

「待って。諦めないで? もう少し私の理解力を信じて?」

 うーん。二次創作の影響で俺の中のマナはあまり頭の良いイメージが無いんだよな。

「まあ、そのうち気が向いたら」

「それずっと気が向かないやつ! 私知ってる!」

「おっと知っていたか。思いのほか頭が悪くないのかもしれない」

「ねえ。バカにし過ぎじゃない?」

 そうかもしれない。

「って……。本当に置いて行くつもり?」

 俺がそのまま歩き出したところで隣に駆け寄ってきたマナがそう問いかけてくる。それに対して無言で歩き続けた俺だったが、すぐにマナは答えを得ることになる。

「痛い! 痛いから! なにこれ!」

 俺の後方九メートルの地点で地面に横たわったリロが引きずられるようにして土煙を上げていた。原作で言うところの九マス。三体が三マスずつの間を空けた合計九マス。この世界での九メートル。それが所持モンスターの離れることができる最大距離である。
 無理矢理引きずるために俺へと重さの負担がかかるかもしれないと覚悟はしていたが、そんなこともなく軽々と歩くことができた。

「止まりなさいよ!」

 リロの叫び声に流石の俺も足を止める。諦めて歩く気になったかと振り返ると、そこには「この先モノタウン」と書かれた木製の立て札を無理矢理引き抜いて座布団のようにして座るリロの姿が。

「行ってよし」

 リロの台詞に苛立ちが無いかと言われるとあるのだが、少しだけ面白そうな気もしたのでそのまま歩く。すると、俺の後方をズリズリと音を立ててソリに乗った子供のようにリロが追随していたのだった。

 俺はトナカイか何かか?


「ねえリョウ」

 いつの間にか立て札に寝そべっているリロを無視してマナが俺に声をかける。そろそろ街道を抜け、カンドに着く。

「カンドに行くのいつぶりかしら? 私は小さい頃におじいちゃんとおばあちゃんが住んでるサトリの町に行った以来だけど」

「ああ……」

 言われてみると、マナが幼い頃にサトリに行ったというエピソードがあったことを思い出す。原作で言うならモノタウンから数えて三番目に到達する町だ。しかし厳密に言うと町に入ったのとは違うかもしれない。

 俺が入ったことのあるサトリの町は……ただの廃墟でしかなかったのだから――


「マナ。もし見ず知らずの人間の命一つとおじいちゃんを含むサトリの町全てを天秤にかけるならどっちを選ぶ?」

「えっ? 何? 突然変なこと聞いてきて」

「落ち着いて聞いてくれよ」

 マナは首を傾げたまま黙っている。

「このまま冒険を続けていると、かなり高い確率でマナのおじいちゃんたちのいる町――サトリがレジェンドモンスターバハムートに襲撃されてしまう」

「え、え、どういうこと?」

「俺には先の出来事が分かる。理由は省く」

「省かないで教えてよ」

「省く理由は説明したところでマナには理解できない可能性が高いからだ」

「待って。だからもう少し私の理解力を信じて?」

「気が向いたらな」

「それ気が向かないやつ! ……もういいや。いいからリョウの話したいことだけ言いなさいよ」

 マナは観念したようにそう言った。俺が説明するつもりが無いと理解する力は高いようだ。

「この後、カンドの町長の病気を治すための行動がサトリを滅ぼす原因になるんだ。カンドの森を超えた先にあるカンドの洞窟。その最奥地に生えるカンド苔を採ってきて薬にしなければならないんだが、そこはレジェンドモンスターであるバハムートが眠りについてる」

「なんでそんなことが分かるの?」

「俺に同じことを二度言わせるつもりか?」

「はいはい。分かりましたよ!」

「続けるぞ。カンド苔を手に入れた直後、巣で寝ているバハムートが起きる。俺たちは全員殺され、飛び立ったバハムートはサトリを滅ぼしてしまう」

 要するに負けイベントというやつだ。原作だとバハムートに負けた後にカンドの町に強制的に戻される処理になる。そしてサトリが滅んだ後、マナから「小さい頃に会ったきりだったおじいちゃんとおばあちゃんが死んでしまった」と聞かされる。その台詞を覚えていたからこそマナが幼い頃にサトリに行ったことを知っていたわけだ。

「待って。私たち死んじゃうの?」

「そういうことになるな」

 マナは信じているのかいないのか、ポカーンとした顔で俺を見ている。

「そこでカンドの町長を見捨てるか、サトリの町を滅ぼすか。どっちがいい?」

「どっちも嫌に決まってるじゃん!」

「欲張りめ」

「だってしょうがないじゃん! てか私たちが死ぬ選択肢まであるし……もう意味分かんない」

 ふくれっ面で反抗するマナだったが、その言葉を聞いて俺はどうするか決めた。

「じゃあ、両方助ける道を選ぶか」

「待って。それができるなら聞かなくて良くない? 答え決まってるじゃん」

「おーいリロ!」

「無視!?」

 俺は一つ確認したいことがあったため、後方にいるリロを呼ぶ。リロは立て札に寝転がったまま手を振って反応する。一応無視はしないらしい。そんなリロに近寄ると俺は質問をぶつけた。

「この世界で俺が死んだ場合どうなる? 手前の町で生き返ったりするのか?」

 負けイベントとはいえ、原作では死亡状態となってカンドで目を覚ます。しかし、この具現化された世界ではどうなるのか。それが分かれば対処の仕方が決まる。

「普通に死ぬんじゃない? 神の干渉もない必然性に基づく世界になってるんだから」

「やっぱりか」

 可能性としては低くなかった。だから特に驚くようなこともない。

「じゃあ、バハムートを倒すしかないな」

「え、え、待って。バハムートってあのレジェンドモンスターよね? 町一つ壊滅させるって言われてる」

「よく知ってるな」

「そのくらい誰でも知ってるわよ! だからそんなモンスター倒せるわけないじゃん」

「いや。倒せる。倒せるようにこれから努力すればいいんだ」

「努力しても無駄なものは無駄よ」

「マナ。よく聞け」

 俺はマナの頭を鷲掴みにして真っ直ぐに目を見る。

「ゲームは努力を絶対に裏切らない」

 マナはそれを聞いてコクコクと頷いた。よし、少しずつ理解力が高まってきているようで何より。バハムートを倒すと決まったら必然的にやることも決まる。俺はマナとリロの二人に聞こえるように声を上げた。

「よし。まずはレベル上げをするぞ」

「めんどい」

 俺の提案に脊髄反射でリロが答える。だが決定権は俺にあるのだ。モンスターはそれに従うのみ。
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