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第1話 利害一致の関係
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「今日も旦那様は帰りが遅いのかしら?」
私は侍女に尋ねた。
「あ、あの…旦那様から本日はお戻りにはならないと…その…先程ご伝言が…」
言い淀む侍女。
「彼女のところね。分かりました。あなたももう休んで頂戴」
「…お休みなさいませ。奥様」
侍女は一礼して部屋を出て行った。
私は侍女が持ってきてくれたティーカップを手にしながら窓際に行き、真っ暗な外を眺めながら呟いた。
「…離婚してあげなきゃね」
カップにそっと唇を付けて、一口飲む。
温かい液体が身体中に広がっていった。
◇◇◇◇
私はクラティス。
ルーフェン子爵家の嫡女として生を受けた。
明るいマロンブラウンヘアにミントグリーンの瞳。
顔もスタイルも中の…中…だけど、そんなに悪くないと思うわ。
…多分…きっと…
しかし21歳にもなっても嫁ぎ先が決まらず、両親は頭をかかえていた。
世間では男女18歳までに、婚約もしくは結婚している事が常識だった。
一つ下の妹のフローネは、ユアンズ伯爵家の嫡男であるカルディと2年前に結婚し息子が一人いる。
現在二人目を妊娠中だ。
娘しかいない我がルーフェン子爵家は、フローネの子供の一人に継いでもらう予定だ。
それまでお父様にはぜひとも長生きして頂かなくては。
私は将来修道院へ入るつもりだから。
そう思っていたが、23歳になっても独身であった(人の事は言えませんけど)パレルモア伯爵家の次男であるケルネス様と結婚する事になった。
なぜ私たちは結婚適齢期を過ぎても独身だったのか…
私にはずっと好きな人がいた。
幼馴染のカルディ。
そう…妹の旦那様だ。
子供の頃から私と妹のフローネとカルディは、よく三人で遊んでいた。
そして私は将来彼と結婚できたら、この家は妹が婿を取って継いでくれれば…などと思っていた。
本当に…今思えば一方的な妄想よね。
だって彼が好きになったのは妹だったのだから…
いつの頃からだろう…カルディのフローネを見る目に熱がこもっていることに気が付いたのは…
いつの頃からだろう…カルディとフローネがお互いを思いあっていることに気が付いたのは…
ふたりの気持ちに挟まれて、私は思い悩んだ。
そんな時、突然母が倒れた。
幸いにも大事には至らなかったが、しばらく療養生活を余儀なくされた。
しかし私はこれを機に、カルディとフローネを結婚させる事にした。
両親のために、そして自分の気持ちにけじめをつけるために…
「人はいつ何が起きるか分からないわ。両親が元気なうちに、あなたの花嫁姿を見せてあげてほしいの」
そう言う私の言葉に、二人は結婚する事を決めた。
お父様もお母様もとても嬉しそうにフローネの花嫁姿を眺めていたわね。
“…これでよかったんだ”
私は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
その後母の容体はすっかり良くなったけれど、両親は当時すでに19歳になっていた私の嫁入り先を積極的に探す事はしなかった。
妹が嫁いだせいか、続けて娘がいなくなるのが寂しかったのかもしれない。
私もカルディがフローネと結婚した事で、結婚願望はなくなっていた。
ずっとカルディと結婚する事が私の夢でもあったから…
そんな事情も相俟って、私はすっかり婚期を逃し、気が付けば21歳になっていた。
けれど私は全く気にしていない。
だって将来は妹の子供にこの屋敷を継がせ、私は修道院へ入る事を決めていたのだから。
そう両親に伝えたら猛反対され、あわてて私の嫁ぎ先を探し始めた。
…今更遅すぎるでしょ。
ところがお父様は見つけてきてしまった。
パレルモア伯爵家の次男であるケルネス様との縁談を。
だけど私は修道院へ入る覚悟を疾うに決めていたので、この婚姻は始めからお断りするつもりだった。
しかし両親に泣きつかれてしまったのだ。
「お願いだから、会うだけでも会って頂戴」と…
妹が嫁いだ当初は私に傍にいて欲しかったようだが、二十歳過ぎても結婚する気配のない娘がさすがに心配になったようで、今回の縁談を何とかまとめようと必死になっている。
少々勝手な気がしないでもないが、両親なりに私を思っての事だから仕方がない。
私は両親の顔を立てるため、一度パレルモア伯爵令息とお会いする事にした。
…彼の方から断って頂くよう頼むために。
それに、適齢期を過ぎても独身である(自分の事は棚にあげますが…)彼に何か問題でもあるのではないかと思っていた。けれどそれは杞憂にすぎなかった。
実際お会いしたパレルモア様は金髪碧眼の見目麗しい男性で、性格も紳士的。
きっと引く手数多だったろうに23歳になっても独身を貫いていた。
もしかしたら異性に興味がない方なのか…?とも思ったけれど、私にとってはどうでも良い事であった。
どうせ結婚することはないのだから…
ところが彼から意外な申し出があった。
「僕には愛する女性がいる。その人とは決して結ばれる事はないけれど、彼女を忘れる事は出来ないんだ。だから、申し訳ないが君を愛する事はこの先ない。けれど、このまま独身でいる事は周りが許してくれそうにもないようだ。とても身勝手な申し出だと重々承知しているが、もし君が受け入れてくれるのであれば、形だけの夫婦として結婚できればと思っている」
『忘れられない愛する女性』
それが彼が今まで結婚せず、独身でいた理由だった。
彼の話を聞いて、私の中でカルディの姿が思い浮かんだ。
「…それは白い結婚を希望されるという事でしょうか?」
「ああ」
「もし子供の事を言われたら如何されますか?」
「僕たちの間に子供を儲ける事はできなかったとし、ルーフェン家の傍系から養子をもらえればと思っている」
「…私には結婚した妹がおります。もともと私が結婚しなければ、妹の子供をルーフェン家の跡継ぎにする予定でしたので問題ありません」
「…え、君はそれでいいのか?」
思いもしなかった私の返答に、パレルモア様は驚いていた。
「はい、構いません。私も結婚するつもりはなく、将来は修道院へ入るつもりでした。しかし両親は大反対。ですから、パレルモア様の提案は私にとってもありがたいです」
こんな好条件に、今後出会えるはずもない。
白い結婚で良く、両親にも世間にも体裁が整う。
私にとってメリットしかないわ。
修道院に入る覚悟は決めていたけれど、行かなくてすむのなら行きたくないもの。
戒律が厳しいし。
「お互いに利害が一致している“同志”として、うまく生活していきましょう」
「…同志」
「はい、いかがでしょうか?」
私はにこやかに提案した。
「同志…か。悪くないな」
彼はふっとやわらかく微笑み返した。
お会いして、初めて笑顔を見た瞬間だった。
こうして私とパレルモア様は結婚する事となった。
断るつもりでお会いしたのに、まさか結婚を決意する事になるなんて…
人生って何が起こるか分からないものね。
私は侍女に尋ねた。
「あ、あの…旦那様から本日はお戻りにはならないと…その…先程ご伝言が…」
言い淀む侍女。
「彼女のところね。分かりました。あなたももう休んで頂戴」
「…お休みなさいませ。奥様」
侍女は一礼して部屋を出て行った。
私は侍女が持ってきてくれたティーカップを手にしながら窓際に行き、真っ暗な外を眺めながら呟いた。
「…離婚してあげなきゃね」
カップにそっと唇を付けて、一口飲む。
温かい液体が身体中に広がっていった。
◇◇◇◇
私はクラティス。
ルーフェン子爵家の嫡女として生を受けた。
明るいマロンブラウンヘアにミントグリーンの瞳。
顔もスタイルも中の…中…だけど、そんなに悪くないと思うわ。
…多分…きっと…
しかし21歳にもなっても嫁ぎ先が決まらず、両親は頭をかかえていた。
世間では男女18歳までに、婚約もしくは結婚している事が常識だった。
一つ下の妹のフローネは、ユアンズ伯爵家の嫡男であるカルディと2年前に結婚し息子が一人いる。
現在二人目を妊娠中だ。
娘しかいない我がルーフェン子爵家は、フローネの子供の一人に継いでもらう予定だ。
それまでお父様にはぜひとも長生きして頂かなくては。
私は将来修道院へ入るつもりだから。
そう思っていたが、23歳になっても独身であった(人の事は言えませんけど)パレルモア伯爵家の次男であるケルネス様と結婚する事になった。
なぜ私たちは結婚適齢期を過ぎても独身だったのか…
私にはずっと好きな人がいた。
幼馴染のカルディ。
そう…妹の旦那様だ。
子供の頃から私と妹のフローネとカルディは、よく三人で遊んでいた。
そして私は将来彼と結婚できたら、この家は妹が婿を取って継いでくれれば…などと思っていた。
本当に…今思えば一方的な妄想よね。
だって彼が好きになったのは妹だったのだから…
いつの頃からだろう…カルディのフローネを見る目に熱がこもっていることに気が付いたのは…
いつの頃からだろう…カルディとフローネがお互いを思いあっていることに気が付いたのは…
ふたりの気持ちに挟まれて、私は思い悩んだ。
そんな時、突然母が倒れた。
幸いにも大事には至らなかったが、しばらく療養生活を余儀なくされた。
しかし私はこれを機に、カルディとフローネを結婚させる事にした。
両親のために、そして自分の気持ちにけじめをつけるために…
「人はいつ何が起きるか分からないわ。両親が元気なうちに、あなたの花嫁姿を見せてあげてほしいの」
そう言う私の言葉に、二人は結婚する事を決めた。
お父様もお母様もとても嬉しそうにフローネの花嫁姿を眺めていたわね。
“…これでよかったんだ”
私は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
その後母の容体はすっかり良くなったけれど、両親は当時すでに19歳になっていた私の嫁入り先を積極的に探す事はしなかった。
妹が嫁いだせいか、続けて娘がいなくなるのが寂しかったのかもしれない。
私もカルディがフローネと結婚した事で、結婚願望はなくなっていた。
ずっとカルディと結婚する事が私の夢でもあったから…
そんな事情も相俟って、私はすっかり婚期を逃し、気が付けば21歳になっていた。
けれど私は全く気にしていない。
だって将来は妹の子供にこの屋敷を継がせ、私は修道院へ入る事を決めていたのだから。
そう両親に伝えたら猛反対され、あわてて私の嫁ぎ先を探し始めた。
…今更遅すぎるでしょ。
ところがお父様は見つけてきてしまった。
パレルモア伯爵家の次男であるケルネス様との縁談を。
だけど私は修道院へ入る覚悟を疾うに決めていたので、この婚姻は始めからお断りするつもりだった。
しかし両親に泣きつかれてしまったのだ。
「お願いだから、会うだけでも会って頂戴」と…
妹が嫁いだ当初は私に傍にいて欲しかったようだが、二十歳過ぎても結婚する気配のない娘がさすがに心配になったようで、今回の縁談を何とかまとめようと必死になっている。
少々勝手な気がしないでもないが、両親なりに私を思っての事だから仕方がない。
私は両親の顔を立てるため、一度パレルモア伯爵令息とお会いする事にした。
…彼の方から断って頂くよう頼むために。
それに、適齢期を過ぎても独身である(自分の事は棚にあげますが…)彼に何か問題でもあるのではないかと思っていた。けれどそれは杞憂にすぎなかった。
実際お会いしたパレルモア様は金髪碧眼の見目麗しい男性で、性格も紳士的。
きっと引く手数多だったろうに23歳になっても独身を貫いていた。
もしかしたら異性に興味がない方なのか…?とも思ったけれど、私にとってはどうでも良い事であった。
どうせ結婚することはないのだから…
ところが彼から意外な申し出があった。
「僕には愛する女性がいる。その人とは決して結ばれる事はないけれど、彼女を忘れる事は出来ないんだ。だから、申し訳ないが君を愛する事はこの先ない。けれど、このまま独身でいる事は周りが許してくれそうにもないようだ。とても身勝手な申し出だと重々承知しているが、もし君が受け入れてくれるのであれば、形だけの夫婦として結婚できればと思っている」
『忘れられない愛する女性』
それが彼が今まで結婚せず、独身でいた理由だった。
彼の話を聞いて、私の中でカルディの姿が思い浮かんだ。
「…それは白い結婚を希望されるという事でしょうか?」
「ああ」
「もし子供の事を言われたら如何されますか?」
「僕たちの間に子供を儲ける事はできなかったとし、ルーフェン家の傍系から養子をもらえればと思っている」
「…私には結婚した妹がおります。もともと私が結婚しなければ、妹の子供をルーフェン家の跡継ぎにする予定でしたので問題ありません」
「…え、君はそれでいいのか?」
思いもしなかった私の返答に、パレルモア様は驚いていた。
「はい、構いません。私も結婚するつもりはなく、将来は修道院へ入るつもりでした。しかし両親は大反対。ですから、パレルモア様の提案は私にとってもありがたいです」
こんな好条件に、今後出会えるはずもない。
白い結婚で良く、両親にも世間にも体裁が整う。
私にとってメリットしかないわ。
修道院に入る覚悟は決めていたけれど、行かなくてすむのなら行きたくないもの。
戒律が厳しいし。
「お互いに利害が一致している“同志”として、うまく生活していきましょう」
「…同志」
「はい、いかがでしょうか?」
私はにこやかに提案した。
「同志…か。悪くないな」
彼はふっとやわらかく微笑み返した。
お会いして、初めて笑顔を見た瞬間だった。
こうして私とパレルモア様は結婚する事となった。
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