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最終話 愛する家族

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「僕が婚外子という話はしたよね」

「はい…」

「実母は男爵家の娘だった。父とは夜会で出会ったらしい。父にとっては遊びにすぎなかったのに、何も知らなかった母は父を愛した。僕を妊娠すると父は母に僅かな金を送り、一方的に関係を終わらせたんだ」

 お義母様と自分の境遇が重なり、私は胸が痛んだ…

「けれど、母はいつか父が迎えに来ると信じて待っていたようだ。でも僕が産まれても父は会いに来ず、別の女性と結婚した。そして母はだんだんと心が壊れていき……若くして亡くなった」

「!!…っ」

「ネックレスは父が母に贈った唯一の物なんだ。金メッキの安物さ。だが母はこれを肌身離さず着けていたようだ」

 そう言いながら、ご自分の胸元にあるネックレスをそっと右手で押さえたヴァリエ様。

「僕が物心がつく頃にはすでに母はいなかったから、この話は全て人から聞いたんだけどね…」

 私はヴァリエ様の言葉に頷く。

「僕がロックチェスター家に引き取られたのは、母が亡くなって何年も経ってからだ。父とその妻との間に子を授からなかったため、祖父が僕を引き取る事に決めたらしい。男爵家にとっても、厄介払いができてホッとしたんじゃないかな」

 ヴァリエ様は嘆息された。

「父は独身の頃から娼婦にのめり込み、結婚すれば少しはまともになるかと思ったようだけど無意味だった。祖父は跡取りとしての父を見限り、家令を補佐として付ける事にした。代わりに僕への教育は厳しい物だったよ。父は僕に対して無関心だったし、夫人には……まぁいろいろ嫌がらせを受けたしね。成長するにつれ、抵抗する事を覚えたからいつの間にかその嫌がらせもなくなったけど。その内、祖父が亡くなり、父が名ばかりの当主になったんだ。そして二年前に、夫人と一緒に事故で亡くなった…」

 ヴァリエ様はおつらかったであろう幼少時代を、淡々とお話になった。

「…だから僕は肉親に愛された記憶がないんだよ。僕に優しくしてくれたのは、ジェランの家族であり、ジェランや使用人のみんなだった」

 嬉しそうに話すヴァリエ様の笑顔に、私は少しホッとした気持ちになった。

「そして当主になってからは領民の笑顔も、僕の心の支えになった」

 分かるわ…ヴァリエ様がここの使用人の方たちや領民をどれほど大切にされているか…

「あの日…雨の中倒れた君に駆け寄り、君が妊娠している事を知った時、母と重なったよ。だからその後も君の事が気になっていたんだ」

「……そしてお義母様と境遇が似ていた私に同情されて、求婚状を送って下さったのですね」

「……その気持ちはいなめない……それと……」

 ヴァリエ様が何か言いにくそうな表情をされた。

「……ヴァリエ様?」

「その時は……君のお腹の子を跡継ぎにすることで、父や祖父に僕なりの復讐をしようと思っていた…」

「……え?」

 私は一瞬どういう意味なのか理解できなかった。

「祖父が婚外子の僕を引き取ったのはひとえに直系という血筋を重んじたためさ。だからロックチェスター家とは全く無関係の血筋を入れる事はきっと何よりも屈辱的な事だと思った。最初は僕の代でロックチェスター家は廃絶しようと思っていたのだけど、ここで働いてくれている者たちや領民の事を考えるとできなかった…だから…」

 ヴァリエ様のわんとする事が何となく理解できた。
 
 子供に恵まれない場合は傍系から養子をもらう事は多々あるけれど、あくまで直系にこだわった古い慣習も根強く残っている。

 ヴァリエ様の父親に能力がないにも関わらず、当主を継がせたのは直系だったから。ただそれだけ。けれど、ロックチェスター家にとっては、それが何よりも重要だった。

 だからこそ無関係の人間の血を入れる事は、彼なりの復讐だったのだろう。

 母親を捨てた父親に
 自分を息子の代わりに仕立て上げようとした祖父に
 最初から母親と自分を受け入れてくれなかったロックチェスター家に…

「……すまない。アルバを利用するような事を…」

 そう言いながら、私に頭を下げたヴァリエ様。

「や、やめて下さい! そんな事されたら私はどうお詫びすれば…」

 言葉に詰まった。

 例えアルバが利用されたとしても、伯爵家の跡継ぎならば逆にありがたい話だ。
 私に頭を下げるようなひどい事ではない。

 ヴァリエ様が全てご存知だったとは言え、私は妊娠している事を隠していた。
 両親や叔父達に口裏を合わせてもらった。
 あわよくば、子供を伯爵家の当主にと目論もくろんだ。

 私はこの罪をどう償えばいいのだろう…

「……最初は同情だったよ。そして母と似た境遇の君を幸せにする事で、母を幸せにできなかった事が許されるような気がしたんだ。でも……領民たちと一緒になって楽しむ君の朗らかさに、倒れた僕を心配して泣きながら怒った君の優しさに、何より…必死にお腹の子を守ろうとする君の強さに惹かれずにはいられなかった。そしてアルバが生まれ、母と同じ青い瞳を見た時は嬉しくて胸がいっぱいになったよ。その時の気持ちに、アルバとの血の繋がりなど関係なかった」

「…ヴァ…リエ様…」

 ヴァリエ様は私の流れる涙を指で優しく拭った。

「僕たち……ここから始めていけないだろうか? これからもずっと…ルクスとアルバと一緒にいたいんだ…」

 私の両手を握り締めたヴァリエ様の手から、あたたかい気持ちが流れてくる。

「……っ」

 私は言葉にならず、何度も何度も首を縦に振っていた。


 ◇◇◇◇


 その後、ティミド様は裁判にかけられた。

 あの日は運ばれる荷物の中に紛れ、屋敷に侵入した事が分かった。
 金策に走り回っていた時に、私が伯爵家に嫁ぎ、男子を出産した事を耳にしたようだ。
 確証はなかったが自分の子かもしれない、そしてそれをネタに脅せると思ったと証言していた。

 裁判の際、この事に関してはヴァリエ様が完全否定し、こう仰って下さった。

『子供はロックチェスター家の後継者であり、私のかけがえのない息子です!』

 平民落ちしたティミド様が、伯爵家の子息を人質に取り害をなそうとした時点で、極刑を免れる事はないだろう……


◇◇◇◇


 窓の外を見ると太陽が沈み始め、長い廊下は夕日色に染められていた。

「ヴァリエ様はアルバを連れて、どこに行かれたのかしら?」

 私は二人の姿を探して、一階から二階のいくつかの部屋を回っていた。
 もう一度一階の部屋に戻ってみると…

「まぁっ! さっき来た時はいらっしゃらなかったのにっ」

 部屋にはアルバを抱きながら揺り椅子で寝ているヴァリエ様と、ヴァリエ様の服を小さな手で握り締めて寝ているアルバがいた。

 気持ちよさそうに寝ている二人の寝顔を見て、顔がほころぶ。
 二人にそっとブランケットを掛け、私は傍にあった椅子に静かに座り編み物を始めた。

 ゆるやかに流れる時の中、二人の寝顔を見ながら私は幸せを噛みしめていた。
 これからも愛する家族と過ごす日々を大切にしていきたい。

 この先もずっと―――…

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