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第7話 罪咎
しおりを挟む結婚してから三か月になろうとしていた。
実際はもうすでに、お腹が膨らんできている。
けれど体質なのか、服の上からならまだ分からない。
結婚後、実家に帰る事を理由にこの領地から離れた病院へ行き、定期的に検診を受けていた。
本当は最初から、医師である母の弟の叔父に診てもらいたかったが、反対されるのは目に見えていたからギリギリまで父や叔父たちには隠していた。
けれどこれから出産の事を考えて、今後は叔父に|診てもらうつもりだ。出産時には、助産婦をしている叔父の妻である義叔母にお願いしようと思っている。
そのためにも叔父様と義叔母様に全てを話そうと思い、屋敷に来て頂けないかお願いした。
そして父にも……父にも言わなければ―――…
ヴァリエ様には体調が悪い事を理由に医師である叔父様に診察をお願いしたと話してある。
けれど一家総出で訪問すれば、訝しく思うだろう。
母から事情を聞き、母と一緒に来た父は驚き激怒した。
当然の事だ。
「なぜ今になってそんな事をっ! どうしてもっと早く話してくれなかったんだ!!」
父は怒りのあまり声を震わせていた。
「ルキシー! おまえもなぜ黙っていたんだ!」
怒りの矛先は母へ向く。
「やめて! お母様を責めないで! 私が強く口止めしたの!!」
「…くっ!」
父は握り締めた右手を額に当て、苦しそうに目を閉じている。
そして父はもちろん、叔父様と義叔母様も、私がしようとしている事に猛反対した。
「妊娠の偽装なんて無理に決まっている! 初夜で妊娠した事にしても実際とはすでに日数の開きがある。いや…早い出産はありえない事ではないが…だが子供はどうしたってヴァリエ様の子供ではないだろ!? お前は他の男の子供をヴァリエ様に育てさせるつもりか!? そんな事が許される訳がないだろ! 今から正直に話して、重々お詫びをして離婚するんだ!」
叔父様の叱責に、私はただただ項垂れるしかなかった。
ジェランにヴァリエ様の噂の真相を聞いた時から、私は自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていた…
そして今は取り返しのつかない事をしたと、毎日自責の念に駆られている。
私はなぜ、この結婚を受け入れてしまったのだろう…
ああ…自分でも今になって何を言っているのだろうと呆ればかりだ。
この結婚を承諾した時の私は、精神的に追い詰められていたから冷静な判断が出来なかった。
それがこんな…取り返しのつかない事になるなんて考えもしなかった…
いえ…そんな事はもはや言い訳にならない…っ
「で…でも、今更…他の男の子供を妊娠しています、離婚して下さいって言って…何事もなく離婚できるはずないわよね…?」
義叔母様の言葉に、全員何も言えなかった。
「だ…男爵家の人間が伯爵家の当主を騙した事になるのよね…罪になるのではないのかしら…そうしたらサンチェス家はどうなるの? 雇っている人々はどうなってしまうの…?」
私はそう言いながら頭を抱えた。
「そ…れは…」
父は口籠った。
もしかしたら親族諸共処罰を受けるかもしれないからだ。
私の行動は、親族や雇用人にも関わる大問題に発展していた。
そうよ。
ただ謝って離婚して終わりになる訳がなかった。
でも…このまま隠し続けたら、もっと大変な事になるのでは…
今更ながら自分の浅はかな判断を悔やんだ。
「で、でも、子供はルクスに似るかもしれないわ。もし父親に似ていたら、親族の血筋が影響している事にすればいいのよ。お父様がそうだったのよ。お祖父様もお祖母様も明るい栗毛色なのに、お父様は真っ黒でしょ? お祖母様のお父様にそっくりだったそうよ。そういう事があるらしいの」
私の傍で、母が早口になりながら説明した。
「そういえば子供の頃、母上が言ってたな…」
父が母の言葉に頷いていた。
「確かに…隔世遺伝というのはあるけれど…だがそういう問題じゃ…」
叔父様が苦しそうに言葉を発する。
その時、扉を叩く音がした。
トントン
5人ともノックの音に驚き、一瞬全員の身体が跳ねた。
「は、はい。どうぞ」
私は慌てて返事をした。
「診察は終わったかな?」
いらっしゃったのはヴァリエ様だった。
「どうでしたでしょうか? 妻は大丈夫でしょうか?」
心配そうに叔父に私の容態を尋ねている。
女好きも職務怠慢も横柄な性格も全て先代の事で、この方は誰よりも思いやりに溢れ、誰よりも勤勉な方だった。
そんな方を騙そうとするなんて、私は何て最低は人間なの!?
どんな罰を受けようと今からでも本当の事を……
「あ…あの、ヴァリエ様……じ、実は……」
言葉がうまく出てこない。
口の中が渇く。
「…に、妊娠したそうです」
「「「「!!!」」」」
皆が父の顔を見た。
お父様は何かを決したように目を見据え、両手を膝の上で握り締めていた。
「………えっ、あ、そう…そうなんですね」
いつも冷静なヴァリエ様が、こんなに戸惑っている様子を見るのは初めて。
そして私の傍に来て、私の手を取り、こう言ってくれた。
「体を大事にして、元気な子を産んでくれ。君も子供も僕が守るから」
そう言いながら、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「………っ!」
「ルクス?」
ヴァリエ様はベッドに座り、突然泣き出した私を優しく抱きしめて下さった。
もう…十分すぎるくらい大事にして頂いている。
なのに、私は…ヴァリエ様を騙している…っ
私はこんなにも大きな秘密を一生隠し通せるの?
その気持ちは父や母、そして叔父様、義叔母様も同じらしい。
ヴァリエ様以外、全員の顔が苦悩に満ちていた。
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