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第2話 失くしたくない宝物
しおりを挟む暗闇の中、私の腕の中には可愛い赤ちゃんが眠っている。
その時、突然腕が伸びてきて、私から赤ちゃんを奪っていった。
私は追いかけようとしたけれど、別の腕が私の両腕と両足を押さえ、動きを止められて動けない。
『いやっ! 赤ちゃんを連れて行かないで! 私の赤ちゃんを返して!』
泣き叫ぶ私の声には構わず闇が赤ちゃんを連れ去ろうとした時、誰かが赤ちゃんを抱き上げ、私にそっと渡して下さった。
私は何度もお礼を言い顔を上げると、目の前には金色の百合の花が輝いていた。
すると暗闇が一気に明るくなり、白い天井が広がった―――…
「…ここは…」
「気が付いたかい? ここは病院だよ。緊急で運ばれてきたんだ」
白衣を着た年配の男性が私の顔を覗き込みながら話しかけている。
「…びょ…院……!!……あ、あのっ 赤ちゃんはっ」
「大丈夫だから、安静にしていなさい」
医師は穏やかな声で、諭すように私に言葉をかけた。
赤ちゃん…無事…良かった…
私は大きく息を吐き、安堵する。
「連絡先を教えてもらえるかな? しばらく入院が必要なんだ」
「……あの、お電話をお借りしてもよろしいですか?」
私は母に連絡をした。
父に内緒で来て欲しいと…
連絡後、母はすぐに駆けつけてくれた。
「ルクス! 大丈夫なの!? 入院だなんて!」
「お母様…お父様には内緒にしてくれた?」
「ええ…あなたが何度も言うから…」
母は戸惑い気味に答える。
私は母に全て話した。
ティミド様に捨てられた事
ティミド様の子供を身籠った事
子供を産みたい事を…
「お…ルクス…なんて事…っ」
母はベッドの傍らで顔を覆って泣き出した。
お父様…お母様にも婚約破棄の事は話していなかったのね。
ずっとお一人で抱えていたんだわ。
「お母様……妊娠の事、お父様には黙ってて欲しいの…」
「な、何を言っているのっ そんな事できる訳ないでしょ!?」
当然の反応だ。けれど、今はまだ父に知られたくない。
堕ろすように言われるかもしれないもの…っ
「お願いします! ずっと黙っていて欲しいわけじゃないのっ 堕胎できる月が過ぎるまででいいからっ お願い…っ」
私は母に頭を下げて頼んだ。
「でも…そんな……ち…父親のいない子になるのよ…」
母は苦しそうに言葉を絞り出した。
「私が二人分愛するわ…もう愛しているのよ…殺す事なんてできないっ お願い…っ おか…さ…おねが…」
私は泣きながら、母にお願いした。
何度も…何度も…
母は、泣いている私を抱き締めながら言ってくれた。
「わかったわ……」
しばらくすると母から連絡を受け、飛んできた父。
バタン!!
「ルクス! 大丈夫か!?」
「お、お父様…っ」
突然扉が開き、病室に入ってきた父に驚いた。
ベッドを使っているのが私だけで良かったわ。
「ルキシーと出かけている時に、気分が悪くなったんだって?」
「う、うん…そうなの…」
お母様と……そういう風に話してくれたのね。
私はチラリと母の方に視線を向ける。
母は静かにうなずいた。
私はためらいがちに父に言葉をかける。
「………お父様」
「ん?」
「……私……ティミド様と別れたの。彼、他の子爵令嬢と婚約したんですって…」
私の言葉に、父の眉間の皺が深く刻まれた。
「……実は…先週、ベルキス家から婚約破棄の書類が届いたんだ。説明をしに来るでもなく、謝罪の言葉もなく、ただ書類だけを一方的に寄越して!」
ダン!!
父はベッドの横にあった小さなテーブルに、握り締めた拳を叩きつけた。
「…もういいのよ、お父様。書類にサインするわ。それで終わりにしたい。だから訴えようとしないで…」
私は父にお願いをした。
「…でも…それじゃ…お前が…」
父は俯きながら、言葉を濁す。
「もう…いいの…」
私は父の握りしめている手の上に自分の手を重ねた。
母は口に手を当て、声を殺して泣いている。
迷惑かけてごめんなさい…お父様…お母様…
けど、この先もっと迷惑をかける事になるわ…
その事を考えると両親に申し訳なくて、胸が締め付けられる。
一週間後、退院し家に帰ると、父から驚く話を聞かされた。
「伯爵家から私に縁談…?」
訳が分からなかった。
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