上 下
1 / 14

第1話 貴方が幸せなら、私も幸せ 〜リュシュエンヌ視点〜

しおりを挟む

「オスカー…愛しているわ」

「リトルティ!」

 ハニーブロンドの小柄な女性が、愛しい男性に抱きつきながら愛を囁く。

 月夜に照らされた美しい庭園での男女の抱擁。
 なんてロマンティックな光景でしょう。

 抱きつかれている男性が、わたくしリュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でなければ…

 その光景を見つめていた私の視線に気が付いたオスカー様が、あわてて令嬢を引き剥がすように離れましたが時すでに遅しとはこの事でしょう。

 お互いの胸には、ペアで揃えたクラヴァットピンとネックレスが輝いています。

「リュシュエンヌ! ち、違うんだ! これは…」
 しどろもどろになるオスカー様を見るのは初めてですわ。
 いつもは冷静な方なのに。やはり愛する方が関わると違いますわね。

 オスカー様に抱きついていたのは、リトルティ・ナルデア子爵令嬢。
 オスカー様のご友人のご令妹でいらっしゃいます。

「リュシュエンヌ様、申し訳ありません。私とオスカーは愛し合っております。けれど、貴方とオスカーの婚約を簡単に取り消せない事も分かっておりますわ。ですので、私たちの関係を許して頂けませんか?」

 そう言うとリトルティ様はオスカー様の腕に手を回し、お上品とは言い難い皮肉な笑顔を見せた。

 とても申し訳なさそうなお顔をされているようには見えませんが、元よりお二人の関係は婚約する前から存じておりました。

「何言っているんだ、リトルティ!」 
 オスカー様があわててリトルティ様の手を振り払う。

 先程まで抱き合っていたのですから腕を組むくらい気にしませんわ、オスカー様。

「あんな無表情な女は気持ち悪いって言ってたじゃない!」

 リトルティ様は小柄な方なのに、結構声を張り上げてお話になるのですね。初めてお話をした時もそうでした。
 …変わらずお言葉に難ありですが。

「そんな事言った覚えはない!」

「言ったわ! 人形のようだって!」

「そ、それは…」
 
 言い淀むところを見ると、似たようなお話をされていた事は明白。
 それも致し方ない事です。実際、私は表情が顔に出ないので学内ではちょっとした有名人みたいです。
 …あまり良い意味ではなく。

 地味なダークブラウンの髪に暗いオリーブグリーンの瞳が無表情さを際立たせているようで、【鉄仮面の伯爵令嬢】などと言われておりますし。

 ですので、普通なら修羅場…と言われるようなこの状況も、きっと私の顔はずっと無表情のまま傍観していたと思われます。

 かたやオスカー様は【白銀の薔薇貴公子】と言われるくらい眉目麗みめうるわしいお方。

 薄紫がかった白銀の髪。深い海を映したようなプルシャンブルーの瞳。
 そのお姿に心奪われる女性は後を絶たない。

 お互いに二つ名を持っておりますが、意味合いが全く違いますね。

 そしてリトルティ様がかねてよりオスカー様と恋人同士というのは周知の事実。
 なのに私との婚約を交わす事になったのは、当然政略結婚に他ならないのです。

 貴族同士の結婚に個人の感情は関係ありません。
 そして親が決めた事に否と言えるはずもなく…

 ならば、オスカー様にはせめて愛する方との時間を少しでも多く持って頂ければと思い、私ある名案が浮かびました。

 今宵の夜会ではその事をお話ししようとオスカー様を探していたところ、この状況に出くわした次第でございます。

 けれど、ちょうど良かったです。今ここでお話ししましょう。

「オスカー様」

「…はい」

 なぜか、オスカー様がとても緊張していらっしゃるように見受けられます。
 私がリトルティ様と密会している事を責めると思ったのでしょうか。
 ご安心下さい。
 この案はオスカー様にとっても喜ばしい事と存じます。

「私と結婚しても、無理に夫婦になる必要はございません。今まで通り、リトルティ様との関係を続けて頂いて構いませんので」

「え?」

「そして、将来リトルティ様がオスカー様のお子を授かった際には、その子を跡継ぎになさればよろしいかと存じます」

「は?」  

 あら? オスカー様の表情がとても間の抜けた…いえ、力の抜けた顔をなさっておりますね。
 これも珍しい事です。

「ですので、リトルティ様を第二夫人として迎えて頂ければと思っております」

「な、何を言って…」

「キャー! 本当に第二夫人にしてもらえるの!?」
 オスカー様の言葉を遮るように、リトルティ様が嬉々とした声をあげた。

「婚約破棄をして差し上げられたら一番よろしいのですが、この結婚は家同士のいわば契約でございます。個人の感情で決められる事ではありません。ですが、オスカー様につらい結婚生活を強いる事は私の本意ではございません。我が国は一夫多妻制が認められておりますので、どうぞオスカー様の望むようになさって下さい。お話は以上でございます。では、私はこれで失礼させて頂きます」
 私は二人の前で丁寧にお辞儀をしてその場を後にした。

 リトルティ様、とても喜んでおられて良かったわ。『正妻の方がいい!』と言われたら困っていたところです。
 オスカー様は…固まっていたように見えましたけれど、嬉しすぎて言葉にならなかったのでしょう。

「帰りましょう…」

 せっかくの夜会でしたが、さすがに広間に戻る気にはなれません。
 それに、私がいたらお二人が楽しむ事ができませんものね。


 ◇◇◇◇


 馬車の窓から仰ぎ見る月に、オスカー様とリトルティ様の姿が浮かんで見えます。
 とてもお似合いのお二人ですね。
 …あら、その姿がだんだん歪んできました…

「いやですわ…なぜ涙が…」 

 リトルティ様を迎える事がオスカー様の幸せ。オスカー様が幸せなら私も幸せ。 
 だからこれでいいはずなのに、なぜあとからあとから涙がこぼれ落ちるのでしょう…      


 私…いつも通り…無表情でいられたかしら… 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

殿下が望まれた婚約破棄を受け入れたというのに、どうしてそのように驚かれるのですか?

Mayoi
恋愛
公爵令嬢フィオナは婚約者のダレイオス王子から手紙で呼び出された。 指定された場所で待っていたのは交友のあるノーマンだった。 どうして二人が同じタイミングで同じ場所に呼び出されたのか、すぐに明らかになった。 「こんなところで密会していたとはな!」 ダレイオス王子の登場により断罪が始まった。 しかし、穴だらけの追及はノーマンの反論を許し、逆に追い詰められたのはダレイオス王子のほうだった。

【完結】こんな所で言う事!?まぁいいですけどね。私はあなたに気持ちはありませんもの。

まりぃべる
恋愛
私はアイリーン=トゥブァルクと申します。お父様は辺境伯爵を賜っておりますわ。 私には、14歳の時に決められた、婚約者がおりますの。 お相手は、ガブリエル=ドミニク伯爵令息。彼も同じ歳ですわ。 けれど、彼に言われましたの。 「泥臭いお前とはこれ以上一緒に居たくない。婚約破棄だ!俺は、伯爵令息だぞ!ソニア男爵令嬢と結婚する!」 そうですか。男に二言はありませんね? 読んでいただけたら嬉しいです。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

婚約者に親しい幼なじみがいるので、私は身を引かせてもらいます

Hibah
恋愛
クレアは同級生のオーウェンと家の都合で婚約した。オーウェンには幼なじみのイブリンがいて、学園ではいつも一緒にいる。イブリンがクレアに言う「わたしとオーウェンはラブラブなの。クレアのこと恨んでる。謝るくらいなら婚約を破棄してよ」クレアは二人のために身を引こうとするが……?

幼馴染のために婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです

新野乃花(大舟)
恋愛
クライク侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたエレーナの事を受け入れていた。しかしクライクはその後、自身の幼馴染であるシェリアの事ばかりを偏愛し、エレーナの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにクライクはエレーナのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったクライクは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。

処理中です...