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「――うおおおおお!!」


 冒険者の一人が叫びながら剣を振るう。周囲の面々が「ば、バカ!」と声をあげると同時に、ロックベアードは目を赤く光らせ、その瞬間、剣を振るった冒険者は身動きを止めて、そのまま石へと変貌してしまった。

 次いで、弓を構えた冒険者が、「死ね!」と叫び、ロックベアードに向かい矢を放った。

 矢は鳥のように勢いよくロックベアードへ迫り、しかし、ロックベアードがまたしても目を赤く光らせると、その瞬間に矢は石へと変貌し、勢いを失いことりと地面へと落ちてしまった。


「クソ、ダメだ! 矢も全部石にされちまう! 何より数が足りねぇ!」

「どうすりゃいいんだ! 突然過ぎて対策が出来てねぇ!」


 冒険者たちはロックベアードを見つめ、口々に吐き捨てる。すると、ロックベアードはまたしても目を赤く光らせ、周囲に紅い熱線を放った。

 熱線が過ぎ去った位置が焼き切れ、次いで爆発する。冒険者たちは騒音に混乱し、「うわあああ!」と叫び回った。


「おい、弓兵! なんとかしやがれ!」

「無理だ! パニックで隊列が組めねぇ! 落ち着くまで待つしかねぇ!」


 現場は逃げ惑う民間人や冒険者の群で騒然としていた。ひっ迫した状況が対処と言う物を困難にさせ、事態は悪化の一途を辿る一方であった。

 ――と。そんな混乱した事態の中。


「……お願いします、ラヴィーナさん。角度が一番重要です」

「任せなさい! お姉さん、力仕事が一番得意だから!」


 ルースはラヴィーナの右腕に抱きかかえられ、身を縮こまらせて遠方のロックベアードを睨みつけていた。

 すると、ラヴィーナはルースを抱えたまま、一歩、二歩と大きく足を踏み出し、勢いをつける。そして三歩目の足を前に踏み出した途端、ラヴィーナは全身をくねらせ、弾みをつけてルースの体をロックベアードに向けて投擲した。

 ラヴィーナの二つ名は『豪力』である。他の冒険者に比べ、抜きん出て高いSTRの数値がその名の由来であった。

 彼女のパワーは圧倒的である。故に彼女にとって、人間一人を遥か彼方にまで投擲することなど、造作もないことであった。

 浅い角度で放り投げられたルースは、そのまま勢いよくロックベアードへと肉薄する。矢のように空を駆けるルースを、当然、ロックベアードは感知していた。


「あっ――アレは……!」

「“最弱”のルースじゃねぇか! 何やってんだ、アイツ!」


 冒険者たちが、突然空を飛んできたルースに目を見張る。「バカか、アイツ!」「犬死するぞ!」と、冒険者たちが口々に彼の行動を非難する。

 ロックベアードが、ルースを睨みつける。ルースは同じく目の前の敵を睨みつけ、瞬間に、彼の脳内には走馬灯のような物が走っていた。


『君に一体何ができるの?』
『紛うことなき底辺の冒険者です』
『他人に寄生することでしか生きていけねぇテメェみたいな負け犬に、一体何ができるって……』


(――わかっている、そんなこと!)


 ルースはこの刹那に、自身が石にされると言う確信を得ていた。

 ロックベアードのモンスターとしての等級はA3ランク。石化の魔法が脅威であることも理由のひとつだが、単純なモンスターとしての強さがそれだけ高いと言う事も意味している。

 対してルースはEランク……それも、同ランクの冒険者でも綽々と倒せるモンスターにさえ手を焼く、紛うことない最弱である。二者を比較し、出る結論はひとつ。


(僕にコイツは倒せない! どう足掻いても勝てるわけがない!)


 ルースの予測は当たり、ロックベアードはそのままルースを見上げ、赤く目を光らせる。

 ルースに石化の魔法が当たり、彼の肉体が石へと変貌していく。しかし、その刹那であった。


(僕じゃコイツは倒せない――だから、後は、任せますッ!)


 ルースは自身の肉体が石へと変わり切るその瞬間に、勢いよく腕を振るって何かをばら撒いた。

 胡椒こしょうである。香辛料であり、料理が唯一の特技であるルースが常に持ち歩いていた調味料。
 戦場にはおおよそそぐわない物品。ルースはそれを、巨大な眼球の目前で勢いよくばら撒いたのだ。

 必然、胡椒の粉末は、ロックベアードの眼球へと入り込む。粘膜に多量の香辛料が振りかけられ、その瞬間に、ロックベアードは激しい金切り声をあげた。


『キシャアアアアアアッッッッ!!!!!』


 胡椒が粘膜を刺激し、ロックベアードは目を閉じ多量の涙を流す。ルースはそのまま石になり、勢いを失くし地面へと落下する。

 刹那。目を閉じ視界が塞がれたロックベアードに、フランが勢いよく接近し、


「よくやったわ、ルース……!」


 フランの右拳が白く輝く。フランはそのまま大きく腰を回し、満身の力を込めて拳を突き出した。


「ヘヴンリー・ナックル!」


 魔力の込められた――ロックベアードに、防ぐ手立てはなく。

 拳がロックベアードに突き刺さる。その瞬間にロックベアードは肉体を爆散させ、辺りに肉片を巻き散らした。


「――勝ったわね」


 フランは散らばった肉片を見下し、両手を払いながらほのかに笑う。

 途端、周囲の人々が歓声をあげ、フランを称賛した。

 かくして、突如巻き起こった事件は解決し、事態は沈静を見せた。


◇ ◇ ◇ ◇


 パキリ、パキリと音がした後。気が付くと、僕は石畳の大通りで、地面に寝転がっていた。

 僕の周りでは、フランさんとラヴィーナさん、そしてクロロさんの3人が、僕を心配そうにのぞき込んでいた。


「ルース。大丈夫かしら?」


 フランさんが僕に話しかけて来る。僕は少しだけくらくらとする視界を頭を振って元に戻し、「は、はい。大丈夫です」と返事をする。

 フランさんが「よかったわ」と笑い、ラヴィーナさんがほっと胸を撫でおろす。クロロさんは手に持った空の瓶を懐へしまい、「感謝するですよ。私が治したんですから」といやらしく笑った。


「それにしてもお前、とんでもねぇバカですね。失敗してたらあのままおっんでたじゃないですか」

「……まあ……最悪そうなっても……別に、戦況に影響はないので……」

「そこまで計算してってことですか。お前、頭のネジ何本か飛んでますね」


 クロロさんが呆れかえり、そう言って肩を落とす。僕は「あはは……」と笑うと、「笑い事じゃねぇです!」とクロロさんが怒鳴り、それに他の2人もくすくすと笑った。


「……ねえ、ルース」


 と。地面に座り込む僕に、フランさんがそう声をかけてきた。僕はフランさんを見上げ、真剣な面持ちの彼女と視線を交わす。


「あなた、正式に私たちとパーティーにならない?」


 フランさんの言葉に、僕は「えっ」と目を丸くしてしまった。


「えっ――ど、どういうことですか!?」

「どうって、言葉通りの意味よ。私たちの仲間になるの。もちろん、追放もしない」

「あっ……えっ、でも、なんで!? 僕は最弱の……」


 僕が驚き反論をすると、フランさんは身を屈め、僕の声を押し止めるように、僕の両手を包み込んだ。


「……絶対に勝てる勝負に挑むことを、勇気とは言わない。あなたはあの状況で打開策を見出し、そしてそれを見事にやってのけた」


 僕は「あっ、」と声を漏らし、フランさんの表情を見つめる。

 フランさんは、どこまでも暖かい笑みを浮かべて、僕をただ優しく見つめていた。


「あなたはあの場で、誰よりも弱かった。だからこそ、あなたは誰よりも強い知恵と勇気を知らしめた。……ステータスに反映されない、紛うことないあなたの力よ。
 あなたは無能なんかじゃない。その心の強さがあれば、どんな困難も乗り越えられる。……一緒に行きましょう」


 目に涙が浮かんだ。人生で初めて、僕は僕の可能性を肯定してもらえた。

 想いを堪え切ることなんてできなかった。僕は気が付けば大粒の涙を流しながら、彼女の手を包み込み、頭を下げて呟いていた。


「――お願いします。僕を一緒に、行かせてください」


 フランさんは僕の声を聞き、「うん」と優しく微笑んだ。


◆ ◆ ◆ ◆


 ――かくして、少年の物語が幕を開けた。

 これは、社会の底を生きる最弱の少年が、世界を救う英雄に至るまでの物語である!
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