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第陸念珠
#053『鮫鮫オート』
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現在 山口県某市の図書館で司書の仕事をなさっておられる霧絵さんは、大学時代 一人の男性と付き合っていた。
名前は光昭さん。彼女より少し年上で、友達の紹介で知り合った好青年であった。
鳶職をしている光昭さんはいつも黒々と日焼けしており、絞った筋肉質の体つきをしていた。しかしそんな見た目に反してとても物静かな方で、趣味は文学小説を読むこと・・・という 意外なタイプの紳士であったそうだ。
音楽の好みや、大好きな本に関しての話題もピタリと合う。その一方、細かな性格や性分に関してはいい意味で真逆の部分も多く、「ああ、この人と一緒に暮らすことになったら、おそらくお互いを上手く補完し合って生きていけるのだろうな」と 霧絵さんはいつも感じていた。
一刻も早く両親に紹介したかったし、光昭さんの方も「良ければご挨拶に伺いたい」と常々言ってくれていたのだが。
やはり大学に通わせて貰っている身空であるから、まずは学業を果たしてから――という結論に達し、彼もそれに納得してくれた上で交際を続けていたのだという。
❖ ❖ ❖ ❖
そんなある日のこと。
霧絵さんのアパートに、神妙な面持ちを称えた光昭さんが訪ねてきた。
一目で様子がおかしいと直感したので「どうしたの?」と訊ねると、
「何から話していいかわからないから、とにかくこれを見て」
そう言われ、一枚の小さな紙を差し出された。
名刺のようだった。
〝(株)鮫鮫オート 代表取締役 高田光昭〟
そう記されていた。
思わず「はぁ?」と高い声を発しながら、光昭さんの瞳を覗き込む。
「み、光昭くんて確か、鳶職の人だったよね?」
「ああ・・・そうだよ」
「なら、この名刺・・・ サメサメ、オート? 代表取締役? これ、何?」
「うん。尤もだよね。すごく尤もな質問だ」
わけがわからなくて尤もだ、と繰り返した末、光昭さんはこんな話を語り始めた。
「実は最近、実家の方で不吉なことが頻繁に起こりだしたので、家族が法師様にお伺いを立ててみた。すると有り難くも、この名刺を刷って頂いた。ついてはお願いがあるのだが、この名刺を封筒に入れて、霧絵のアパートの押し入れの中に貼り付けておいてくれないだろうか?」
――切々と語られたところで、
まったく理解不能だった。
唐突に過ぎてパニックに陥りそうですらあったが 何とか理性を発揮し、丹念に彼から事情を聞き出し、整理してみると、
「光昭さんの家族は、ある種の宗教団体に入信している」
「その団体のトップ、〝法師様〟と呼ばれる人は、不幸や心霊現象に苦しめられる人に対して 霊験あらたかなる〝名刺〟を刷って下さる」
「〝名刺〟は、ひらたく言って〝お札〟と同じ効力を発揮する」
「記されている会社名や役柄などは、実際のその人の身の上とはまったく関係がない。言わば仏教でいうマントラのようなもので 凡人には理解しようとしても出来ない深遠なものである」
「今回刷って頂いた〝名刺〟は、誰でも滅多に頂けない 崇高で貴重なものである」
よくよく聞いてみて、更にパニックに陥りそうになった。
その様子を察したのか、「黙っていてごめん」と、光昭さんは素直に頭を下げてきた。
加えて、
「決して怪しげな新興宗教とかじゃない」
「親族・親戚間だけで信仰が完結しているコミュニティで、〝法師様〟というのは実は本家の旦那様のこと」
「法人とかでもない。純粋な信仰によって結束した、損得勘定ナシの集団なんだ」
と 畳みかけるように力説する。
(それって、もろカルト・・・秘密結社じゃん・・・)
ここまで来ると、逆に頭が冴えてしまった。
「ご実家の方で不吉なことがあったというのに 何で私のアパートに、その名刺とやらを貼らなくちゃならないの?」と冷静に問いかけてみた。
すると、明らかに光昭さんは狼狽の仕草を見せたという。
そして、しどろもどろで紡がれてゆく電波的な説明を照合してみると、
どうやら〝法師様〟は 光昭さんの実家に起こった不吉な出来事の原因が ――長男である光昭さんが付き合っている女性、即ち霧絵さんであると断定し、
「その娘とゆくゆくは結婚するつもりなのか?ならば彼女と彼女の血筋から発せられるマイナスの気を〝名刺〟の力によって押さえつけて進ぜよう」
と、有り難くも仰ったようなのだ。
「・・・・・・馬鹿にしないでよね・・・・・・!!」
堪忍袋の緒が切れた。
何様のつもりだ。私と、そのイカれた宗教と、どっちが大事なの?
そう問い詰めた。
光昭さんは、土下座を始めた。
床に頭を擦り付け、何度も何度も「ごめん!」と平謝りし続けたものの、
霧絵さんの問いに対する明確な答えは 一言も口にしなかった。
「とにかく〝名刺〟を貼らせてくれ!実家が大変なんだ! お願い、頼む!!」
勝手にしろ、と思った。
勝手にさせた。
しばらく押し入れに頭を突っ込んでゴソゴソとやっていた光昭さんは、やがてバツが悪そうに霧絵さんに向き直るや、ただただ泣いた。
その情けない姿にも ため息が出た。
彼の肩を叩いて、「もう帰ろうか?」と優しく訊ねた。「うん」と言われた。
光昭さんを送り出した一人の部屋の中で、霧絵さんも泣いた。
――あれほど長い時間をかけて愛してきた人なのに
こんな一瞬にして、愛想を尽かせるものなのか――
もうおしまいだ、と悟った。
それから一週間も経たないうちに、光昭さんとはスッパリ別れた。
「私との付き合いが無くなった方が、ご実家の方も安泰なんだよね?」
ある日 笑顔でそう訊ねると、グウの音も出ないといった感じで絶句されたそうだ。
沈黙し固まってしまった彼に背を向けて それきりだという。
❖ ❖ ❖ ❖
更に年月は過ぎ、霧絵さんは晴れて大学を卒業の運びとなった。
アパートの方も退去することとなったので、色々と後片付けに精を出していた霧絵さんであったが。押し入れを入念に探っていたところ、一葉の茶封筒がセロテープで固定してあるのを発見して思わず整理の手を止めてしまった。
(あ・・・・・・ これ、もしかして・・・・・・)
――鮫鮫オート。
あの、思い出したくもない過去の記憶が蘇ってきた。
思えば、名刺を入れた封筒自体を処分した記憶がない。光昭さんに幻滅したその時から、
そんなモノなんてどうでもよくなっていたのだろう。
加えて、封筒は押し入れの襖部分の内側に貼り付けてあった。日常的に押し入れを使っているうちには、気付かなかったわけである。
(胸くそ悪い・・・ こんなもの、即処分・・・)
当たり前ながら、そう思った。一度見つけてしまった今となっては、こんなものでも死ぬほど腹立たしい。襖の内側から、封筒を毟り取った。
そして、次の瞬間
霧絵さんは おもむろに封筒を開き、中身を取り出していた。
――この時の自らの行動は、「まったく論理的に説明不可能」だと霧絵さんは語る。
「こんなモノの中身を再び目にするなんて、死んでも御免」
だと痛切に思いながらも、
それに反し 身体は何かに操られるように動いて封筒を開けており、
当たり前ならば「自分は何でこんなことをしているんだ?」と囁きかける筈の理性も、この時ばかりは何処かに吹っ飛んでいた・・・というのだ。
とにかく、霧絵さんは封筒を開けた。
中身を取り出した。
そして見た。
「――ン?!」
直後、首を傾げる。
中に入っていたのは、デタラメな会社名と役職、そして元彼の名前が書かれた名刺
・・・・・・では、無かったのだ。
花札である。
ススキの上に満月が昇る様を表した、いわゆる〝坊主〟と呼ばれる八月札のうちの一枚が、何故か茶封筒の中から姿を現したのである。
自分の記憶違いかな?と一瞬戸惑いはしたものの、そんな筈は無い。『鮫鮫オート』などというインパクト絶大な会社名、忘れる筈が無い。間違いなく、あの時自分は あの名刺を見たのだ。
封筒を逆さにし、何度か上下に振ってみた。
すると、ポロリ。何かが畳の上に落ちた。
〝(株)鮫鮫オート 代表取締役 高田光昭〟
「あ。 名刺あった!」
何故か少し、ホッとしてしまったという。
そうか、さっきの花札も、私から発せられるマイナス的な何かを押さえつける為の わけのわからない『儀式的な何か』だったのだろうと考えながら 何気なく名刺を裏返して見てみた。
ボールペンらしき筆記具で、何かが走り書きしてある。
〝平成××年 4月××日〟
(――今日の日付)
鳥肌が立った。
光昭さんの筆跡では無かったという。
❖ ❖ ❖ ❖
電波なことを言われたり、謎なものを見せられたりしても、大概は「カルトだから」という言葉で一蹴出来る、と霧絵さんは仰る。
しかし、あの名刺の裏に書かれていた〝発見日の日付〟については、それだけではどうにも説明の付けようがない――そうも実感しているという。
「でも、おそらくあの文字は彼が言う〝法師様〟が書いたものだと思うんですよ。走り書きだったけれど、妙に格式があるというか 堂々とした筆跡というか。日常的にペン字を書き慣れた偉い人がサラサラッと書いたような、そういう趣がありました」
繰り返すが、字が下手だった光昭さんが書いたものでは 絶対に無いという。
では。ならばどうして、〝法師様〟は封筒が開封される日にちを予言し、大事な大事な〝名刺〟の裏にそれを記入し、あまつさえその予言を的中させたというのだろうか?
「それはわかりません。あの日以来、光昭さんとの交際も途絶えましたし。 ただ、」
ただ。
その謎を解く鍵は、封筒の中に入っていた〝坊主〟の花札にあるのではないかと 霧絵さんは考えている。
何の裏付けもない、直感的な推論ではあるが、
彼女はほとんど それを確信しているらしい。
「もっとも。 封筒も花札も名刺も ぜんぶとっくの昔に、灰皿の上で燃やしちゃいましたけどね――」
あと、「これは余談ですが」と霧絵さんは前置きし、こんな話を語って下さった。
何と今から3年ほど前、彼女は街中で〝鮫鮫オート〟と大きくプリントされたシャツを着た男性と遭遇したことがあるというのだ。
それは今住んでいる山口県の防府天満宮のお祭り中での出来事だったが、あまりの驚きに 思わずその姿を凝視してしまったらしい。
もしや光昭さん・・・?!と血の気が引く思いすら味わってしまったが、顔を見ると高校生くらいの若い男の子だったので、ホッと胸をなで下ろしたそうだ。
(バカT、ってやつ? でも、こんな偶然あるものかしら・・・)
何事も無くすれ違った後、ふと気にかかり 振り返ってみる霧絵さん。
すると その男の子は意外に早足であったのか、既に思ったより遠くの人となって人混みの中に消えていくところであったというが、
そのシャツの背中側には
遠目にもわかるくらいデカデカと
花札の〝坊主〟のイラストが描かれていた という。
名前は光昭さん。彼女より少し年上で、友達の紹介で知り合った好青年であった。
鳶職をしている光昭さんはいつも黒々と日焼けしており、絞った筋肉質の体つきをしていた。しかしそんな見た目に反してとても物静かな方で、趣味は文学小説を読むこと・・・という 意外なタイプの紳士であったそうだ。
音楽の好みや、大好きな本に関しての話題もピタリと合う。その一方、細かな性格や性分に関してはいい意味で真逆の部分も多く、「ああ、この人と一緒に暮らすことになったら、おそらくお互いを上手く補完し合って生きていけるのだろうな」と 霧絵さんはいつも感じていた。
一刻も早く両親に紹介したかったし、光昭さんの方も「良ければご挨拶に伺いたい」と常々言ってくれていたのだが。
やはり大学に通わせて貰っている身空であるから、まずは学業を果たしてから――という結論に達し、彼もそれに納得してくれた上で交際を続けていたのだという。
❖ ❖ ❖ ❖
そんなある日のこと。
霧絵さんのアパートに、神妙な面持ちを称えた光昭さんが訪ねてきた。
一目で様子がおかしいと直感したので「どうしたの?」と訊ねると、
「何から話していいかわからないから、とにかくこれを見て」
そう言われ、一枚の小さな紙を差し出された。
名刺のようだった。
〝(株)鮫鮫オート 代表取締役 高田光昭〟
そう記されていた。
思わず「はぁ?」と高い声を発しながら、光昭さんの瞳を覗き込む。
「み、光昭くんて確か、鳶職の人だったよね?」
「ああ・・・そうだよ」
「なら、この名刺・・・ サメサメ、オート? 代表取締役? これ、何?」
「うん。尤もだよね。すごく尤もな質問だ」
わけがわからなくて尤もだ、と繰り返した末、光昭さんはこんな話を語り始めた。
「実は最近、実家の方で不吉なことが頻繁に起こりだしたので、家族が法師様にお伺いを立ててみた。すると有り難くも、この名刺を刷って頂いた。ついてはお願いがあるのだが、この名刺を封筒に入れて、霧絵のアパートの押し入れの中に貼り付けておいてくれないだろうか?」
――切々と語られたところで、
まったく理解不能だった。
唐突に過ぎてパニックに陥りそうですらあったが 何とか理性を発揮し、丹念に彼から事情を聞き出し、整理してみると、
「光昭さんの家族は、ある種の宗教団体に入信している」
「その団体のトップ、〝法師様〟と呼ばれる人は、不幸や心霊現象に苦しめられる人に対して 霊験あらたかなる〝名刺〟を刷って下さる」
「〝名刺〟は、ひらたく言って〝お札〟と同じ効力を発揮する」
「記されている会社名や役柄などは、実際のその人の身の上とはまったく関係がない。言わば仏教でいうマントラのようなもので 凡人には理解しようとしても出来ない深遠なものである」
「今回刷って頂いた〝名刺〟は、誰でも滅多に頂けない 崇高で貴重なものである」
よくよく聞いてみて、更にパニックに陥りそうになった。
その様子を察したのか、「黙っていてごめん」と、光昭さんは素直に頭を下げてきた。
加えて、
「決して怪しげな新興宗教とかじゃない」
「親族・親戚間だけで信仰が完結しているコミュニティで、〝法師様〟というのは実は本家の旦那様のこと」
「法人とかでもない。純粋な信仰によって結束した、損得勘定ナシの集団なんだ」
と 畳みかけるように力説する。
(それって、もろカルト・・・秘密結社じゃん・・・)
ここまで来ると、逆に頭が冴えてしまった。
「ご実家の方で不吉なことがあったというのに 何で私のアパートに、その名刺とやらを貼らなくちゃならないの?」と冷静に問いかけてみた。
すると、明らかに光昭さんは狼狽の仕草を見せたという。
そして、しどろもどろで紡がれてゆく電波的な説明を照合してみると、
どうやら〝法師様〟は 光昭さんの実家に起こった不吉な出来事の原因が ――長男である光昭さんが付き合っている女性、即ち霧絵さんであると断定し、
「その娘とゆくゆくは結婚するつもりなのか?ならば彼女と彼女の血筋から発せられるマイナスの気を〝名刺〟の力によって押さえつけて進ぜよう」
と、有り難くも仰ったようなのだ。
「・・・・・・馬鹿にしないでよね・・・・・・!!」
堪忍袋の緒が切れた。
何様のつもりだ。私と、そのイカれた宗教と、どっちが大事なの?
そう問い詰めた。
光昭さんは、土下座を始めた。
床に頭を擦り付け、何度も何度も「ごめん!」と平謝りし続けたものの、
霧絵さんの問いに対する明確な答えは 一言も口にしなかった。
「とにかく〝名刺〟を貼らせてくれ!実家が大変なんだ! お願い、頼む!!」
勝手にしろ、と思った。
勝手にさせた。
しばらく押し入れに頭を突っ込んでゴソゴソとやっていた光昭さんは、やがてバツが悪そうに霧絵さんに向き直るや、ただただ泣いた。
その情けない姿にも ため息が出た。
彼の肩を叩いて、「もう帰ろうか?」と優しく訊ねた。「うん」と言われた。
光昭さんを送り出した一人の部屋の中で、霧絵さんも泣いた。
――あれほど長い時間をかけて愛してきた人なのに
こんな一瞬にして、愛想を尽かせるものなのか――
もうおしまいだ、と悟った。
それから一週間も経たないうちに、光昭さんとはスッパリ別れた。
「私との付き合いが無くなった方が、ご実家の方も安泰なんだよね?」
ある日 笑顔でそう訊ねると、グウの音も出ないといった感じで絶句されたそうだ。
沈黙し固まってしまった彼に背を向けて それきりだという。
❖ ❖ ❖ ❖
更に年月は過ぎ、霧絵さんは晴れて大学を卒業の運びとなった。
アパートの方も退去することとなったので、色々と後片付けに精を出していた霧絵さんであったが。押し入れを入念に探っていたところ、一葉の茶封筒がセロテープで固定してあるのを発見して思わず整理の手を止めてしまった。
(あ・・・・・・ これ、もしかして・・・・・・)
――鮫鮫オート。
あの、思い出したくもない過去の記憶が蘇ってきた。
思えば、名刺を入れた封筒自体を処分した記憶がない。光昭さんに幻滅したその時から、
そんなモノなんてどうでもよくなっていたのだろう。
加えて、封筒は押し入れの襖部分の内側に貼り付けてあった。日常的に押し入れを使っているうちには、気付かなかったわけである。
(胸くそ悪い・・・ こんなもの、即処分・・・)
当たり前ながら、そう思った。一度見つけてしまった今となっては、こんなものでも死ぬほど腹立たしい。襖の内側から、封筒を毟り取った。
そして、次の瞬間
霧絵さんは おもむろに封筒を開き、中身を取り出していた。
――この時の自らの行動は、「まったく論理的に説明不可能」だと霧絵さんは語る。
「こんなモノの中身を再び目にするなんて、死んでも御免」
だと痛切に思いながらも、
それに反し 身体は何かに操られるように動いて封筒を開けており、
当たり前ならば「自分は何でこんなことをしているんだ?」と囁きかける筈の理性も、この時ばかりは何処かに吹っ飛んでいた・・・というのだ。
とにかく、霧絵さんは封筒を開けた。
中身を取り出した。
そして見た。
「――ン?!」
直後、首を傾げる。
中に入っていたのは、デタラメな会社名と役職、そして元彼の名前が書かれた名刺
・・・・・・では、無かったのだ。
花札である。
ススキの上に満月が昇る様を表した、いわゆる〝坊主〟と呼ばれる八月札のうちの一枚が、何故か茶封筒の中から姿を現したのである。
自分の記憶違いかな?と一瞬戸惑いはしたものの、そんな筈は無い。『鮫鮫オート』などというインパクト絶大な会社名、忘れる筈が無い。間違いなく、あの時自分は あの名刺を見たのだ。
封筒を逆さにし、何度か上下に振ってみた。
すると、ポロリ。何かが畳の上に落ちた。
〝(株)鮫鮫オート 代表取締役 高田光昭〟
「あ。 名刺あった!」
何故か少し、ホッとしてしまったという。
そうか、さっきの花札も、私から発せられるマイナス的な何かを押さえつける為の わけのわからない『儀式的な何か』だったのだろうと考えながら 何気なく名刺を裏返して見てみた。
ボールペンらしき筆記具で、何かが走り書きしてある。
〝平成××年 4月××日〟
(――今日の日付)
鳥肌が立った。
光昭さんの筆跡では無かったという。
❖ ❖ ❖ ❖
電波なことを言われたり、謎なものを見せられたりしても、大概は「カルトだから」という言葉で一蹴出来る、と霧絵さんは仰る。
しかし、あの名刺の裏に書かれていた〝発見日の日付〟については、それだけではどうにも説明の付けようがない――そうも実感しているという。
「でも、おそらくあの文字は彼が言う〝法師様〟が書いたものだと思うんですよ。走り書きだったけれど、妙に格式があるというか 堂々とした筆跡というか。日常的にペン字を書き慣れた偉い人がサラサラッと書いたような、そういう趣がありました」
繰り返すが、字が下手だった光昭さんが書いたものでは 絶対に無いという。
では。ならばどうして、〝法師様〟は封筒が開封される日にちを予言し、大事な大事な〝名刺〟の裏にそれを記入し、あまつさえその予言を的中させたというのだろうか?
「それはわかりません。あの日以来、光昭さんとの交際も途絶えましたし。 ただ、」
ただ。
その謎を解く鍵は、封筒の中に入っていた〝坊主〟の花札にあるのではないかと 霧絵さんは考えている。
何の裏付けもない、直感的な推論ではあるが、
彼女はほとんど それを確信しているらしい。
「もっとも。 封筒も花札も名刺も ぜんぶとっくの昔に、灰皿の上で燃やしちゃいましたけどね――」
あと、「これは余談ですが」と霧絵さんは前置きし、こんな話を語って下さった。
何と今から3年ほど前、彼女は街中で〝鮫鮫オート〟と大きくプリントされたシャツを着た男性と遭遇したことがあるというのだ。
それは今住んでいる山口県の防府天満宮のお祭り中での出来事だったが、あまりの驚きに 思わずその姿を凝視してしまったらしい。
もしや光昭さん・・・?!と血の気が引く思いすら味わってしまったが、顔を見ると高校生くらいの若い男の子だったので、ホッと胸をなで下ろしたそうだ。
(バカT、ってやつ? でも、こんな偶然あるものかしら・・・)
何事も無くすれ違った後、ふと気にかかり 振り返ってみる霧絵さん。
すると その男の子は意外に早足であったのか、既に思ったより遠くの人となって人混みの中に消えていくところであったというが、
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