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第伍念珠
#045『追跡者』
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私は、〝夢〟と〝怪談的事象〟の展開の在り方に奇妙な共通性を見出している。
それ故、他人様に貴重な怪奇体験をお伺いする際、一緒に「何か不思議な内容の夢などを見た記憶はありませんか?」と訊ねることが まま、ある。
大概は不発に終わってしまうが、中には「えっ、何それ?!」と鳥肌の立つような『悪夢』の話を追加取材出来る時もあり―― これはこれで、とても興味深いので。いつの日か『真事の怪談・番外編』の一つとして、皆様から伺った怖い夢の話をご紹介しようかと、密かに画策している次第である。
しかし、まれに本末転倒な事態に発展する場合もある。
『悪夢の話』をお訊きするつもりが―― 最後まで聞いてみると、それがどうにも〝怪談〟としか思えない形に結実するケースが存在するのだ。
※ ※ ※ ※
2020年の初夏の頃の出来事だという。
二十代半ばの男性会社員・田上さんは 夢を見た。
夢の中で、田上さんは昔の人になっていた。
刻は、雀の鳴き声に満ちたのどかな朝方。正式な名前もよく知らない旅人風の着物に身を包んだ田上さんは、江戸時代の宿場町みたいなところを出、そこの近くの峠道を越えて旅を続ける途中のようであった、という。
峠の坂道はかなり急勾配。
周囲には樹木が鬱蒼と繁っており、そこをずっと歩いているとだんだん不安な気持ちになってきて、一本道ではあるもののかなり体力を消耗してしまった。
そして夢であるせいか、先ほど朝方に宿場を出たにも関わらず、モノ凄いスピードで日が傾いてゆき―― やがて周囲は、とっぷりとした闇の世界になってしまったのである。
これは心細いことになった・・・ 田上さんは、ぬるい夜風と木の葉や枝が擦れ合う音にもビクビクしながら、尚も坂道を上っていたが。やがて地面が平坦になり、暗いながらも視界が開けたことに気付いた。峠の頂に達したのである。
そこにはポツンと粗末な一軒家が建っていた。
峠の茶屋――とかいった趣ではない。強いて言えば、『まんが日本むかし話』に出て来そうな、これでもかと言うほど典型的な〝昔の民家〟であったという。
おお、良かった。あわよくば、ここに泊めて貰おう。
戸を叩いてみると、やがて中から一人の老婆が顔を出した。
どんなやり取りをしたかは忘れてしまったが、老婆は一夜の宿を快く承諾してくれたようだった。それどころか、夜分いきなりに訪れた田上さんに食事やお酒を御馳走し、宿のような寝床まで用意してくれたという。
やれやれ、まさに地獄に仏。お腹も膨れてほろ酔いになった田上さんは、寝る前に便所へ行くことにした。便所は家の外に隣接するようにして建っており、汲み取り式でお世辞にもキレイとは言えないものだった。
と。用を足そうとした田上さんは、おかしなことに気付く。
木組みで造られた便器の中から、何やら小さな声が聞こえてきたのだ。
〝旅人様、気をつけなさい、あの婆は化け物です、殺されます、喰われます、私のように、便所の下へ、ヒリ出されてしまいます――〟
ゾッとなった。
やけに親切だと思ったら、化け物婆ァだったのか!田上さんは便所を飛び出し、そのまま峠を駆け下り、逃げた。星明かりにも乏しい危うい夜道ではあったが、贅沢は言っていられなかった。
はぁ、 はぁ、 はぁ、 はぁ・・・・・・
息を切らせて走りに走ると、だんだん空が白み始めた。
それと同時、周囲の景色が彼にとって見覚えのあるものに変わってきた。
コンビニ。 郵便局。 美容室。 市民公園――
現実世界・・・それは何と、田上さん宅のご近所の地理そのものだったのだ。
――おお、懐かしい。我が故郷!
流石にここまで来れば、
あの婆ァも追っては来れまい・・・・・・
親しみのある町並みを横目、思わず田上さんから安堵の息が漏れた。
その時だった。
「おのれぇぇぇぇ、
よくも逃げたなぁぁぁぁぁ!!!」
後ろから被さる、ヒステリックな老婆の叫び声。
えっ、まさか 今更追いつかれた?!
思わず背後を振り返る田上さん。
するとそこに居たものは、
「おのれ赦さん!
喰い殺してくれるゥゥゥゥ!!!」
・・・・・・その姿は、まったく異形であり、かつ意外なモノだった。
巨大な体躯。
剥き出しの歯茎。
フランケンシュタインの怪物を想起させる、不気味な面構え。
――様々なゾンビと戦うことで有名な、某有名サバイバルホラーゲーム。
それに登場する
〝追跡者〟という呼び名を持つモンスターに、それは酷似していた。
というか、
そのものだった。
「おおおお、これが婆ァの正体だったのか!」
田上さんは、新たな恐怖に貫かれた。
まさに、転がるような有様で逃げた。
だが、
〝追跡者〟は あっという間に彼に追いつき、もの凄い力で組み付いて来たのだ!
「ヒヒヒヒヒ、喰ってやる喰ってやる喰ってやる!」
「う、うああああああああああ?!?!」
ガッパリ開いた大口が、大量の涎をブチまけて田上さんに喰い付こうと狙って来た。
だが、田上さんとて みすみす喰い殺されるわけにはいかない。
おりゃあぁぁ!! と裂帛の気合いをひとつ、
夢の中であるからこそ発揮出来る火事場のクソ力を繰り出し、
〝追跡者〟もとい化け物婆ァを、思い切り投げ飛ばしたのである。
「ぎゃあぁッ!!!」
化け物は、一軒の民家の中に窓ガラスを粉砕しながら突っ込んでいった。
これ幸いとばかり、田上さんは再び駆け出した。
何故か、「自宅に逃げ帰りさえすれば全てが終わって自分は助かる」・・・という強い実感があった。
実家が見えてきた。
小さく後ろを顧みるが、もう化け物は〝追跡〟すらしていない。
ああ、良かった!
俺は助かったんだ!!!
田上さんは帰宅した。
正確に言えば、
夢の中で 自宅の玄関ドアに手を掛けようとした その直前に、
自室のベッドの中で 目が覚めた。
※ ※ ※ ※
「そして次の日ですね、〇〇さん家の家族全員が、農薬飲んで死んでたんですよね!」
――え。
取材の最中、私は「田上さん、いきなり何を言い出したんだろう?」と 思わず言葉を失ってしまった。
「だから、〇〇さん。 あ、これは夢の中の僕が、〝追跡者〟を投げ飛ばした先の 家の人達なんですけどね」
・・・・・・ちょっと待って。ちょっと待って。
私は必死に、頭の中で話をまとめた。
つまり、悪夢の中で田上さんが化け物婆ァを投げ飛ばした先の民家というのが〝〇〇さん〟のお宅で。目が覚めた翌日、既にその〇〇さんのお宅では、一家全員が無理心中を計って亡くなっておられたのだ――と?
「その通りです。もちろん僕は実際現場を目にしたわけでもありませんし、ぜんぶ人づての噂話ですけどね。借金苦だったとも聞きましたが。 ・・・でも、すごい偶然だと思いません?」
いやいやいやいや。
・・・もしかして、夢の中の〝追跡者〟または〝化け物婆ァ〟が
腹いせに、そこの家の人々の命を 奪ったとかいう可能性も・・・・・・
「何言ってるんですか、松岡さん。ゲームのキャラとか出てんだから、悪夢としても半分笑い話だしWWW そんなコト言ってたら、世の中の出来事全部が怪談になっちゃうじゃないですか。 ああ、そうか。松岡さんは怪談書きなんですものね。自然と、そういう風に考え方がなっちゃうんだ」
そう畳みかけられ、閉口してしまう。
――たまたまですよ、偶然、偶然! でも珍しい話でしょ?
田上さんは、天真爛漫にそう言って笑った。
どうしても怪談だっていうなら、怪談の形で発表しても構いませんよ?
そうも仰った。
だから怪談として書かせて頂く。
夢かうつつか、笑い話かガチ怖か。その判断も、読者様に委ねさせて頂きたい。
どうであろうか。
それ故、他人様に貴重な怪奇体験をお伺いする際、一緒に「何か不思議な内容の夢などを見た記憶はありませんか?」と訊ねることが まま、ある。
大概は不発に終わってしまうが、中には「えっ、何それ?!」と鳥肌の立つような『悪夢』の話を追加取材出来る時もあり―― これはこれで、とても興味深いので。いつの日か『真事の怪談・番外編』の一つとして、皆様から伺った怖い夢の話をご紹介しようかと、密かに画策している次第である。
しかし、まれに本末転倒な事態に発展する場合もある。
『悪夢の話』をお訊きするつもりが―― 最後まで聞いてみると、それがどうにも〝怪談〟としか思えない形に結実するケースが存在するのだ。
※ ※ ※ ※
2020年の初夏の頃の出来事だという。
二十代半ばの男性会社員・田上さんは 夢を見た。
夢の中で、田上さんは昔の人になっていた。
刻は、雀の鳴き声に満ちたのどかな朝方。正式な名前もよく知らない旅人風の着物に身を包んだ田上さんは、江戸時代の宿場町みたいなところを出、そこの近くの峠道を越えて旅を続ける途中のようであった、という。
峠の坂道はかなり急勾配。
周囲には樹木が鬱蒼と繁っており、そこをずっと歩いているとだんだん不安な気持ちになってきて、一本道ではあるもののかなり体力を消耗してしまった。
そして夢であるせいか、先ほど朝方に宿場を出たにも関わらず、モノ凄いスピードで日が傾いてゆき―― やがて周囲は、とっぷりとした闇の世界になってしまったのである。
これは心細いことになった・・・ 田上さんは、ぬるい夜風と木の葉や枝が擦れ合う音にもビクビクしながら、尚も坂道を上っていたが。やがて地面が平坦になり、暗いながらも視界が開けたことに気付いた。峠の頂に達したのである。
そこにはポツンと粗末な一軒家が建っていた。
峠の茶屋――とかいった趣ではない。強いて言えば、『まんが日本むかし話』に出て来そうな、これでもかと言うほど典型的な〝昔の民家〟であったという。
おお、良かった。あわよくば、ここに泊めて貰おう。
戸を叩いてみると、やがて中から一人の老婆が顔を出した。
どんなやり取りをしたかは忘れてしまったが、老婆は一夜の宿を快く承諾してくれたようだった。それどころか、夜分いきなりに訪れた田上さんに食事やお酒を御馳走し、宿のような寝床まで用意してくれたという。
やれやれ、まさに地獄に仏。お腹も膨れてほろ酔いになった田上さんは、寝る前に便所へ行くことにした。便所は家の外に隣接するようにして建っており、汲み取り式でお世辞にもキレイとは言えないものだった。
と。用を足そうとした田上さんは、おかしなことに気付く。
木組みで造られた便器の中から、何やら小さな声が聞こえてきたのだ。
〝旅人様、気をつけなさい、あの婆は化け物です、殺されます、喰われます、私のように、便所の下へ、ヒリ出されてしまいます――〟
ゾッとなった。
やけに親切だと思ったら、化け物婆ァだったのか!田上さんは便所を飛び出し、そのまま峠を駆け下り、逃げた。星明かりにも乏しい危うい夜道ではあったが、贅沢は言っていられなかった。
はぁ、 はぁ、 はぁ、 はぁ・・・・・・
息を切らせて走りに走ると、だんだん空が白み始めた。
それと同時、周囲の景色が彼にとって見覚えのあるものに変わってきた。
コンビニ。 郵便局。 美容室。 市民公園――
現実世界・・・それは何と、田上さん宅のご近所の地理そのものだったのだ。
――おお、懐かしい。我が故郷!
流石にここまで来れば、
あの婆ァも追っては来れまい・・・・・・
親しみのある町並みを横目、思わず田上さんから安堵の息が漏れた。
その時だった。
「おのれぇぇぇぇ、
よくも逃げたなぁぁぁぁぁ!!!」
後ろから被さる、ヒステリックな老婆の叫び声。
えっ、まさか 今更追いつかれた?!
思わず背後を振り返る田上さん。
するとそこに居たものは、
「おのれ赦さん!
喰い殺してくれるゥゥゥゥ!!!」
・・・・・・その姿は、まったく異形であり、かつ意外なモノだった。
巨大な体躯。
剥き出しの歯茎。
フランケンシュタインの怪物を想起させる、不気味な面構え。
――様々なゾンビと戦うことで有名な、某有名サバイバルホラーゲーム。
それに登場する
〝追跡者〟という呼び名を持つモンスターに、それは酷似していた。
というか、
そのものだった。
「おおおお、これが婆ァの正体だったのか!」
田上さんは、新たな恐怖に貫かれた。
まさに、転がるような有様で逃げた。
だが、
〝追跡者〟は あっという間に彼に追いつき、もの凄い力で組み付いて来たのだ!
「ヒヒヒヒヒ、喰ってやる喰ってやる喰ってやる!」
「う、うああああああああああ?!?!」
ガッパリ開いた大口が、大量の涎をブチまけて田上さんに喰い付こうと狙って来た。
だが、田上さんとて みすみす喰い殺されるわけにはいかない。
おりゃあぁぁ!! と裂帛の気合いをひとつ、
夢の中であるからこそ発揮出来る火事場のクソ力を繰り出し、
〝追跡者〟もとい化け物婆ァを、思い切り投げ飛ばしたのである。
「ぎゃあぁッ!!!」
化け物は、一軒の民家の中に窓ガラスを粉砕しながら突っ込んでいった。
これ幸いとばかり、田上さんは再び駆け出した。
何故か、「自宅に逃げ帰りさえすれば全てが終わって自分は助かる」・・・という強い実感があった。
実家が見えてきた。
小さく後ろを顧みるが、もう化け物は〝追跡〟すらしていない。
ああ、良かった!
俺は助かったんだ!!!
田上さんは帰宅した。
正確に言えば、
夢の中で 自宅の玄関ドアに手を掛けようとした その直前に、
自室のベッドの中で 目が覚めた。
※ ※ ※ ※
「そして次の日ですね、〇〇さん家の家族全員が、農薬飲んで死んでたんですよね!」
――え。
取材の最中、私は「田上さん、いきなり何を言い出したんだろう?」と 思わず言葉を失ってしまった。
「だから、〇〇さん。 あ、これは夢の中の僕が、〝追跡者〟を投げ飛ばした先の 家の人達なんですけどね」
・・・・・・ちょっと待って。ちょっと待って。
私は必死に、頭の中で話をまとめた。
つまり、悪夢の中で田上さんが化け物婆ァを投げ飛ばした先の民家というのが〝〇〇さん〟のお宅で。目が覚めた翌日、既にその〇〇さんのお宅では、一家全員が無理心中を計って亡くなっておられたのだ――と?
「その通りです。もちろん僕は実際現場を目にしたわけでもありませんし、ぜんぶ人づての噂話ですけどね。借金苦だったとも聞きましたが。 ・・・でも、すごい偶然だと思いません?」
いやいやいやいや。
・・・もしかして、夢の中の〝追跡者〟または〝化け物婆ァ〟が
腹いせに、そこの家の人々の命を 奪ったとかいう可能性も・・・・・・
「何言ってるんですか、松岡さん。ゲームのキャラとか出てんだから、悪夢としても半分笑い話だしWWW そんなコト言ってたら、世の中の出来事全部が怪談になっちゃうじゃないですか。 ああ、そうか。松岡さんは怪談書きなんですものね。自然と、そういう風に考え方がなっちゃうんだ」
そう畳みかけられ、閉口してしまう。
――たまたまですよ、偶然、偶然! でも珍しい話でしょ?
田上さんは、天真爛漫にそう言って笑った。
どうしても怪談だっていうなら、怪談の形で発表しても構いませんよ?
そうも仰った。
だから怪談として書かせて頂く。
夢かうつつか、笑い話かガチ怖か。その判断も、読者様に委ねさせて頂きたい。
どうであろうか。
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