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第肆念珠
#040『いきすだま』
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「ナニ、怖い話を知らないか、だって?」
「そしたらアンタ、あれだよ。大きな声じゃ言えないが、〇〇〇さんって偉い人にまつわる昔の話があってね」
「奥さんの生き霊が、そりゃぁモウおっかなくて可哀想でねぇ・・・」
――かれこれ40年ほど昔から、長きに渡って囁かれた噂話であるという。
それは、ある市内で60歳以上の方に怪談取材を行った場合、かなり高確率で耳にすることの出来る 『鉄板』とすら言えるくらい有名なものであった。
地元では知らない者のいない実業家、某氏に関するものだ。
この人は生まれた家庭こそ貧しかったものの、若い頃から非凡な才能を発揮して一財を成し、更に地域の発展にも大きく貢献した立志伝中の人物であったのだが、 同時に絶望的なほど女癖が悪かった。
愛人の数は一号二号で数え切れない。
「ちょっとした浮気相手も勘定すれば、冗談抜きでダース単位だったんだよ」と語ってくれた人も居るくらいである。
そんなわけだから、浮気は公然の秘密みたいなもの。おそらく家族にもバレバレだっただろうが、反面 家に入れる金の額も莫大なものであり、加えて本人自身も内弁慶できわめて圧の強い『昔ながらの家長』であった為、家庭内では誰にも文句は言わせなかったそうだ。
「甲斐性は確かにあったんだけど」
「奥さんとか子供さんが可哀想でねぇ・・・」
「特に奥さんが出来た人で。明るくて愚痴の一つも吐かない人だったから、余計に不憫でさ」
「だから、こういうヘンな噂も立ったんだろうよ」
某氏が、愛人と寝所を共にして眠りについた後に それは起こった。
ふと 愛人の女性が目を覚まし、横に眠る某氏を見てみると、
何と、鬼のような形相をした半裸の中年女性が彼の身体に馬乗りになって、ギュウゥ・・・!と頸を締めているではないか。
その、溢れんばかりの怒りを称えた顔に見覚えを感じた愛人は、瞬間的に 倍の恐怖に震えることになる。
先ほど愛し合った相手――某氏の、奥方様だ。
えぇっ、何でこんな所に?!まさか私たち二人の逢瀬が全て筒抜けだったとでも・・・ と顔面が蒼白になったところで、フッと鬼面の奥方はかき消えるように居なくなる。
慌てて某氏を起こして今し方の出来事を説明すると、
「何だ、また出たか」
「アレもヤキモチ焼きでなぁ、まったく困るよ」
――あっけらかんとしたもの。
つまりは、嫉妬に狂った奥方の生き霊が、愛憎入り交じった混沌の感情のまま、夫である某氏の頸を締める為に深夜の浮気現場へ現れる・・・といった内容の 業の深い壮絶な怪談話なのである。
「同じ体験をした浮気相手は10人をくだらない」
「〇〇〇さんは慣れっこになってしまい、むしろ面白おかしくこの事を話していた」
「頸を締められつつも、別に寝苦しさだとかを感じることもなくスースー寝息を立てて眠っていたそうだから、まったくこの人の心臓には毛でも生えてたんだろう」
皆、口を揃えて言った。
だが、こうも付け加える。
「〇〇〇さん自身は気さくな人なんだよ」
「頼り甲斐があったからねぇ。私はどちらかというと好きだったなァ」
「何だかんだ言って、地元には必要な人材だったし」
「人たらしっていうのかな。実行力もあったし、どうしても憎めなかったんだ」
それなり以上に、皆から愛された人であるのも事実だったようだ。
※ ※ ※ ※
そんな某氏も、時代が昭和から平成に移り変わった丁度その頃、病によってこの世を去った。
生前に残した多くの業績から、その死を惜しむ声は多かったという。
当然、『浮気相手が某氏の頸を締める奥方の姿を目撃する』という噂話も 絶えて聞かれなくなっていった。
だが、その代わり。
「それからが恐ろしかったんだわなァ」
「ま、誰だって実際目にしたわけじゃないけど・・・」
「もっぱらの噂だったよ。奥さんの生き霊が、本格的に祟り始めたって」
某氏が亡くなって、半年ほど後のこと。
彼と一番長く不倫関係にあった愛人女性が、不意に亡くなった。
睡眠中の突然死だった。
それからまた数ヶ月後、
これもかなり長い付き合いだった愛人が、同じく眠っている最中に亡くなった。
それから更に数ヶ月後も、
更に更に数ヶ月後も――
「〇〇〇さんと噂のあった女性、わかってるだけでおよそ15人ばかりが死んどるね」
「付き合いの古い順だって話さ。厭だねぇ」
「やっぱ、あれだね。頸を締める相手を失った奥さんの生き霊が、さ」
「今度は旦那の次に憎らしい、浮気相手の女達の頸を――」
・・・・・・もしそうだとしたら。
某氏本人がご存命の頃は、その眠りを妨げることすら出来なかった奥方の生き霊が――何故かその死後、不倫相手の女性達に対し命を奪うほどの猛威を奮うようになってしまったというおかしな話になってしまう。
これは、何故か。
取材の中では人それぞれに持論が見られるようだったが、敢えてここではそれを詮索することを止めようと思う。
そんなことより興味深いのは、 この件に関して、先日ある方から直面取材で耳にした、当時の噂に関する新情報だ。もともと本作『真事の怪談』シリーズでは噂を中心にした怪談は極力収録しない方針であったのだが、今回の発見によって、私はこの話を公開する決心を固めた。
「確か、テレビで雲仙の普賢岳が噴火したって騒いでた頃の話さ。〇〇〇さんの愛人が次々に死んでいく中、その中の一人の女が、あまりの恐ろしさに耐え兼ねて奥さんの所を直接訪ねて行ったらしい。そんで、わんわん泣き喚きながらね。〝赦して下さい、命だけは助けて下さい〟って。玄関先で土下座しながら謝ったんだと」
その哀れな姿を見た奥方は、「お止め下さい、何を仰っているのか、意味がわかりません」と。夫の元愛人をなだめすかし、穏便に追い返したそうであるが、
「その表情はね、始終、はち切れんばかりに満足げな笑顔で。 ゾッとするほどに綺麗だったって話さ」
「・・・・・・やっぱ奥さん。
心の何処かに鬼が棲んでたんだろうね」
――現在ではその奥方も亡くなり、家族は別の地に移って行かれた。ただし地元では、いまだに某氏が残した偉業を語り継ぐ老人らが少なくない。
むろん、奥方の恐ろしい生き霊の話を添えて――。
「そしたらアンタ、あれだよ。大きな声じゃ言えないが、〇〇〇さんって偉い人にまつわる昔の話があってね」
「奥さんの生き霊が、そりゃぁモウおっかなくて可哀想でねぇ・・・」
――かれこれ40年ほど昔から、長きに渡って囁かれた噂話であるという。
それは、ある市内で60歳以上の方に怪談取材を行った場合、かなり高確率で耳にすることの出来る 『鉄板』とすら言えるくらい有名なものであった。
地元では知らない者のいない実業家、某氏に関するものだ。
この人は生まれた家庭こそ貧しかったものの、若い頃から非凡な才能を発揮して一財を成し、更に地域の発展にも大きく貢献した立志伝中の人物であったのだが、 同時に絶望的なほど女癖が悪かった。
愛人の数は一号二号で数え切れない。
「ちょっとした浮気相手も勘定すれば、冗談抜きでダース単位だったんだよ」と語ってくれた人も居るくらいである。
そんなわけだから、浮気は公然の秘密みたいなもの。おそらく家族にもバレバレだっただろうが、反面 家に入れる金の額も莫大なものであり、加えて本人自身も内弁慶できわめて圧の強い『昔ながらの家長』であった為、家庭内では誰にも文句は言わせなかったそうだ。
「甲斐性は確かにあったんだけど」
「奥さんとか子供さんが可哀想でねぇ・・・」
「特に奥さんが出来た人で。明るくて愚痴の一つも吐かない人だったから、余計に不憫でさ」
「だから、こういうヘンな噂も立ったんだろうよ」
某氏が、愛人と寝所を共にして眠りについた後に それは起こった。
ふと 愛人の女性が目を覚まし、横に眠る某氏を見てみると、
何と、鬼のような形相をした半裸の中年女性が彼の身体に馬乗りになって、ギュウゥ・・・!と頸を締めているではないか。
その、溢れんばかりの怒りを称えた顔に見覚えを感じた愛人は、瞬間的に 倍の恐怖に震えることになる。
先ほど愛し合った相手――某氏の、奥方様だ。
えぇっ、何でこんな所に?!まさか私たち二人の逢瀬が全て筒抜けだったとでも・・・ と顔面が蒼白になったところで、フッと鬼面の奥方はかき消えるように居なくなる。
慌てて某氏を起こして今し方の出来事を説明すると、
「何だ、また出たか」
「アレもヤキモチ焼きでなぁ、まったく困るよ」
――あっけらかんとしたもの。
つまりは、嫉妬に狂った奥方の生き霊が、愛憎入り交じった混沌の感情のまま、夫である某氏の頸を締める為に深夜の浮気現場へ現れる・・・といった内容の 業の深い壮絶な怪談話なのである。
「同じ体験をした浮気相手は10人をくだらない」
「〇〇〇さんは慣れっこになってしまい、むしろ面白おかしくこの事を話していた」
「頸を締められつつも、別に寝苦しさだとかを感じることもなくスースー寝息を立てて眠っていたそうだから、まったくこの人の心臓には毛でも生えてたんだろう」
皆、口を揃えて言った。
だが、こうも付け加える。
「〇〇〇さん自身は気さくな人なんだよ」
「頼り甲斐があったからねぇ。私はどちらかというと好きだったなァ」
「何だかんだ言って、地元には必要な人材だったし」
「人たらしっていうのかな。実行力もあったし、どうしても憎めなかったんだ」
それなり以上に、皆から愛された人であるのも事実だったようだ。
※ ※ ※ ※
そんな某氏も、時代が昭和から平成に移り変わった丁度その頃、病によってこの世を去った。
生前に残した多くの業績から、その死を惜しむ声は多かったという。
当然、『浮気相手が某氏の頸を締める奥方の姿を目撃する』という噂話も 絶えて聞かれなくなっていった。
だが、その代わり。
「それからが恐ろしかったんだわなァ」
「ま、誰だって実際目にしたわけじゃないけど・・・」
「もっぱらの噂だったよ。奥さんの生き霊が、本格的に祟り始めたって」
某氏が亡くなって、半年ほど後のこと。
彼と一番長く不倫関係にあった愛人女性が、不意に亡くなった。
睡眠中の突然死だった。
それからまた数ヶ月後、
これもかなり長い付き合いだった愛人が、同じく眠っている最中に亡くなった。
それから更に数ヶ月後も、
更に更に数ヶ月後も――
「〇〇〇さんと噂のあった女性、わかってるだけでおよそ15人ばかりが死んどるね」
「付き合いの古い順だって話さ。厭だねぇ」
「やっぱ、あれだね。頸を締める相手を失った奥さんの生き霊が、さ」
「今度は旦那の次に憎らしい、浮気相手の女達の頸を――」
・・・・・・もしそうだとしたら。
某氏本人がご存命の頃は、その眠りを妨げることすら出来なかった奥方の生き霊が――何故かその死後、不倫相手の女性達に対し命を奪うほどの猛威を奮うようになってしまったというおかしな話になってしまう。
これは、何故か。
取材の中では人それぞれに持論が見られるようだったが、敢えてここではそれを詮索することを止めようと思う。
そんなことより興味深いのは、 この件に関して、先日ある方から直面取材で耳にした、当時の噂に関する新情報だ。もともと本作『真事の怪談』シリーズでは噂を中心にした怪談は極力収録しない方針であったのだが、今回の発見によって、私はこの話を公開する決心を固めた。
「確か、テレビで雲仙の普賢岳が噴火したって騒いでた頃の話さ。〇〇〇さんの愛人が次々に死んでいく中、その中の一人の女が、あまりの恐ろしさに耐え兼ねて奥さんの所を直接訪ねて行ったらしい。そんで、わんわん泣き喚きながらね。〝赦して下さい、命だけは助けて下さい〟って。玄関先で土下座しながら謝ったんだと」
その哀れな姿を見た奥方は、「お止め下さい、何を仰っているのか、意味がわかりません」と。夫の元愛人をなだめすかし、穏便に追い返したそうであるが、
「その表情はね、始終、はち切れんばかりに満足げな笑顔で。 ゾッとするほどに綺麗だったって話さ」
「・・・・・・やっぱ奥さん。
心の何処かに鬼が棲んでたんだろうね」
――現在ではその奥方も亡くなり、家族は別の地に移って行かれた。ただし地元では、いまだに某氏が残した偉業を語り継ぐ老人らが少なくない。
むろん、奥方の恐ろしい生き霊の話を添えて――。
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