15 / 62
第弐念珠
#014『裸小女』
しおりを挟む苑木さんという女性が『地縛霊にまつわる怖い話』を知っていると聞いたので、ご多忙の中 あつかましくも取材の段取りをお申し込みし、快諾の返事を頂いた。
取材の当日、苑木さんは待ち合わせ時間きっかりにファミレスへいらっしゃったが、どうもその表情が曇っているように見受けられる。
「はじめまして苑木さん!松岡と申します。いやぁ今日は蒸しますねぇ・・・ そうだ、まずはドリンクバーで喉でも潤しましょうか」
怪談を語るにあたって少し緊張なさっているのかも知れない、と感じた私は笑顔でそう切り出してみたのだが、苑木さんは更に浮かぬ顔で「ええ、そのぅ」「何というか・・・」などと少し歯切れの悪い言葉を幾つか連ねた後、
「ここに来る前、ちょっとおかしなことがありまして」
何とも気になるので、まずはその話を聞いてほしい、と仰られた。
※ ※ ※ ※
話は2時間ほど前に遡る。
休日ゆえの遅めな起床時間の後、のんびりと歯磨きをしていた苑木さんの前に血相を変えたお母様が走ってきて、「あんたァ、あんた、聞くわよね?!」と意味不明な言葉をかけてこられた。
何よ、どうしたのよ? テンション低めに尋ねてみると、「今、玄関の水槽に・・・」
そう言ったあと、「・・・いや、おかしいわよね」「あたしがヘンだったわ」お母様はいきなり冷静になって、「ごめんなさいね」と笑顔でその場を去って行きそうになった。
オイオイ、と思う。
ちょっとお母さん。何がどうなったの。そこまで聞いたら、最後まで聞かないと気分悪いじゃん――そう素直に訴えると、「でもヘンなことなのよ・・・」「あんた笑わない?」そう続けられたので、笑わない笑わない。言ってみな言ってみな、と。ややうんざり気味に答えたという。
――じゃあ正直に言うけどね。さっきね。玄関の水槽、金魚の水槽にさ。あれに、餌をやろうと思ったのよ。そしたらね、何が居たと思う?
――金魚?!金魚なわけないでしょ!金魚でこんなに怖がるわけないでしょ。中にはね、金魚とね、金魚とね、ソノー・・・裸の女が居たのよ!
――そう、水槽の中に入るくらいだから、すごく小さい人よね。あああ、私なに言ってるんだろ。でも本当よ!10センチよ!いや12センチくらいよ!!
――女は怒ってたわよ!こっち睨んでるの!!ああああ、あのおっかない表情、おっかないおっかない。お母さん、もう怖くて怖くて・・・あんたに話したらよけいに怖くなったじゃない!なにアレ、お化け?何であんなのがウチの金魚と一緒にいるのよッッ!!
・・・・・・お母さん、頭どうにかなっちゃったんじゃなかろうか。取り乱しながら必死に小人目撃談を語る母の姿に、苑木さんは本気で心配になってしまった。
しかし、それとは別な理由で心に引っかかるものも感じていた。
実は苑木さんが私に語ってくれる筈だった地縛霊にまつわる話の中には、『この世に恨みを残して死んだ若い女の霊』が登場する予定だったというのだ。
更にその女は、『お風呂場で入浴中に亡くなった』ことになっている。つまり全裸で。
(べ、別に私があの話をするつもりだったから、お母さんが女の霊を見たわけじゃないよね・・・あの女は佐賀市内のアパートに宿った地縛霊だし、地縛霊は場所に縛られた霊のことだし。長崎のこの家に現れるわけない)
まずは自分自身を理論武装させて平静を保ち、「お母さん落ち着いて」「それ幻覚だよ、お母さん疲れてるんだよ」と優しく宥めようとした。
と、そこへ寝ぼけまなこを擦りながら苑木さんの弟がやって来る。
「ふわぁ、おはおー。 ・・・あれ。二人ともどうしたの。ゴキでも出たか」
遅番で午後からの出勤となっている弟の博文さんは、起き抜けに母と姉の尋常でない様子を見せられて冷ややかな笑いを投げかける。
どこだどこだ、俺がぶっ叩いて成敗しちゃるよ・・・と。わざとらしくハエ叩きを探して周囲をきょろきょろしているタイミングで、
「博文!!あのね、さっきね、水槽の中にね!!!」
何とパニック収まらぬお母さんは、息子の博文さんにもさっきの小さな裸女の目撃談を語り始めたのだ。
これは良くないぞ、と思う。
博文さんは、根っから現実主義者で皮肉屋な人。
絶対にお母さんの話をバカにして、事態をこじらせてしまうに違いない。
「あー・・・博文。お母さん、ちょっと疲れてるみたいでさ・・・」
しどろもどろながら、フォローの言葉をかけようとする苑木さん。
しかし。
「――え。裸の女・・・」
まだ眠そうだった彼の目が、カッと見開かれた。
サッと後ろを振り返る。玄関の――水槽の方を見たのかも知れない。
「・・・・・・そっか。世の中には科学じゃ説明の付かないこともあるからな」
母さん、きっと今回だけだよ。心配すんなよ。 そう言って弟さんは、冷蔵庫から牛乳を取り出してグビグビと飲み干した。
「ふぅ・・・ あんま怖がるなよな」
ぶっきらぼうに言い含め、部屋を出ていく。
お母さんは「やっぱお化けだったのかしら・・・」と。もうほとんど、泣きそうな顔になって子供みたいに手混ぜをはじめてしまったという。
※ ※ ※ ※
「ハッキリ言って、お母さんの目撃談よりも 弟がそれを茶化すことなく場を去っていったことの方が怖かったです」
うちの弟、セーカク最悪ですから。苑木さんはそう強い口調で仰った後、
「・・・・・・弟も・・・・・・何か、見たんでしょうね。母と違って冷めてますから。見間違いか何かだと思って済ませてただけで・・・・・・」
なるほど、なるほど。私は何度もうなずきながら彼女の弁に応えた。
その話は本物ですね。きっと並々ならぬ因縁のこもった話なのでしょうね。
「・・・では、肝心の地縛霊の話をお願いいたします」
「出来るわけないじゃないですか!!実害出てるんですよ!!!」
この、お母さんの体験談だけでカンベンしてほしい。そう言われた。
とても遺憾ではあるが、激しい恐怖を圧してファミレスまで出向いて来られた苑木さんのお心内も、人間として察し酌まねばなるまい。
一方でお母様の話もなかなか興味深く聞かせて頂いたので、発表を決意した。
家を出る時に水槽の中を見ましたか?私は最後に苑木さんにそう尋ねたが、「あえて見ませんでした」と困ったような顔で答えられたことを付記しておく。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる